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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第2話(後):現在

「……私はそうして、君の母さんと出会ったわけだ」


 私は言い、コーヒーをすすった。


 寝台車のビュッフェで出すコーヒーなど、ろくなものではないだろうと思っていたが、なかなかどうして飲めなくもない。こういう所で出す鉱石珈琲は、作業の簡略化のため珈琲石をさらに砕いて粉末にしたもの使っている。このやり方だと確かに溶けるのが早く、注文を受けてからすぐに出せるのが利点ではあるが、石自体の酸化も急激に進むため風味が著しく損なわれる。香りが飛び、代わりに酸味と金属くささが強くなってしまうのだ。

 ところがこのコーヒーは、上品な苦みとほのかな甘みをとどめている。粉末の保管がきちんとしているのだろう。こういう、見えないところにまで気配りの行き届いたサービスこそ、本当のサービスだ。私は満足し、もうひと口コーヒーをすすった。


 私たち――私とルカは、第3大隧道へと向かう長距離の竜列車に乗っていた。私は結局、正式にルカの依頼を受けたのだ。その上で、彼女の仕事場が第3大隧道にあったことを伝え、事件を追うには第3へ赴くことが不可欠だと説明した。ルカには、どこかに宿を取って待っていてもらおうと思ったのだが、それは彼女自身に拒まれた。彼女も行く――行って、母親が見た景色を実際に見てみたいと言い出したのだ。別に拒否する理由も、権利も私にはなかった。


「……探偵って、もっと味もそっけもない話し方をするもんだと思ってたけど……ロマンチックな話もするんですね、陰謀だの、銃だの、謎の合言葉だの」


 ルカはちょと皮肉な調子で言った。私は肩をすくめた。


「言わんとしてることは分かるよ。思い出話を垂れ流すより、早く結論を言ってくれというんだろう。母さんの追っていた事件とは何なのか……おっと、失礼。いつの間にか、馴れ馴れしい口調になっちまってるな。君を見てると母君のことを思い出してね、つい、知り合いの娘と話してるような気分になっちまうんだよ」


 私の言葉に、ルカは大して有難そうな様子も見せなかったが、怒ることもせずにただ息をつき、答えた。

「別に、私は構いません。元々あなたの方が年上なんだし」


「そりゃどうも」


 私は帽子に手をやって軽く一礼した。


「それじゃお言葉に甘えて、親切な叔父さん風の喋り方をさしてもらうがね……そもそも、私も母君の『事件』について、詳しく知っているわけじゃないんだ。あの2人――ブラッドと、君の母さんは、私に全てを話してはくれなかった。彼らに協力して、使い走りのようなことはしたが、それだけだ。

 彼らなりに、私に気を使ってのことだったのだろう。当時の私は、アカデミーで研究者見習いのようなことをやっていた――そう、意外そうな顔をするなよ。これでも私はインテリなんだ。君だって、堂々たる蔵書を見ただろう? 」


 目を丸くするルカに、私はやや鼻白み、残ったコーヒーをすすって喉を湿らせた。


「ともかく、そんなカタギの私を事件に巻き込んでしまうことに、2人は抵抗を覚えていたんだ。特にカミル……もとい、君の母さんはね」


「どんな人だったんです、働いていた頃の母さんって? 」


 小さく息を吸ってから、ルカは小さな声で聞いた。私は少し考えた後、ゆっくりと答えた。


「……そんなに、深く理解していたってわけでもないんだがね。彼女が外界へ出て行ったのは、知り合ってから数か月も経たない頃だった。だが……そうだな、強い人だと思ったよ。当たりが強いとか気性が荒いとか、そういうことでなく、もっと柔軟でしたたかな強さと言うかな。君も知っての通り、彼女は元々『そとびと』だった。わざわざ大竪穴まで降りて記者の仕事に就いたんだ。『色々なことを見ておきたいと思って』と言っていたか……一事が万事、そんな調子だったよ。何事にも偏見なく臨み、苦労や困難を厭わない。

 本当に、強い人だった」


 ルカはおし黙ったまま、私の言葉を聞いていた。母親と似た芯の強さだけは瞳から読み取れたが、うつむきがちのその顔からは、どんな表情も読み取ることは出来なかった。いや――私はふと考える。考えてみれば、カミルのことだって私はよく知らないのだ。奥底が読み取れないという意味では、彼女も同じだったのかもしれない。ただそこに貼りついている表情が、笑顔か硬い無表情かという違いだけで。


「……今度は、私からも聞いていいかな? 」


 ルカはゆっくりとこちらを向き、黙って私の顔を見つめた。沈黙は許可のしるしということにして、私は言葉を継いだ。


「何故わざわざ大竪穴まで? 母親の思い出を辿るためとはいえ、こんな地の底まで降りてくるってのは並大抵のことじゃないはずだ。

 あるかどうかも分からない隠し財産のため? 悪い線じゃないが、ちょっと買えないな。今の生活だってそう楽じゃないはずだろう。夢物語じみた宝探しのために一大旅行をするほどの余裕はないはずだ。むしろそれは、見ず知らずの私を誘うためのエサ……違うかな? 」


