見知らぬ名
見知らぬ名
弟には私が視えている。
姉にも視えている。
弟は私を追いかけている。
姉は私から逃げている。
弟は私に喜んでいる。
姉は私に怯えている。
姉弟が私にどんな感情を持とうが、私は彼らを見守り続ける。
目覚めは最悪だった。
考えることが多すぎて熟睡できた気がしない。
ちょっとだけモヤモヤを抱えたまま、僕は南西に歩き始めた。
昨晩泊まった宿は値段が手ごろなわりにサービスもよかったし、料理もおいしかった。
特に西部に広がる大平原産の牛肉と北の山岳地で採れた香草の蒸焼きは、宮廷に出しても文句ないくらいだ。
まぁ、お偉いさん方は田舎料理と言って箸すら伸ばさないだろうけど。
物足りなかった。
宿が、ではないことは理解していたが認める気にはれない。
「あ、ここの店、シェスにつれてこられたっけ。」
大衆居酒屋の看板の前で一人呟いて、慌てて頭を振る。
思い出すべきではない。
真っ直ぐ前を向いて急ぎ足に歩を進めた。
次第に店が減り、住宅街にたどり着く。
田畑をつぶした新興住宅地は商業区とは別世界だ。
あまりに整然としていて、生きている匂いがしなかった。
「雨が降るかもよ。」
区壁の門兵が空を見上げながら声をかけてきた。
目線が合ったところで軽く会釈をした。
門を抜けると、大通りは北と西に道が分かれた。
舗装されていた道も凸凹が目立ち始めた。
北に行けば再び壁沿いに歩く道に出る。
西は農業区を突き抜けていく道だ。
二層に分かれた空が広がっている。
上層の空では筋雲がゆっくりと形を変え、下層では羊雲が結構な速さで流れていた。
太陽を背にした僕の影が、現れては消えを繰り返していた。
畑を耕していたお爺さんが僕を訝しげに見ていた。
さっきと同じように軽く会釈したものの、返ってきたのは出てけといわんばかりのジェスチャーと侮蔑の表情。
なるほど。
富裕層である神官職の人間は農業区では嫌われ者らしい。
別に好きで神官やってるわけじゃないし、富裕層どころか清貧の修行僧なのだが。
なんて弁解したい気持ちはあったが、近寄った途端不審者扱いされると厄介だ。
僕はつま先を北に向け、さらに早足に先を急いだ。
壁にぶつかったところで改めて西に進路を変えた。
ほっと一息つく。
見慣れた景色に安堵する自分に嫌気がさした。
ところどころ壁はムカデの足のように一定間隔で出っ張っていた。
そこを迂回すると先端部には厳重に鍵をかけられた扉があった。壁の向こう側へと抜ける階段がそこには続いているはずだ。
しかし、一般市民がその道を使うことはない。
市民区ごとの管理者数十名が何かしらの用事で通用するときにしか開けられることはない。
その鍵や扉の錆び具合からすると、かなりの期間使用されていないものと思われた。
中心部の教会区、東部の商業区、北西部の工業区、南西部の農業区。
住居はそれぞれの産業区内にある。
あとは点在する貧民街。
特に工業区北東部のスラム街は、市民権を持たず真名を持たないヒトビトが暮らしていた。
生まれがどこか、親が誰か、どの種族が親なのかすら、自分たちも知らないらしい。
それがこの市の現実だ。
カースト制ほど差別があるわけではないが、それぞれの区域は壁と門で区別されていた。
それ故市民が共同して何かを行うことは皆無なのだ。とすれば当然、同じ市民でありながら、さっきのような異端を見る目で睨まれる。
僕は市民ですらないけど。
この街での思い出なんて最悪だし、だからこそ他人事のつもりで日常をこなしている。
しかし、やっぱりこんな街でも憂いてしまう。
僕の生まれた街だから。
少しだけ雲が増えた。
中心部から離れるに従いだんだんと背の高い草が見られるようになってきた。
石畳はかろうじて残っているものの、隙間から雑草がのぞいている。
セイダカアワダチソウ。ノハラアザミ。etc.
