ヒトの名
ヒトの名
弟の笑う顔。
弟の泣く顔。
弟の怒る顔。
そして、絶望し、打ちひしがれ、全てを諦めた顔。
私は弟の全てを見ることができた。
私の弟はとても弱々しくて、とても強かった。
私の誇りだ。
スコールは冷たい床に座って、天井近くにある小窓を見上げていた。
日は変わり今日彼女は死ぬ。
白々とした月明かりが降り注いでいた。
後姿は静謐としていて、僕は声をかけるのを躊躇われた。
「デルヴィ?」
振り返った女性はリヤでもラクスアーサでもなかった。
幾度となく見澄ましてきた、少しだけ冷たい瞳だった。
「なんで僕を助けたの?」
国外逃亡すれば、きっと逃げ切れたはずだ。
なんだったら冤罪でもいい。
僕がすべての罪を受け入れる。
「なんでそんなこと訊くの?」
さも当然のことのように、スコールは微笑んだ。
返答に窮するのを見て、僕の返答を待たずに彼女は言った。
「あなたに生きて欲しかったから。」
「僕が死ぬべきだった。正直、姉の手で死ねることが、嬉しい自分もいた。
なぜ?
スコールだって知ってるんでしょ?
真の罪人は姉のシェスであって、しかも、ホントは…」
「いいの。そんなこと。」
それ以上言葉を継げない。
決意と諦観。
それがスコールのプライドで、強さで、そして弱さだった。
僕の決意をはるかに上回る決意。
夜空は雲に覆われ、暗黒と静寂が周囲を満たした。小さな呼吸音だけが重なってはズレた。
想いのズレが怖かったから、無意識に重ねた。
吐く息が白くけぶる。
深く息を吸った。
「僕もあの島を視てきた。」
「そう。」
無駄なのがわかっていながら、むしろ彼女を追い詰めることしかないだろうことを予測しながらも、僕はスコールに語りかけた。
すがるように。
「君が何を思って僕の傍にいたのか、辛かったことも、嫌だったことも全部話して欲しいんだ。
過去を思い出させるようなこともしない。」
「うん。知ってる。
デルは優しいヒトだから。」
「僕が傍にいてあげる。
違う。僕が傍にいたいんだよ。」
「うん。信じてるよ。
デルはきっと、ずっとあたしの隣にいてくれる。」
穏やかに。しっかりとした口調でスコールは相槌を打った。
「子供は?」
とは訊かなかった。
スコールの返答がどうであれ、決めていたことだから。僕がきちんと生きて、子どもを受け入れる。
きちんと僕がその子の居場所になる。
だから、隣にいて欲しいのに。
「これからだって違う人生あるかもしれないじゃないか。
立ち上がれば、幸せが見つかるかもしれないじゃないか。」
陳腐だ。
どんなに言葉を尽くしても、全く伝わらない。
なぜなら、伝える自分が、どこかその言葉を信じていない。
というより、未来を信じることに疲れていた。
だから、あの島で僕は壊れた。
ましてや、スコールはそれを子ども時代に味わったのだ。
風が強いのか。雲が流れゆくたび、牢の中を光と闇が交錯していた。
伝わらない。
それでも、僕は言葉を尽くした。
「僕と一緒に逃げよう。」
強い決意。
しかし、彼女は弱々しく首を振った。
「デルヴィだって、逃亡生活には辟易してるでしょ。
これでいいのよ…きっと。」
彼女の言葉は僕の胸を深くうがいた。
その思いを否定する言葉が検索できない。
言外の意味を覚ろうと必死に思考を巡らすも、絶望以外を見出せない。
「ごめんなさい。」
結局口をついてでたのは、それだけだった。
スコールは背中を向けた。
今晩は覗き見する蝙蝠はいない。彼女を捉えるは、月と僕だけだ。
「助けられないから?」
「それもある。
でも、それ以上にスコールに逢うことを喜んでいたから。」
僕は、スコールが僕と逢えることを楽しみにしていた、と信じていた。
楽しかったのかもしれない。
でも、それ以上に、過去を抉られる苦しみに悶えていたんだ。
一人浮かれていた自分が嫌になる。
「謝られてもなぁ…あたしが弱かっただけよ。」
見えない月を見上げる瞳に映っているのは邂逅なのだろうか。
時折震える肩と鼻を啜る音に、感情が暴走しそうだった。
彼女の望みを裏切らぬ為に、僕は衝動を無理やり押さえ込んだ。