 ルカは無言で、何か考えるかのように目線を空中でさまよわせていた。と、不意に口を開き、淡々と語りだした。


「大竪穴から出て、母さんは祖母――母さんにとっては母親――のもとへ身を寄せました。その時すでに、私を身ごもっていたそうです」


「……! 」


 私は思わず息を呑んだ。ルカは別に気にするでもなく、沈んだ顔で手の中のカップを見つめていた。中身は紅茶だ。


「父親のいない子供を抱えて、一人で生きていくのは難しい。大竪穴でもそうでしょうけど、外界ではもっとでしょうね。外の方が世間の目もうるさいし、体面にもこだわりますから。母さんは、かなり苦労したそうです。子供に読み書きを教えたり、時々は昔のツテを頼って筆耕なんかをしたりして、何とか私をここまで育ててくれました。でも……」


「そういう苦労が無ければ、もっと長生きできたはずだ、と? 」


 ルカは手の中で空になったカップを揺らしながら、かすかに頷いた。私はそれ以上、何の言葉もかけてやれなかった。ルカは泣いてはいなかった。涙をこらえていたのだ。私も涙を流すことは出来ない。だがそれは、私の体がそのように出来ているからだ。泣くことの出来る人間が、その涙をこらえている姿――私に、何が言えるだろう?


「……だから、これは一つのけじめと言うか……復讐なんです。母さんを追い立てたのが誰なのか、何故母さんは追われなければならなかったのか。誰のせいであるにしろ、何のせいであるにしろ、暴き立ってやることが私の復讐なんです」


「『復讐』……! 」


 私は思わずジャケットの上から胸を触った。服の下には、いつも持ち歩かないもの――拳銃が収まっている。胸掛け式のホルスターに収めた、古い雷管式拳銃。前の依頼者が遺した形見だ。

 鳥人(バードマン)の混血児、パル=パル。その死は未だ記憶に新しい。彼はこの拳銃だけを手に私の事務所を訪れた。父の『復讐』を成し遂げるために。そして――私の目の前で、彼は死んだ。あまりに突然に、虚しく、無意味に。

 何故今度の仕事に拳銃を持っていこうと思ったのか、自分でもはっきりとは分からない。私は普段、仕事中でも武器は持たないことにしている。「人を傷つけようとしている」という自覚が、心のどこかで重荷になるからだ。しかし、今はそれを、敢えて背負いたい気分なのだ。


「どうか、しましたか? 」


 ルカの声で私は我に返り、拳銃から手を離した。


「いや、こっちのこと……『復讐』ねェ。それだったら、私を連れてきたのは間違いだったかも知れないよ。つい先だって、その言葉を口にした依頼人がいた。結局、彼は死んだ。私がついていながら、何一つ成し遂げられぬまま、ね。だから……」


「目の前で死んで欲しくないと? 立て続けにそういうことになったら、寝覚めが悪いから? 」


 棘を含んだ声が飛んできた。見ると、ルカは口元をわずかに吊り上げて、私の方を見ている。笑っているのだ。


「雇われ人なのに、依頼人に随分と勝手なことを言うんですね」


「いや、私は……」


 慌てて弁解しようとしたが、ルカは焦る私に目もくれず、椅子から立ち上がった。


「ご心配なく。私は大丈夫です。死んだりもしないし、必ず納得のいく答えを手に入れて、この穴蔵を出ていきますから。それじゃ、おやすみなさい、探偵さん」


 彼女はそれだけ言うと、もう一度だけ私に微笑みを投げて、自分の個室へ戻っていった。

 私は空のカップに残ったコーヒー滓を睨みながら、物思いにふけった。やれやれ、あんな小娘に心配されてちゃ世話はない。しかし、強い娘であることは分かった。ある意味で、カミルにも似ている。思い込んだら一直線で、決断力とバイタリティに溢れ――ただ、ルカの強さは幾分危うい強さだ。

 私は、『復讐』と言った時のルカの目を思い出した。あの話は、本心からのものだろう。だが、あれだけではまだ不足だ。心の内を全て私にさらけ出したわけではない。


 私は考える。カミルは、大竪穴を出る時にはすでに身ごもっていたという。ということは、ルカの父――彼女が顔すら見たことのない父親は、大竪穴の中にいたことになる。最後の事件が起きた、ちょうどその時に。

 そしてルカは『ブラッド』を訪ねてきたのだ。自分の母親に謎めいた円盤を贈ったという男。ひょっとすると彼女は、『父親』と会う気で来たのではないだろうか?


 私は重たい吐息をつくと、コーヒーのお替りを頼むために腰を上げた。眠りにつくには、消化しきれぬ過去を大量に抱え過ぎていた。竜列車の揺れも、ノスタルジーを吹き払う役には立たなかった。

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