そんな名前の植物たち。
生命力が強いな、なんて感慨に耽る。
市の管理農地が途切れ、次第に未開発の草原へと移り変わる。
と同時に、緩やかに上り坂になる。
この辺の土質は田畑としては使いづらいため、果物畑や茶畑といった風景になる。
左手奥に広がる農園のりんごが赤くなり始めていた。
「ん?」
不意に視界に人影を認め、進行方向に目を向けなおした。
壁の上を真剣に、睨むように見つめる男の子がいた。
僕は、またいやな目で見られるかな、と思いながらも、声をかけないのも不自然かと適度な距離で立ち止まった。
「こんにちわ。
壁の向こうに何かあるの?」
一瞬男の子は、まずいところを見られたといった表情を見せたが、すぐにきつい顔に戻る。
無視されたかな、と思う程度の間が空いた。
「この壁の向こうに、お父さんがいる。」
男の子は小さく呟いた。
壁の向こう。
おそらくこの壁のさらに向こうの壁の先のことだろう。
訂正するのもはばかられたので、そのまま話を続けた。
「壁の向こうか…
お父さんは工業区に行ったの?」
「工業区?」
子供が知るわけないか。
「壁の向こうにお仕事で行ったの?」
男の子は小さく肯いた。
「こないだ、竜巻が畑壊したから。」
数ヶ月前の異常気象のときだ。
市壁内の農地を竜巻が突然襲う、という通常ならありえないことが起こった。
どこか別の場所で強大な魔法を使った歪が出たのだ、とニュースでやっていたのを思い出す。
「ずっと帰ってこないんだ。」
子どもの小さな呟き。
うん。多分帰ってこない。
とは言えなかった。
工業区はここ数年で加速的に発展した区域だ。
ちょうど街の北西に広がる平野部に当たる。
二十年ほど前まではその区域も農業区だった。
それらを国が買い取り、というより農業従事者を南側に追い出した。
追い出された代わりに、少ないながらも現金を得た農業従事者たちはまだマシなほうだ。
下手に抵抗したヒトたちは自分たちの土地を奪われた上に、工場で奴隷のように働かされている。
工業といってもほぼ軍需産業である。
神官兵団のための魔法兵器が主に作られ、型落ちした武器は他の街あるいは他の国やその国の反乱軍に売られていた。
光明神殿を後ろ盾とした軍需成金がさらに商業区や農業区の市民を煽動する。
「工業区で働くと金持ちになれるよ。」
と。
一攫千金を夢見る働き手が工業区に奪われていく。
農業区に残された家族の下へは国と神殿から莫大な助成金が出ているはずだ。
一旗揚げるつもりで工業区へと足を踏み入れる男たち。家族に楽させてやろうと考えていたヒトもいるに違いない。
そして、裕福な一家団欒を夢見たことだろう。
しかし、一度入ったら元の場所へは戻れない。
軍事機密の漏洩と苛酷な労働環境からの逃避を防止するためだ。
何も知らない家族は一方的に送られてくる金銭に歓喜しながらも、帰ってこない男衆を延々と待ち続けるのだ。
工業区に成人男性の労働力を奪われ、女性、子供、老人が農業区で働くという、歪んだ人工分布がこの街にはあった。
「いっぱい働いて、いっぱいお金を持って…そうだな、キミにもいっぱいおもちゃを買って、お父さんは帰ってくるよ。
ちゃんといい子にして待ってな。」
僕は極力不自然に見えない作り笑いを浮かべながら男の子に話した。
男の子は少し悩み、ぱっと明るい笑顔を見せた。
無邪気な笑顔が僕の心に突き刺さる。
「わかった。ありがとう。」
そう言って僕に頭を下げると、家のほうへと駆け出した。