「ありがとう。
それなのに、僕なんかと一緒にいてくれて。」
ゆっくりと僕に向き直った。
暗がりに浮かんだ白い輪郭。
紫の瞳と薄紅の唇。
歪んだ笑みが再び静かなものへと変わっていく。
「僕なんか…か。
あたしは誰かに必要とされたことなかったから、まぁ、嬉しかったよ。」
つい数ヶ月前のスコールだったら、絶対言わないだろう。
誰かが彼女の中にいたとしても。
「コッチこそありがと。」
抱きしめたい。
冷え切った体を暖めたい。
暖められたい。
でも、冷たい鉄格子が僕らを隔てている。
届かぬ想いを掌にのせて、必死に腕を伸ばそうとも、スコールが触れることはなかった。
「さようなら。」
彼女は言った。
振り返り、再び天窓を見上げた。
雲間から白い光が降り注いだ。
僕は伸ばした手を静かに下ろした。
「さようなら。」
ようやく納得した。
ようやく諦めた。
僕らに未来はない。
だからこそきちんと伝えたい。
「ごめんなさい。
ありがとう。
さようなら。」
言葉が詰まる。
「貴女のことが大好きでした。」
「あたしもだよ。
誰かを好きなまま逝けるんだ。
あたしは、きっと幸せだよ。」
少し震えた声と背中。
僕は大人気なく大声で泣いた。
スコールの名前を何度も叫びながら。
どのくらい時が経っただろう。
小さい小窓に月はなかった。
それでもスコールは小窓を見つめていた。
痙攣しているかのように揺れる肢体。
二度とその小さな体が振り向くことはなかった。
僕は出て行く。
冷たい部屋、冷たい鉄格子。
冷たい月光。
夜が明ければ、冷たくなる女。
それらを全部背にして。
ぼくはいったいどこであさをむかえればいいのでしょう…
夜が明けた。
暁は広場の真ん中で神殿を見つめる僕の背中を照らした。
トネリコの十字架三本分の高さのある十字架。
堆く詰まれた薪。
地面に映し出された黒い影はすでに墓標のようだ。
古代より火刑は社会秩序を乱す重犯罪人、特に親殺しや姦通罪の罪人に対し、処された刑罰である。
さらに公開処刑は民衆のガス抜きとして、また犯罪抑止として利用されてきた。
おそらく今回もその要素があるのだろう。
十字架の先に見える神殿から何人かヒトが出てきた。
目出しのマスクをすっぽり被った執行人たち。むしろこれまでは僕が仕事で雇ってきたヒトたちだ。
僕を一瞥して、粛々と作業を開始する。
昔一緒に仕事をしたヒトに、「感情をもったら、この仕事はできない」と、呟かれたことを思い出す。
目出しの奥が淋しげに揺らいでいた。
太陽が天へと昇っていくにつれ、体に熱を帯びる。
作業は一時間ほどで終わった。
一度彼等は去り、下級神官たちが観客の整理のために出てきた。
その頃には広場には行き交うヒト、刑を待つヒトが増えてきた。
いたたまれなくなり木陰に逃げた。それでも、十字架からは視線を逸らすことはない。
首都の神殿から来た裁判員が神殿から出てきた。
異端・異教徒の審問や魔女裁判のスペシャリストたち。王国軍や国王近衛の師団長も数人見られた。
下級神官らがそのお偉いさんたちのために席を用意していく。一般信徒や光明神官以外の神官たちは離れるよう叫んでいた。
時々視線を感じる。
おそらく公会議に出席してくれた神官らだろう。
あと、僕等を知る古いカラトン神殿の近衛兵たちも、僕に気づいて近づいてきた。
僕は無視した。
子どもが不思議そうに爪先立ちし、大人の背中の奥を覗こうとしていた。
母親がその手を掴み、忌み嫌うように去っていった。
大人たちは死を楽しみ、子どもたちは死を遠ざけられる。
この街の、もしかしたら王国レベルの風潮だ。
以前「子どもから死の場面を取り上げるから、死を娯楽と勘違いする大人が増えているのだ」と、どこぞやで教授が説教していた。
多分その教授も火刑に処せられただろう。
未だに僕は時が止まるのを夢想し、彼女の罪が許されることを神にも祈った。
愛するヒトを断罪する神に祈り続けた。
本当は罪人でないのにだ。
「こういうときこそ出てこいよ。あの吸血鬼め…」
僕が弱っちいときは傍にいてくれるんじゃなかったのか?
