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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第3話(前):過去

 過去・カフェのテーブル


「そう……ブラッドの奴、君の所へ転がり込んだんだ。そりゃ迷惑かけちゃったね」


 カミルは鉱石珈琲を片手に、すまなそうな笑顔を浮かべた。向かって座るフードの男は、黙ってあるかなきかくらいに頷いた。

 第3大隧道の表通りに面したオープンカフェの片隅で、カミルとフードの男――ベキムは話し合っていた。ベキムの素顔に騒然となった新聞社内から、カミルの提案で場所を移したのだ。カミルはパンツスタイルの腰に脱いだ上着を巻き、キャスケット帽をかぶっている。ベキムはなるべく通りに背を向けるようにして、ちびちびと鉱石珈琲をすすっていた。


「そう畏まってもらう必要もない。私の気まぐれだったんだから。好奇心ってやつだ。あんな間の抜けたお調子者が抱えてる秘密の仕事ってのがどんなものか、確かめてみたくなっただけさ」


「ふふ、間の抜けたお調子者ね……もっと言ってやってよ。あいつは本当に、バカでカッコつけで間の抜けたお調子者なんだから」


 くつくつと、少年のような声でカミルは笑った。笑うたび、帽子の下からはみ出した黒髪が揺れた。尻尾を振る黒い子犬を連想させる光景だ。


「あの、君が言った「オオガラスのヒナ」って合言葉ね。あれ、ブラッドが考えたのよ。私のこの髪の毛が、黒くて短いからって。そういう暗号を考えるのが好きなんだ、あいつ。毎回毎回、来るたびにあたしの名前は言わないで、オオガラスがどうのこうの言って取次ぎを求めるの。まったく、あんな狭い事務所なんだから、直接声かければいいのにねえ」


 楽しげに笑うカミルを、ベキムはただ黙って見守るしかなかった。フードに隠されてはいたが、瞳に浮かぶ困惑は隠しようもなかった。カミルはふと気づき、口に手を当てた。


「やだ、あたしったら一人ではしゃいじゃって……ごめんなさいね、無駄話ばっかりで」


「……まあ、内容はともかくとして、だ。私が困っているのはそんなことじゃなく……何と言うか、どうも馴れんのだ」


「馴れない? 」


 フードの下の顔を覗きこもうとするカミルに、ベキムは戸惑った様子で手を振った。


「君のその、そういう態度だ。自分で言うのもなんだが、私はあまり親しみやすいタイプじゃない。顔を見れば一発で分かるだろうがな。ひと目見て、大抵の人間は顔をしかめ、こちらの目をなるたけ見ないようにして話す。あるいは、珍しい研究材料として……。

 君のように喋り立てるタイプには、あんまり会ったことがないんだ。正直、どう対応していいか分からないんだよ」


「喋り立てるだなんて、言ってくれるね……ちょっとうるさいのは認めるけど、誰相手にも大体こんな感じだよ、あたしは」


 カミルはちょっと眉をひそめてベキムを睨んだ。ベキムは肩をすくめ、顔を俯けてフードの裾を目にかかるくらい下ろした。


「だから、そういう具合に「誰にでもとる態度」で接する奴が、珍しいと言ってるんだ……君だって外から来たんだろう? 私の顔が、不気味じゃないのか? 」


「……うーん、まあ、予告もなしに急に見せられた時はちょっと驚いたけどねえ」


 カミルは小首を傾げて腕を組み、考えるそぶりをした。


「まあ、こっちへ来てからあたしも色んなものを見たから、頭ン中の怖いとか不気味とか感じる部分がバカになっちゃったのかもね。魔物の剥製とか、深層に挑んで魔物にズタズタにされた冒険者だとかね」


「そりゃどうも、私の顔を随分評価してくれているようで有難い限りだ」


 皮肉な口調でベキムは答え、びっしりと生えた歯の間から鉱石珈琲を流し込んだ。


「それはともかく……こうしてわざわざ、使い走りまがいの真似までやったんだ。そっちの事情の方をそろそろ教えちゃくれないか? 」


 カミルはふと笑顔を消し、唇に指を当てて考え込む様子になった。


「……本当に、聞きたい? ブラッドがあんな目に遭ったことからも分かってるとは思うけど、面倒なことだよ。これを話しちゃったら、君も関係者ってことになる。狙われるってほどじゃないだろうけど、何か不愉快なことが起きる可能性は十分にあるよ」


「夜中に家に忍び込まれて銃を突きつけられる以上に不愉快なことも、珍しいと思うがね」


 ベキムはそっけなく言った。


「第一、巻き込まれるって話ならもう既に手遅れだ。私は当の本人を匿ってるんだしな。むしろ、事情を教えてもらった方がこっちの安全のためになる。誰を警戒すればいいのかが分からないんでは、身の守りようもない」


 カミルは目を細め、キャスケットのつばを指でもてあそんでいたが、やがて決心した風に両手を打った。


「ま、いいでしょ。何だか言いくるめられてるような気もするけど、一応言ってることはもっともだしね。

 さて、どこから話そうか……そもそもの始まりは、あたしが書いた他愛もない記事だったんだ。深層へと物資を運ぶ直通竜列車便の事故。当事者にとってはおおごとだろうけど、大竪穴としちゃ珍しくもない話だ。魔物やら、友好的でない『うちびと』の襲撃やら、危険はいくらでも転がってるんだから。正直言って、あたしもおざなりな取材しかしていなかった。

