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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第1話(3):現在

「……どうか、なさったんですか? 」


 ルカの声に、私は我に返った。ここは、私の事務所だ。第3大隧道の掘っ立て小屋じゃない。私は探偵で、齢を取っている。首を振りながら、私は答えた。


「いや、失礼。ちょっとばかり追憶に浸っていました……いいもんです、過去は。何もかもが美しく、懐かしい。

 それを、あなたはほじくり返して、残酷な陽の光を当てようというわけだ。わざわざ外界からやって来てまで――一体、何が目的なんです? 」


 話す言葉に棘が混じるのを、私は止められなかった。彼女自身に罪はないのだろうが、カミルが死んだということを伝えられ、ブライの死にざまを思い出させられた私は、心の奥底をかなり手ひどく打ちのめされていた。

 ルカは私の目をまっすぐ見つめながら口を開いた。


「母さんが大竪穴を出る直前に、『ブラッド』と共同で調べていた事件があるらしいんです。それに手を出したせいで母さんは職を追われ、外界に帰ることになった……この円盤はその別れ際に、ブラッドが贈ったものだそうです。

 大竪穴での暮らしと『ブラッド』のことは、生前から簡単に聞いていましたけど、詳しいことは聞かせてもらっていませんでした。興味もあまりなかったし、母さんも話したくないようだったので。この円盤も、ひと月前に遺品整理をしていて初めて見つけたくらいです」


 ルカは続けて、バッグの中からスクラップブックらしきものを取り出し、テーブルの上で開いた。中を覗くと、古い新聞の切り抜きが貼り付けてある。大竪穴のものではない。外界の新聞だろう。


「円盤といっしょに、これが保管されていました……ここの、この記事をまず見てください」


 ルカの白い指が指す記事を、私は見た――大きな写真が、まず目に飛び込んでくる。丸く、複雑な模様が描かれた物体。私は目を細め、再びテーブルの上の円盤に目線を移した。同じだ。同じ円盤が、新聞記事に載っている。


「記事の内容は、ある人物の死亡記事です。エメール・マグナ・ジュスタン卿……と言っても、ご存じないでしょうが。外界では名の知れた政治家でした」


「外界のねえ……」


 言われてみれば、記事の片隅に白い三角髭を生やした老人の顔写真が載っている。細面の、厳しい顔をした男だ。齢は取っているがなかなかの男前で、目元には知性と意志力を示すきらめきが宿っている。かなり切れる人物だったのだろうと想像された。もっとも、想像だけだ。外界の政治情勢に関しては、私は無知もいいところだ。

 私は外の世界に出たことがない。と言うより、向こうの方で出してはくれないのだ。亜人が外界に出ようとすると、面倒な手続きが必要になる。「外」の政府は、混血が広がるのを恐れているらしい。私も別に、出たいと思ったことはないが。


「しかし、何だってその、偉い政治家さんの死亡記事に、こんな写真が? お分かりのこととは思うが、こりゃ深層の工芸品でしょう。接点がないと思うんですがねえ。しかも……こりゃ、大きすぎる。顔写真よりデカデカと載ってますよ、この円盤」


 私は円盤と写真を並べて、顎をひねった。


「同じ円盤じゃないんです」


 ルカは再び指を出し、写真の円盤を指さした。


「この角――こっちの円盤にはないキズがあるでしょう? 模様は隅々まで同じだけど、別のものなんです。母と同じものを、この、ジュスタン卿も持っていたと」


「まあ、珍しい偶然だってことは認めますがね」


 私は肩をすくめ、記事に目を走らせた。仰々しい書体で、どぎつい見出しがつけられている。「渦中の政治家、急死――遺産はメダル一枚」……?


「ジュスタン卿は晩年、国庫の帳簿を操作して莫大な横領を行ったとの疑いをかけられていました。審問に呼ばれるのではないかとの噂が立ち始めた矢先の、突然の死だったようです。死因に怪しいところはなく、老体に心労が重なってのことだったようですが。

 その後、自宅から事務所、別荘に至るまで徹底的な捜査が行われたのですが、不正に蓄えられたと思われる財産は見つからなかった――どころか、フタを開けてみれば卿の財政状況は、彼ほどの立場にあった人間にしては不自然なほどに逼迫したものでした。土地屋敷の他には目立った財産もなく、私室の金庫には、この円盤だけが後生大事にしまいこまれていた――そう、この記事には書いてあります」


 私はもう一度顎をひねった。なるほど、それでこの円盤をこんなにも大袈裟に扱っているわけか。しかし、それだけではまだ納得がいかない。


「深層ものの円盤だけを遺して死んだ、曰くつきの大物がいた。それはいいでしょう。その円盤と全く同じものを、あなたの母君が持っていた。それもよろしい。しかし、その2つを結び付けて考える理由は何です? そりゃ、深層の美術品は外界じゃ珍しいでしょうが、珍しいってことは何の証明にもなりませんでしょう」