矛先を無関係な方へと向けてみる。
祈る対象は神ではなくなった。
感情が暴走しないように。
そのへんから、あまり覚えていない。景色も音声も曖昧だった。
「スコール・ライネージ。光明神大司教及びその妻の殺害の主犯として、あなたを火刑と処します。」
シェスの冷ややかな声が、広場に響き渡った。
それを煽る叫びが、スコールの足元ではぜる炎の音が、僕にだけ聞こえない。
記憶と今が交錯した。
風と鳥と虫と木々が詠う鎮魂の詩。
それとスコールが僕に最後に告げた言葉。
「いいの。あたし疲れちゃった。」
その言葉を何度も反芻した。
繰り返し、繰り返し、繰り返し…
「魔女を断罪する全ての火を放ちなさい。」
スコールは真っ直ぐに見ていた。
もしかしたら僕を。
人ごみの外で涙ぐむ男を見つけたかもしれない。
涙でぼやけているから、彼女がどんな風に焼けていったのか、知ることはできない。
それでも、目を逸らしはしなかった。
ぱちぱちと火が爆ぜた。
ごうごうと炎が周囲もろとも空気を焼いた。
緋が飛び散った。
黒煙が空を覆った。
焦げた木とヒトと鉄の臭い。
取り巻くヒトビトの肌まで焼く熱さ。
涙に揺らめく緋色と黒。そして白。
唇の痛みと鉄のような血の味。
燃える…燃える…燃える…
「さようなら。」
観客が一人、また一人と去っていった。
いつまでも泣いている男を不審げに、ときに哀れむように。
罪人に涙とは、と罵倒するヒトもいた。
罪人との関係を知ってか知らずか、幸いそれを制するヒトもいた。
袖口で顔を拭った。
この瞳に映ったのは、煤けた袖口と、鉄の十字架と磔になった黒いヒト型。
掌と足に酸化した黒い釘が痕を残していた。
ふらふらと十字架に歩み寄る。
跪き焼け焦げた十字架を仰いだ。
ゆっくりと視線を落として、転がった頭蓋に手を伸ばした。
そして、そっとカノジョを抱いた。
悲しくないわけではなかったのだが、もう涙は涸れ果てていた。
抱いた腕を鞭で叩かれた。
一度は捉えなおしたものの、二度の鞭で目で落ちて砕けた。
のろのろと鞭の持ち手を見た。
「フランシェスカ…」
「片付けなさい。」
取り巻き等に顎で命じた大司教シェスは鬼の形相をしていた。
焼け焦げた十字架から地面に落とされた骨は、黒いゴミ袋にまとめられた。
「デルヴィ・ヴィクセン。
明日、大神殿の懺悔室に来なさい。」
一変して優しい笑顔でシェスは僕に命じた。
僕は力なく肯いた。
作業完了の報告を聞いた大司教は、神官兵たちを連れ立って去っていった。
誰もいなくなった広場で号泣だけが響き渡った。
私はもういない…私を受け入れた彼女も…私と同じ器で過ごした彼女も…
誰かがいなくなっても、陽はまた昇る。
何事もなかったように。
陽光が巨大な正門を照らした。
透かしに掘られた神の言葉が門と神像の間の広場に映し出される。
「光あれ」と。
尖塔の影が丘まで続く壁の背に、一寸のずれもなく伸びていた。
太陽が昇るにつれ短くなっていく。
年に2回しか訪れない奇跡を一般信徒に混じってみていた。それを観るためだけに用意された高台で。
太陽が昇りきった神殿はあらゆる翳をなくし、光に包まれる。
奇跡を見た。
しかし、当たり前だけど、奇跡は起こらなかった。
スコール・ライネージは昨日死んだ。
僕の目の前で焼き殺された。
彼女の世界に蔓延っていた絶望と一緒に。
涙を流して、奇跡を褒め称え、祈りを奉げる信徒の群れを掻き分けるようにその場を離れた。
高台の急勾配をふらつきながら神殿へと向かった。
懺悔室でシェス大司教は何を語るつもりだ?
シェスはまだ真実を知らない。
彼女は大司教ではないという真実。
「だから!
なんで真昼間にあなたは出てこれんの?」
真昼の太陽の下、僕の行く手を阻むように立っている吸血鬼。
「ラクスからの伝言。」
不敵な笑みで僕の疑問を無視して、彼女は言った。
「あんたたちのお子は、首都においてきたから、後で迎えに行くこと。以上。」
踵を返す。
僕は呼び止めることはしなかった。
僕だけが知ってればいい事実だったから。
だからメールも追及してこなかった。
「あたしの優しさはここまで。
あとはキミの生き方だよ。」
軽い言い草に苦笑してしまう。
「一週間ありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
突然現れて、あっさりと僕の前から去っていった。
思い出というより、現実味のない夢幻のようだったな。
再度歩を進めた。
門を潜って、透かし文字の消えた前庭を横切り、神の御言葉と神話と抽象化された幾何学文様に飾られた正面玄関の扉を開けた。
「……………」
開けた扉の向こうに広がる光景に呆然とする。
血溜り。
積み重なって倒れる光明神殿の神官たち。
光明神の神官着の純白は赤茶に穢されていた。
むせ返るような臭いはあの島を彷彿とさせた。
骨が、枯れて腐りかけた彼岸花のような紅の中に立っていた。
返り血に塗れた白灰色の骨。
右手に剣を、左手に楕円盾を持ち、ゆっくりと振り返った。
その足元にはシェス。
「あぁぁぁぁっ!」
僕は十字架を背中からはずして、とびかかった。
盾で簡単にいなされ、まだ立ち上がる気力がある神官兵たちを薙倒すように、吹き飛ばされた。
「ふ、ふざけるなぁ!」
神官兵数人が再度斬りかかる。
しかし、骨の化け物のところへ辿りつけずに、その切っ先は制された。
「いらっしゃい。」
もうすでに見飽きた顔がそこにはあった。
「助けて…ラクスが…メール?」
ニタリと片方の口角を上げながら、彼女は腕を袈裟に振った。
同時に神官数人は鮮血を撒き散らし倒れていく。
骨も再び剣を振るい始めた。
「や、やめろ!」
僕は叫んだ。
しかし、二人の魔物は次々と神官を切り裂いていった。
「やめてくれ…」
魔物に。
神官たちに。
でも、訴えが通じることはなかった。
純白の神官着は全て紅く染められた。
「何でだよ…」
僕はメールと骨、ラクス姉さんなのだろう骨と対峙した。
「だからぁ、キミに対する優しさはさっきまでって言ったじゃない?