家族へ報告するのかもしれない。
家族は父親が帰ってこないことを知っているのかもしれない。
僕は居たたまれなくなり、その場を立ち去った。
「あ、雨…」
僕は独りごちて曇天を見つめた。
歩を進めるに従い、沙雨がしっとりと体を濡らしていく。
肌寒い。
少しだけ隣の壁の中が恋しくなった。
壁の向こう。正確に言えば、こっちの農業区側の壁と、さらに向こうにある工業区側の壁の間。
そこは建物の中だ。
建物という表現が正しいかはわからないが、少なくとも雨をしのぐ天井と風を防ぐ壁に囲まれている。
ついでに床には紅い絨毯が敷かれていたから底冷えもなかった。
延々と続く通路は『御許への道』と名づけられていた。
白蛇だのホワイトドラゴンだの言われている壁の中身の、巨人族の背骨の中身の社会的に正しい呼び名だ。
幼き記憶を辿る。
乳白色に磨かれた大理石が整然と連なっていた。
北東部の山から切り取られたそれらの石は、山の民の職人によって細やかな細工の施されていた。
床は、街壁の外界北西に広がる大平原の民が編んだ、色鮮やかな絨毯が敷き詰められている。
天井は強固に加工されたステンドグラスが、日の光を七色に偏光していた。
光明神殿のお偉方は豪奢な神官着を身に纏い、天井から降り注ぐ光の中を、絢爛に飾られた馬に乗って静々と英雄墓地を参拝するのだ。
一般市民は決して目にする機会はないだろう。
光明神殿の英雄参拝は神殿幹部と王族、貴族の道楽だ。
子供目線ながらそんなことを感じたのを思い出す。
「待て!」
感慨に耽ってた、というよりは幼児期の悪夢に苛まれていた僕を何者かが呼び止めた。
声の主はすぐ目の前にいた。
「どこに行く。」
男の着ているローブと胸の紋章を見て僕は我に返る。
藍ねず色の神官着。暗黒神の神官だった。
つまり、僕と真逆の神の使いだ。
建前上、カラトン市内及び英雄墓地周辺は宗教の中立地帯である。
故に、信仰を理由とした争いは認められていない。積極的な布教活動や他信徒を貶めるような言動も処罰の対象となる。
しかし自然と縄張りはできていくもので、この辺りから先は暗黒神の宗教区域だった。
そもそも王国自体が多神教を認めており、信仰の自由と平等を謳っている。
王国の主神が光明神なのは国王が光明神の信徒だからである。あくまで一信者であるとの立場を崩さないでいる。それが多神教ならではの支配体系なのだ。
にも拘らず、極まれに神の名の下で粛清しようとする信者がいる。もちろんバレれば破門なのだが。
たまにいるのだ、正義を勘違いする信者が。
そういった理由から、それぞれの宗教区の境界には守人が配置されているのだ。
この男も守人と思われた。
「あ、ここからはヌ・デュ・ルーナ神の宗教区か。」
僕は独り言を呟いた。
特に守人に返事をしたつもりはなかったのだが、
「我が神を軽んじるか。」
と怒気を孕んだ言葉がさらに僕を遮った。
槍の穂先が僕の鼻先を掠めた。
「光明神の使いが我等が地に足を踏み入れるな。」
そういえば、神官着を着てる以上破門されようが光明神官だった。
正直彼に言われるまで気づかなかった。
僕らは何にこだわってこの神官着を着続けたのだろう。
鼻先の槍をゆっくりと押しやって、僕は自嘲気味に笑った。
「まだ愚弄する気か。」
「ヒトを見た目だけで判断しないでよ。僕は何も抵抗してないよ。
それに、この壁沿いの道だけは宗教の中立地帯のはず。」
冷たい雨が僕を刺す。
「光明神のルールに…」