「……ジュスタン卿はかつて、外界の開発局で長官を務めていました。あなたも、王立開発局のことはご存じでしょう? かつて第3大隧道に存在した、大竪穴の開発を司る王国政府の省庁――ジュスタン卿はそこの、最後の長官だったんです。彼の解任の後、後任者は派遣されず、開発局は廃止され、現在まで続く冒険者の自治制度が始まった」


 私はちょっとの間目をつぶり、そして開いた。


「……で、その任期は、あなたの母君が大竪穴で記者として活動した時期と、ちょうど一致する。察するところ、そんな具合でしょうか? 」


 ルカは頷いた。頷くことは、分かっていたのだ。「開発局」という、懐かしい言葉が出た時に思い出した。写真の顔にも何となく見覚えがある。あまりに老けていて分からなかったが、当時の新聞でもたまに見た顔だ。


「単刀直入に言います。私は、ジュスタン卿が母の『最後の事件』と関わっていたと思っています――さらに言えば、ジュスタン卿が解任され、開発局が解体されたのも、その事件がらみのことだったのではないか、と」


「それはまた、随分と大袈裟な話になってきましたね。たかが、こんなメダル1つを根拠に」


 私は人差し指で紐をひっかけ、円盤を吊り上げた。ルカは私の手から紐を乱暴にひったくった。


「何も、絶対にそうだとは言っていません。そこまでうぬぼれてるわけじゃない……ただ、確かめたいんです。本当に、母さんとは無関係なのか? 無関係だったとしたら、母さんが大竪穴を追われたのは何故なのか? この円盤を、『ブラッド』が母さんに贈った理由は?

 それを知りたくて、母さんの書いたメモの住所を頼りに、ここまで降りてきたんですが……」


「出くわしたのは、得体のしれないトカゲ男だったと。いやはや、心中お察しします」


 私は軽く言いながらも、注意深くルカの顔を見守った。単なる好奇心か、あるいは母の思い出に整理をつけたいという考えか……いや、そういうセンチメンタルな気まぐれだけではない。まだ何かを、その内に秘めている顔だった。


「あなたも、探偵なんですよね? 」


 ルカは思い出したように呟き、私の顔をまじまじと見直した。動物園の動物でも眺めているような目つきだ。あまり気持ちのいいものではない。若い女性でなかったら、本気で憤慨しているところだ。


「そりゃ、まあ……表に看板を出してるかどうかが探偵の条件なら、その通り、私も探偵ですよ」


「それだったら……私には、協力者が要るんです。大竪穴のこと、それも過去の大竪穴に詳しいプロフェッショナルの手が。あなたならうってつけだと思うんですけど、いかがです? 」


 ルカは、にこりともせずに私の目を見つめた。唐突で、しかも媚びるようなところのない言い方だ。あまり礼儀正しいとは言えない。が、私の嫌いな態度ではなかった。


「さて……私でお役に立てるかどうか」


「お金のことでしたら、心配は要りません。母の遺産を整理しましたし、私ももう働いていて、多少の蓄えはありますから。あなたへのお支払いは十分に出来ます。

 それに……この仕事を終えた暁には、もしかしたら、思いがけないボーナスがお支払できるかもしれません」


 ルカは勿体ぶるような口調で付け加えた。私は片目を大きく開けた。


「と言うと? 」


「覚えておいででしょう、ジュスタン卿の財産の話を――多額の金を国庫から盗み出したにも関わらず、死後に財物はほとんど見つからなかった。莫大なお金は、一体どこへ消えたのか? 興味は、ありませんか? 」


 ルカは何気ないことのように言った。その顔はいたって真面目だった。私に誘いをかけようというのだ――私は感嘆さえ覚えながら、彼女の大人びた顔を見つめた。猫なで声でなだめすかすように言うより、静かに説明した方が効果的だろうと、この年で理解しているのだ。


「それが、目当てと言うわけだ。ジュスタン卿の隠し財産が、この大竪穴に隠されていると? 」


「何度も言いますが、絶対にそうだと言っているわけではないんです。その可能性は十分にあるのではないかと。少なくとも、ここまで降りてくる決心をさせるくらいには有力な見方だと思いますよ。

 ジュスタン卿の権勢が最高潮に達したのは、開発局長官就任の少し前。そこから政争に敗れ、半ば左遷のような形で開発局入りした。その際に、政治生命の下り坂を悟った卿が、行きがけの駄賃に横領を働き、老後の蓄えとして大竪穴に持ち込んだ――もっともらしい筋書きではあると思いますけど」


「フーム……」


 私はもう一度顎をひねった。何も、迷っているわけではなかった。分かり切っていたのだ。どうせ最後には、この件に引きずり込まれてしまうのだろうと。莫大な隠し金の話題など、持ち出されるまでもない。『ブラッド』の名前、カミル・ズィエタの名前、そして『最後の事件』という言葉。それだけで、私が乗り出すには十分だった。


 いや、乗り出さずにはいられなかった。


 どうもそれが私の(さが)らしい――誰に頼まれずとも、進んで厄介な謎へ首を突っ込む。お節介な性格。昔から変えようったって変わらない。そう、ブライと出会ったあの頃と、まったく変わっていないのだ。

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