ま、一人も死んでないよ。
そのままにしてたら保障はできないけど。」
そう言って、メールはケラケラと笑った。
僕は、まだ動ける神官たちに仲間の治癒を依頼した。そして、トネリコの十字架を握りなおした。
「俺が戦う。」
「あら、俺?」
感情は怒り。
壊れたラクス姉さんにも、信頼しかけていた僕を裏切ったメールにも、絶望した。
さらに追い討ちをかけるように、メールは朦朧としているシェスを引きずっていく。
咄嗟に駆け出す僕を、骨のもつ剣が横薙ぎに制した。
「ラクス姉さん、どけてくれ!」
トネリコの十字架と鉄剣が交差した。木製の十字架がぎしぎしと軋んだ。
その間にメールとシェスは大聖堂の祭壇前にいた。
メールはシェスを無理やり跪かせた。
「懺悔しなよ。」
見下すようにシェスの前に立っていた。
「懺悔?
わたしが?
何を?」
憎々しげに睨んだシェスを鼻で笑いとばした。
「そう。
じゃあ、そこにいる骸骨、ラクス・ヴィクセンと昨日処刑されたスコール・ライネージに代わって、あたしが説明するね。」
視線を僕に向けた。
ラクスの攻撃が止まった。
手元の何かのスイッチがカチリと小さく鳴った。
「実はね、外の信者さんたちにも解ってもらえるように、ここの様子を外にも映し出してるんだ。」
メールがさも楽しげに嗤う。
訝しげに見た僕に続けた。
「ミサにとってね、神を殺すことは信仰を殺すことなの。信者が神に、最も神に近いはずの大司教に疑いを持てば、神は死んじゃうでしょ?」
歯噛みする僕。
悔しげに俯くシェス。
沈黙を保ったまま剣をぶら下げるラクス。
得意げに、でも何故か悲しげに微笑むメール。
カチリ。
再びスイッチが切り替わる音がした。
「コレは大司教…前大司教?
ご本人に聞いた話です。」
光明神の大司教と暗黒神の巫女の結婚は、新たな時代の到来だと国民に祝福された。
しかし、全てのヒトに手放しで喜ばれたわけではない。何年も子どもができなかった奥方は、司教クラスの神官や修道院の女性神官たちに陰口を叩かれた。
「子どもができないのは、神の意に背いた結婚だからだ。」と。
それを機として奥方は表舞台から遠ざかる。
矢面に立たされた大司教は陰で身の回りの世話をする女性神官と関係を持った。
妊娠したその女性神官は暇を出された。
身寄りのない彼女は、山奥の修道院で静かに暮らすことになった。
結果生まれたのがシェスだった。
事実を知ったスコール・ライネージの父親は、光明神殿のスキャンダルが表に出るのを恐れて、修道院ごと消し去った。
しかし、まだ赤子だったスコールを殺す事はできずに連れ帰ってしまう。
シェスはライネージ家で人目につかないように育てられた。
その半年後ラクスが生まれる。
真名はラクスアーサ。
悪魔の名を名づけられたことに、再度奥方は責められ、病んだ。
ラクスは2歳の誕生日を迎えることなく、母親の手によって殺された。
処理は秘密裏に行われた。
ラクスの生誕を喜んでいた一般信者を欺くため、ライネージはシェスを大司教の娘として育てるよう進言する。
大司教はそれを受け入れた。
デルヴィが生まれた3カ月後のことだった。
デヴィリスという真名が、悪魔を意味していたのかは、実は定かではない。
大司教が涙まじりに「悪魔の子」と世に告げた。
それだけのことだ。
結果的に、信徒の同情を誘ったが、奥方は完全に壊れた。
奥方にとってシェスは認識できない存在となり、デルヴィは虐待の対象となった。
父親はそれを黙認し続けた。
いつだろうか。
シェスはスコールの存在を知った。
自分がライネージ家で育てられていたことも。
知っていながら、自分に救いの手を伸ばさぬライネージ家を怨んだ。
居るのに存在を消し去られたシェスの虚しさと悲しみと怒りは、ない交ぜにスコールに向けられた。
あらぬ罪で拘束されたライネージ家は大陸北にある島へと流された。
強いられた地獄の日々から逃れたのはスコール一人だ。
そして、そのスコールは先日やはり冤罪で焼かれた。
長い長い語り。
静まり返っていた外の信徒に動揺が走るのが解った。
「大司教を殺害したのはスコール・ライネージではないわ。
ここにいるシェス・ヴィクセンよ。」
外がざわめいた。
すがるように、媚びるようにシェスがメールを見上げた。
カチリ。
スイッチが切られる。
「デルヴィ、キミは知ってた?