 そこへある日、あいつ――ブラッドが訪ねて来たんだ。真っ昼間だっていうのに黒いスーツに黒帽子で、気取った歩き方で事務所に入って来てさ。新聞を懐から取り出して「こいつを書いた記者に会いたい」って言うんだから。最初はなんだかおかしな奴が来たってことで、危うく憲兵隊に通報するところだったよ」


「……まあ、分からなくもないが」


 ベキムはブライのしたり顔を思い出し、思わず苦笑を浮かべながら相槌を打った。


「でも、あたしはそいつの話を聞くことにした。だって興味あるでしょ、そんな頓狂なヤツがあたしに何の用なのかって。分かるでしょ? 君も、似たようなことしに来てるわけだし」


「……」


 ぶすっとした顔で空のカップを口に運んでみせるベキムに、カミルは微笑み、話を続けた。


「あいつの話を聞いてやったのも、このカフェでだったな。仕事場から近いんで、よく使うのよ。で、肝心の内容だけど――テーブルにつくなりあいつはスクラップブックを広げて、新聞の切り抜きを披露しはじめたの。あたしの書いた記事も混じってたけど、それだけじゃなかった。『サニーデイ・ガゼット』だけでなく、第3大隧道じゅうのいろんな新聞から、深層関係のありとあらゆる事故の記事を抜き出してたのよ」


 ちらりと目配せを送られ、ベキムは戸惑って再び空っぽのカップを持ち上げた。カミルは吹き出し、手を挙げてウェイターを呼んで、コーヒーのお替りを2つ注文した。


「ええと、どこまで話したっけ……そうそう、事故の話ね。ブラッドの話によると、ここ最近で深層がらみの事故が頻発してるらしいの。あたしが調べたような物資運搬便の事故の他にも、貯蔵庫の倒壊や建材の不良発覚なんてのまで。危険領域への調査許可が安易に出されたせいで全滅する冒険者パーティの数が、数か月前の倍近くまで増えているって話もしてくれた。

「これは、偶然じゃない。誰かの意図が無かったら、ここまで集中してことが起こるはずがない」――あいつは、そう言ってたわ」


「それであんたは、その言葉を信じたと? 」


 運ばれて来たコーヒーを嗅ぎながら、ベキムは訝しげな目をカミルに向けた。カミルは肩をすくめる。


「何も、鵜呑みにしたってわけじゃないわ。いくらなんでも怪しすぎるし、自慢げに見せられたデータだって十分とは思えなかった。で、聞いてみたのよ。「そんな重要なことを、よりにもよってどうしてこんな弱小新聞社の記者に教えるのか」って。そしたらあいつ、何て言ったと思う?

 「弱小だからいいんだ。大手は『敵』に抱き込まれてる可能性があるから」――ですって。スクラップブックの新聞を出してる新聞社から、一番小さくて方々にしがらみのないところを選んできたらしいんだけど……ホント、失礼な奴だよねえ」


「愚痴はいい。それより、その『敵』というのは、結局何者なんだ? ブライ曰く、新聞社を抱き込めるほど力があるということだが……奴の誇大妄想じゃないのか? 」


 カミルはコーヒーを口に含み、舌の上でしばらく転がした後、小さく喉を鳴らして飲みこんだ。ひと息つき、神妙な顔で答えを返す。


「あたしも、最初はそう思ったんだけどね……ちょうどその時書いてた原稿のせいで、ブラッドの話がまんざらデタラメじゃない気もしてきたんだ。開発局に関する原稿なんだけどね」


 カミルはそこでふと言葉を切り、あたりを見回した。うららかな午後のカフェということで、それなりに客入りは良い。近くのテーブルにも2、3人が腰かけて、のんびりとコーヒーをすすっている。とは言え、テーブル同士の距離が離れているので、普通のトーンで話している限りはまず声が届くことはないだろう。それでも、カミルは声を潜め、体を倒してベキムの方へ顔を近づけた。


「ここだけの話……開発局が、冒険者ギルドの内部監査を行うんじゃないかって噂が出てる。今の冒険者ギルドでは冒険者による自治が行われてるけど、監査の結果によっては局がギルド運営権を取り上げるんじゃないかって話さえ、まことしやかに囁かれてるんだ」


 ベキムはフードの下で目を見開いた。書物の世界にこもり世事に疎いベキムだが、冒険者ギルドの運営権剥奪がどのような意味を持つか、くらいは分かった。こと深層踏査においては現場判断が最も尊重される。外界の政府と言えど、冒険者の自治に介入することは出来ないのである。大竪穴の踏査が深層に近づくにつれ、冒険者や移住者の間には独立の気風が形成され始め、『そとびと』や外界政府との分断は無視しがたいものとなっていた。冒険者ギルドを開発局が支配するということは、それが一気に手綱を引き戻されるということである。


「確かに……相次ぐ事故や不祥事を名目として、開発局が運営権を取り上げるっていう筋書きは、一応納得できないこともない。だがそんなこと、いくらなんでも不可能だろう。ギルドの方だって黙っちゃいないはずだ」


「そう、普通ならね」


 カミルは鋭く目を光らせ、ベキムの歪んだ三日月形をした瞳を真っ向から見つめた。まるで、挑戦するかのように。


「ブラッドもそれは知ってて、彼なりの答えを出してきた。そもそも、こうも立て続けに事故を引き起こすには、ギルドの業務をかなり精確に把握していなければいけない。物資運搬便の運行予定だとか、貯蔵庫の管理スケジュールだとかをね。となれば、犯行は内部の者に手引きされた可能性が高い……」


「つまり、『敵』はギルドの中……獅子身中の虫だと? 」


 カミルはゆっくりと頷いた。

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