従えるか、とでも言いたかったのだろう。
しかし、僕はゆっくりと神官着を脱いだ。
雨を含んで重くなった神官着を壁の出っ張りにひっかけると、みすぼらしく濡れそぼった布の塊が首吊りに見えた。
神官着の首吊りに祈りを奉げた。
笑顔で振り返った僕に、暗黒神官の守人は言葉を失う。
「僕は英雄墓地に行くだけ。
ホントは景色でも見ながらのんびりとなんて思ってたんだけど、心に余裕がないとそうもいかないものだね。」
少しだけ心情を吐露した。
道中、きちんと向き合うことなく、何回も逃げ出した自分を恥じた。
神と街と過去。
「捨てたつもりだったけど、捨てきれてなかったんだなぁ。」
僕は空を見上げた。
雨は天の涙。
僕は今、ホントに悲しい、いやむしろ、空しい。
でも、泣けない。
疑わしげに見ていた守人はゆっくりと槍を下ろし、くるりと背を向けた。
「ついて来い。」
と幾分穏やかな声。
戸惑う僕に続けた。
「好むかどうかは知らないが、見せたい場所はある。」
「…観光ガイドも請け負ってんの?」
「つまらぬ冗談言ってないでついてこい。歩いて五分そこらだ。」
ニコリともせず、一方的に僕に告げる。
そんな誘い方じゃ女の子はついてこないよ。
なんてからかってみたい衝動に駆られたが、斬られそうなのでやめた。
大人しく彼の後ろについていく。
男は黙々と歩いていた。
壁沿いの道を南に外れて、緩めの上り坂を登りきった。
「はぁうっ!」
変な声が出た。
一応感嘆の声を上げたつもりだったのだが。
「紅い。」
芸術に関する語彙力の少ない僕が口にできた言葉は、それだけだった。
右後ろ辺りにいた神官は、まず僕の感想を聞いてなのだろう憮然としていた。
しかし、すぐに僕の顔を見て破願した。
一体どれほど間抜けな顔をしていたのだろうと、慌てて僕は真顔を作った。
「彼岸花だ。ここから英雄墓地の南に続いている。」
と暗黒神官が言った。
穏やかな、というか今にも笑い出しそうな神官と目の前の景色を見比べながら、僕はそれに答えた。
「ある。確かに英雄墓地の外れにあった。でも、こんなにはなかった。」
紅い絨毯。
壁に囲まれた通路に敷かれたものより、遥かに壮大で、美しい花の絨毯が広がっていた。
「英雄墓地の彼岸花は、なんだろ、死者の怨念みたいで、怖い紅だった。」
死に切れない魂が流す血だ、と誰かに説明された。
一面に広がるどす黒い血のような赤。
空は絶え間なく吐き出される工場の煙のような黒灰。
合間ににゆらゆらと揺らめく骸骨のくすんだ白。
街を出てからも、時折夢に見たのを思い出す。
泣いて目が覚めて、その度にシェスを抱き締めた。
彼岸花の花言葉は「悲しい思い出」なんだよ。シェスが隣でそう話してくれた。
「アレは…」
一瞬、恐怖がぶり返した。
僕が指差す先には、無言で立つヒトの骨。
「あぁ、守人だ。
ウチは暗黒神殿だ。
骸骨は我らを守る。」
確かに、骨は僕に向かってくることもなくそこに居た。
眼前に広がる一面の紅は、そして、そのヒトは、死して尚生きるヒトを励まそうとしている。
雨に濡れながらも、美しく咲き乱れ、毅然と立っていた。
見守っているから、がんばりな。とでも言うように。
「多分、この街で光明神の神官たちだけが知らない場所だ。
別に嫌がらせでもないし、隠しているわけでもない。
あんたらが見ないだけだ。」
わかる。
なんでだろう。もっと泣きたくなった。やっと涙が零れた。
「花言葉、知ってるか?」
僕の涙に気づいてか、男は問うた。