シェスがスコールを嵌めた理由。」
二人がゆっくりと僕を見た。
「デルヴィ…助けて…」
「嫉妬よ。」
メールがケラケラと笑い出した。
「スコールはね。
あなたとのお付き合いをシェスにお願いしようとしてたのよ。
キミを奪われると思ったのね。
我が子の行く末も考えちゃったんでしょうね。
父親もろとも、って計画よ。」
ねー、っとシェスの顔を覗き込む。
虚ろな瞳で脱力した頭を無理やりのけぞらせ、さらに笑い飛ばした。
「シェス姉!」
再び時が動き出した。
骨の存在を忘れて床を蹴った僕を白刃が襲った。
咄嗟に体を捩って直撃だけは避けたが、鋭い痛みを伴って、神官着が横一文字に斬られた。
「っぐぅっ!」
鳩尾に鈍い激痛。
呼吸が止まって蹲った僕をさらに衝撃が襲った。
攻撃してきたのがメールだと気づいたのは、体が宙に浮いて吹き飛んでいる途中だった。
ボールみたいに蹴り飛ばされた僕の体は、神殿の分厚い玄関扉をぶち抜き、石畳に撥ねた。
分厚く空を覆った黒い雲が眼前に広がっていた。
鐘楼が雲を突き刺すかのごとくにそびえたつ。
そのてっぺんにミサの姿。
鐘楼の前に巨大なスクリーン。
晴れていると映りが悪いから、と雲をかき集めて夜みたいにした結果、他の地域が異常気象かと思われるほど気温が上がった。
なんて話が後々聞こえてきたのだが、今はどうでもいいこと。
巨大スクリーンに映し出されていたのは、不敵に笑む吸血鬼と大司教の代理として皆を率いていた女性だった。
そして、上目遣いに見る景色は、疑心暗鬼に駆られた一般信徒の群れだ。
擦るような幾つもの足音が近づいてくる。
「奴らを許すな!」
誰かが叫んだ。
その輪は一瞬に周囲に伝播した。
彼等は、痛む体を無理に引き起こした僕を様々な瞳で凝視していた。
嘆き、怒り、虚しさ、悲しみ、それぞれの感情が渦巻いた。
「神の使徒なんて、所詮こんなものなのよ。
大司教が神のためじゃなく、私的感情でヒトの命を奪ってきた事実。
解るかしら皆さん?
まぁ、コレであたしの話はおーわり!」
シェスを引きずるように壊れた扉まで連れて、メールが訥々と語った。
それに呼応するように暴徒化した信徒が石を投げ始めた。
メールの左脇を骨が走り抜けた。
激痛を堪えて十字架を構えた。
しかし、骨は僕の右脇をも駆け抜けた。
思わぬ行動に一瞬対応が遅れてしまう。
「ラクス姉さん、やめるんだ!」
必死に手を伸ばし、骨の凶行を留めようとした。
間に合わない…
「…?」
骨が視えない壁にはじかれた。
同様に信徒の行進も壁に遮られた。
ミサが空中浮遊でゆっくりと地面に降り立った。
メールをじっと見つめて、小さく溜息をついた。
「ずいぶんと煽ったねぇ…
途中から楽しくなったの?」
と今まで聴いたことのないような優しい声でメールに問いかけた。
さすがにバツが悪いのか、彼女は真面目な顔で俯いた。二人の関係が少し見えた気がした。
「ヒトを殺すな。
神を殺せ。
自分の頭で何が正しいか考えろ。
神の言いなりになるな。
悪魔の言いなりにも、私の言いなりにもなるな。」
ミサが聴衆に向かって言い放つ。
その言葉に誰もが混乱して、場が静寂に満たされた。
きーん!
やおら金属音が響き渡った。
聴衆に向けて語るミサに驚愕の表情が浮かんでいた。頭上に翳した〔神喰らい〕の刃と交差するのは、骨の持つ剣だった。
ミサの張った障壁が、ヴーンと呻って消えた。
「ヒトの世界に余計な口出しをしないでいただきたいな。」
骨が喋った。
いや、脳内に直接響いた感じだ。
「そこの吸血鬼が何を言ったのかよく聞いていなかったが、悪魔の戯言は信じられない。」
背後、斜め上を眺めながら、骨は言った。視線の先には父の姿。
身を隠しているものの、僕の位置からははっきり確認できた。
骨が、ラクスが笑ったように視えたのは、僕の気の迷いだろうか。
「そうだ! 去れ悪魔ども!
裏切り者のヴィクセン家も殺せ!」
一般信徒の群れから、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
それを合図とするように再び投石が始まる。
「やめろ!」
僕は怒りに立ち上がり、トネリコの十字架を振った。
一瞬気圧されるものの再びシュプレヒコールが響き渡った。
ミサとメールは、表情なく傍観していた。
「おやめなさい!」
ラクスの声だ。
あの冷たい牢屋で聞いたきりだが、認識できた。
凛とした中性的な声。
今度は脳内に届いたわけではない。
ざわめきの中でも後ろまでよく通る声だった。
さらに骨の言葉は続いた。
「貴方がたの中で、一度もウソをついたことのない者だけが、この女に石を投げなさい。」
そして、いつの間にやらその掌には男の首が握られていた。
「あれ? あのヒト…」
眼鏡をかけたソマルリアの神官だ。
公会議で見た彼。
ラクスは、怯える男の耳元に囁いた。
「あなた、光明神殿にばれたらマズイもの作ってるんでしょ?」
わざとか、僕には聞こえた。
真名を視る眼鏡のことだ。
「このソマルリア神官を拷問にかけてでも、貴方がたの真実を告げましょう。」
言っていることは解る。
でも、意図が解らない。
「真実を語りましょう。
父と母、大司教とその妻を襲撃したのは、私に操られたシェス・ヴィクセン。
スコール・ライネージに罪をなすりつけたのも私の発案です。
理由は、家族を守るためです。
私は家族を憎みながら、それでも愛していました。
この体です。今更神にそむいたところで、私には関係ないですから。」
矛盾だらけで、強引なごまかしに明らかに不信の空気が走る。
「私を殺すまで父母を追い詰め、ライネージ家の没落を笑ったのは貴方たちよ。
どっかの役職付き神官がたきつけたことも真実。
でも、傍観するのが罪じゃないとは、決して思わないことね。」
一般信徒が動揺する。
話し終えたのを見計らったかのようにミサがついっと前に出てきた。
「時間だよ。」
「…言ってくれたわね。
そんなこと言う約束じゃなかったはずでしょ。」
呆れ口調で、メールが言った。
舞台設定は彼等の想定通りか。
ただ、役者が最後に反乱を起こしたみたいだが。
「さて、デルヴィ。事後処理はよろしくね。
シェスのことお願い。
貴方の二人の子どもたちもきちんと育てるのよ。
サボったら化けて出るからね。」
僕の目に少しだけ涙が浮かぶ。
今度こそ本当に姉の笑顔が視えた。
骨なのに。
そして、消えた。
「タイムリミット。」
メールが告げた。
そして、
「がんばれ。デルヴィ。」
と笑ってマントを翻した。
地獄の開演を思わせる演出に僕は感情が反転した。 安堵は不安に。
喜びは悲しみに。
うれし涙は恐怖に。
身震いした。
何故だ?
刹那。
骨が、さっきまで穏やかに一般信徒を諭していたはずのラクスが剣を振った。
〈炎舞〉〈地獄の針〉〈爆風〉諸々。
次々と繰り出される殺戮魔法に再び阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。
タイムリミットがそういう意味だった、と気づくまでしばらく間が空いた。
「ふざけるな!」
我に帰って骨の剣を受けたときには、すでに周囲は焼け野原と化していた。
神官兵たちがあたふたと自己防衛に従事していた。
ぶっ飛ばしたい怒りに駆られるも、骨の攻撃を受けるのに精一杯だ。
と
「神官兵!
怪我人を助けるのが先です。秩序を持ちなさい!」
シェス大司教の声が響いた。
一瞬流れる不信と責任転嫁の空気。
しかし、シェスは気にする様子もなく手近に倒れていた女性や子どもを助け始めた。
次第にその輪は広がり、動ける者が動けない者に手を伸ばす。
「シェス。
障壁張って、僕とラクスを隔離して。」
伝わっただろうか。
振り向くのが怖い。
僕等、二人の姉と弟の関係はこじれたままだから。
「解ったわ。」
杞憂だった。
ヴーンと音がして、ミサが張ったような障壁が生まれた。
僕は、怒りと悲しみをない交ぜに骨を睨みつけた。
コレが今現在のラクスなのだ。
さっきまではミサとメールの魔法で一時的に魂を復活させたんだ。
すでに肉体を失い、スコールの中で魂を焼かれたラクスアーサには、光明神大司教シェス・ヴィクセンへの恨みしか残されていなかった。
肉体と魂の束縛を逃れた心は、容易に負に傾く。
表現が正確ではない。
正負といった価値観は魂にある。
感情に対する行動は肉体にある。
心は、精神はただ、一番強い思いに傾いていくだけだ。
ラクスアーサにとってもっとも強い思い。
それは幼い頃に身代わりに殺された記憶と感情の残滓。
その後成長することなかった肉体と魂は、彼女の心の傾きを修正できないまま消えていったのだ。
死して幾年にわたり僕を遠くから見守ってくれていた実姉は、もうそこにはいなかった。
魂が消えた心が持つ記憶はシェスへの怨み、僕を守るということ。
僕に害を為したシェスを守ろうとする僕を、ラクスアーサは理解できない。
いや、しようともしない。
出来事とそこから生まれた感情を記憶していくだけだ。
僕は悲しかった。
だから、武器を手に握り直した。
トネリコの十字架。
僕の背丈と変わらぬ長さを持つ、トネリコの木を削り、聖別した杓杖を右肩に担いだ。
「今まで僕を守ってくれてありがと。
でもね、姉さん。それでも僕はシェスと一緒に戦わなきゃならない。」
魔力の残量を無視した治癒魔法に力尽き、ぐったりと地面に横たわる姉を一瞥した。
薄く目蓋が開いた。
唇が
「ごめんなさい。」
とゆっくり動いた。
シェス姉はずっと僕に嘘をついていた。
でも、その偽りがなければ、僕の隣にいることはできなかった。
何を信じていいかわからない僕は、幼き記憶、シェスのくれた優しさを信じるしかなかった。
たとえ、そのヒトが愛するヒトの敵だったとしても、僕の生はシェスなしには成り立たなかった。
だから、戦う理由はそこにしかない。
過去の記憶に支配された本当の姉と、その姉と偽り僕の隣に居続けた姉。
僕の選んだ道はきっと正しくはないし、きっと理解されない。
何度も何度も、動く骸骨に十字架を振り下ろす。
骸骨の持つ楕円盾がタイミングよく勢いを外に逃がしていく。
何度目かで地面を叩いてしまい、たたらを踏んだ僕に剣が突き出された。
バランスを崩しながらも迫る刃を寸でで掻い潜り、同時に逆手で十字架の柄を突き出して距離をとり直した。
ふぅ…大きく息を吐いた。
白い骨をどんなに睨んでも、そこに感情は見出せない。
余裕なのか、焦っているのか。
楽しんでいるのか、怖がっているのか。
泣いているのか、笑っているのか。
僕は苦しかった。
それも刹那の刻。
一足飛びに距離を詰めた骸骨の剣が、眼前に振り下ろされた。
僕は咄嗟に避けきれず、十字架で受けた。
ミシミシと木の杓杖が軋んだ。
少し灰色にくすんだ白い頭蓋。
両眼窩は虚ろに黒く、光を映さない。
そこから頬骨にかけて、皹が走っていた。
まるで涙を流したかというように。
ところどころ隙間の開いた歯が、カチカチと小さく鳴っていた。
「泣いてるの? 怖いの?」
僕は骸骨に訊いた。
眼窩の奥の闇が揺らめいた気がした。
剣の圧力が引いたと同時に、右肘に衝撃を受けた。
盾をぶち当てられた。
右腕の力が入らない。
喉元めがけ白刃がきらめいた。
一対一で戦うと、何手先かまで脳裏に浮かぶことがある。
今、まさしくそれでこの攻防が最後になることを確信した。
脱力したように崩れた僕の頭上を剣先が通過する。
左手の十字架を地面に突き、倒れきる前に右足で骸骨の腰骨を蹴った。
右に重心がかかった足目掛けて薙ぎに払うと、骸骨の右膝下が変な形に曲がった。
がくんと膝を落とした。
左手の盾を蹴り上げ、地面に突いた右手を踏みつけ、十字架の柄を全力をこめて突きおろした。
バリベキボキ。
頭蓋を割って、肋骨を何本か折って、腰骨を穿った十字の杓杖が、勢いそのままに地面に突き刺さった。
僕は十字架を放して 右手の指と甲の骨を何度も踏みつけ、粉々に砕いた。
左の盾を両手で掴んで、骸骨の左腕ごと逆関節になるようひねり上げた。
パキンと綺麗な音を立てて、上腕骨が斜めに割れた。
「もう終わりにしよう。ラクスアーサ姉さん。」
骸骨の前に直立した。
ゆっくりと頭蓋に掌を当てる。
「見守ってくれていたんだよね。
ありがと…」
声が震える。
しゃくりあげる。
「…ごめんなさい…さようなら…」
魔法発動〈黄泉送り〉。
掌と頭蓋の隙間が蜃気楼のように揺らめいた。
ちょうど肉や皮膚があっただろう隙間が、熱を帯びた。
眼窩の闇が消えた。
そこには頭蓋骨の裏側が見えただけだった。
ラクスアーサの心は壊れたまま、冥界へと送られた。
「やったわね。」
ようやく回復魔法が効いたのだろうシェスが僕に歩み寄る。
ふらついてはいるが、あれだけ流れていた血はなんとか止まっていた。
「その骸骨は…」
「それ以上近寄らないで。」
シェスの言葉を強い口調で遮った。
きっとシェスは僕の姉を晒すだろう。
それが彼女の意志ではなくても。
光明神に刃を向けた罪人を晒さなければ、周囲が許さない。
でも、それを指くわえてみてるほど、正しいヒトではない。
僕は十字架の前に跪いた。
一回りもふた回りも縮んだ骨。
幼い頃に殺されたと言ってたから、コレがホントの大きさなのだろう。
「今度は幸せな家族のトコに産まれてね。
ゴメンね。ホントにゴメンね…」
これは墓標だ。
ラクスアーサ姉はもう英雄墓地には眠れないから。
僕は自分が立てた姉の墓標に祈りを奉げた。
神の名なんて何でもいい。
彼女の鎮魂のためだけに祈りを奉げる。
そして徐に立ち上がり、呪文を唱えた。
一つは〈微細動〉。
十字架を目に捉えられないくらい高速で細かく揺らした。左右の揺れと生じる慣性とがぶつかり合い、あらゆる骨は粉になった。
シェス姉以下、光明神殿神官らが止める間もなく二つ目が発動する。
次は〈竜巻〉十字架を中心として、空気が渦を巻いた。もちろん粉骨を巻き込みながら。
十字架から竜巻が放たれた。
「さようなら。」
地面の砂と空気中の塵とラクスアーサ姉さんの粉骨。遥か上空彼方で〈竜巻〉を解いた。
今日の上空は風が強い。
怒り狂う龍神のようにのたうち、ごぉごぉと吼えていた。
怨みに澱んで固まったラクスアーサは龍神に喰われればいい。
四散したラクスアーサは雪となって、優しく降り積もればいい。
季節はもう冬になるから。
「シェス姉。」
僕は姉フランシェスカを振り返った。
泣いてるような、笑っているような。
少なくとも怒ってはいない気がした。
「行こうか。」
手を伸ばす。
シェスはおずおずと僕の指に触れた。
少し熱を帯びた姉の手を無理やり握った。
「行こう?」
シェスが首を傾げた。
「ヘスは父に預けた。」
「えっ?」
僕が指差す窓辺には、我が子ヘシアン・ヴィクセンを腕に抱き、僕等を見下ろす大司教がいた。
シェスが驚愕に目を見開いた。
疲れきった表情で薄く笑んだ父が、一礼して姿を消した。
シェスの頬が歪んだ。
僕はそんな姉にウソをつく。
「光明神信徒の精鋭が揃ってるんだよ。
致命傷だったけどみんなの力で持ち直したんだ。」
父ヴィクセン大司教は一命を取り留めた。
そのからくりは、ミサとメール、僕ら三人しか知らない。
ポツリポツリと父が話したシェスのこと。
怒り狂って「ラクスはどこ」と叫び続けていたという。
怯える母は必死に首を横に振り、父は「知らないんだ」と弁解し続けた。
許さぬシェスは父と母に刃を立てた。
それでも生きていたのはミサとメールのおかげだ。
神官らは誰も両親の部屋へは近づかなかった。
怯えていたのか、そのまま死んでしまえと思ったのか。
父は半分屍になった。
壊れた組織を中心に集め、四肢を接いだ。
だから、四肢は不死で、頭と体は生者のそれだ。
残念ながら、母は死んだ。
本当はまだ生きていたのだが、父母二人の前に現れた姉ラクスアーサを見て発狂した。
自ら首を裂いた。
僕が駆けつけたときには、彼らの周囲は血の海だった。
「デルヴィ…」
弱りきった父の声。
返り血に染まった骨。
僕は母の前に跪き、祈りを奉げた。
そして、父に罰を与える。
「大司教を続けてください。
まだ、あなたを信頼している信者たちのために。
そして、僕らの息子ヘシアン・ヴィクセンを立派な神官に育ててください。」
戸惑う父に自嘲する。
違う。
僕自身への罰だ。
「僕もシェス姉も汚れすぎたから。」
それはシェスの知らない、知らなくていい真実だ。
僕はシェスの手を引いて歩き出した。
トネリコの十字架を背負い、純白ではなくなった神官着を着て、傷だらけのまま街を出た。
どこまでも蒼い空。
秋風が純白の神官義をはためかせる。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン。
「光あれ。」
『希望の鐘』が鳴り響いた。