僕はしゃくりあげながら答えた。
「悲しい思い出とか、諦めとか、あまりいい意味ではなかった気がする。」
「だな。
しかし、また会う日を楽しみにとか、再会という意味もある。」
男のくせにかなりのロマンティストらしい。
ニコリともしてないが、声だけは柔らかかった。
「あとは好きに歩け。
壁沿いの道に戻ってもいいし、この土手を歩いていっても墓地には着く。」
神官はそういい残すと、紅い景色の中へと消えていった。
僕はしばらくその景色に見入っていた。
「うわぁ…」
雨がやんだ。
雲がきれて、隙間から幾筋もの日の光が優しく降り注いだ。
花びらに残った雫が、きらきらと輝いていた。
一面の紅は表情を変えた。
「行こう。」
僕は歩き出した。
彼の提案に従い、土手の上を歩き続けた。
紅い花。
白い骨。
僕は生きることを誓う。
気がつけば、日が暮れていた。
暗黒神官の言葉に感化されたつもりはなかったが、今まで見てこなかった名も知らぬ小さな花にいちいち立ち止まった。ずいぶんと寄り道をしてしまったらしい。
真正面にいた太陽はかろうじて丘の稜線を茜に縁取っていた。
しかし、丘の天辺にたどり着く前に、夜の帳があらゆる景色を黒に染めた。
月の明かりさえ漆黒に熔けて、道を照らすに至らない。
リンゴーン…
こんな遠くまで聞こえるんだ。あの鐘の音って。
背負った十字架の先に〈鬼火〉を点けた。
ぽわんとした青白い灯が、仄かに周囲を照らした。
「着いた。」
冷えた風が吹きすぎた。
夜闇の薄気味悪さに身が震えた。
死の管理人なんて言ってはいるが、暗がりの中に数多に並ぶ墓石はキライだ。
「さて、その前にセキュリティのチェックをしなきゃな。」
怖さを振り払いたくて、つい独り言が多くなる。
そんな自分に苦笑しながら、そっと手を伸ばした。
パチン
小さくはじける音がした。走る電流に反射的に手を引っ込めた。
「作動してるな。」
目を凝らすと、牢獄の鉄格子を思わせる柵が行く手を阻んでいた。
柵は左に延々と伸びており、右手は壁が柵に刺さるように途切れた。そのまま柵沿い左に歩き出す。〈鬼火〉で周囲を確かめながらしばらく行くと、扉がついている場所へと辿りついた。
通常の扉なら鍵穴がついているだろう箇所に、カード一枚分のスロットがついている。
胸元からカードケース取り出し、その中の一枚を選んだ。
カシャリ
僕の持つカードがマスターキーだ。
英雄墓地を囲う〈甲羅〉には門が十四箇所ある。
光明神殿等十一神殿とつながる門とカラトン工業区側と農業区側の出入り口、それと西にある街区外からの出入り口だ。
僕の持つマスターキーは全ての門に対応しているだけでなく、英雄墓地への訪問履歴を確認することができる。
各神殿の管理するカードキーはそれぞれの門にしか対応していない。
残る三箇所のカードキーは、神殿以外に対応する共通キーである。それは一定の条件の下で配布され、個人管理である。
つまり、いつ誰がここを訪れたか、僕には確認できるのだ。
ミサ、暗黒神殿、生命神殿、時空神殿、正神殿…
ここ1ヶ月の履歴においては、なんら疑念を持ちえる訪問者は確認できなかった。
とはいうものの、神殿キーは誰が使ったかは判別できないから、極端なことを言えば、周囲が寝静まった頃にこっそりと盗んで、忍び込むことができる。
「無理やり押し入ったわけでもないなら、訪問履歴に残ってるどれかかなぁ。」
王国査察団、各市の光明神殿、カラトン市、ミサ…は結構来てるな。
さらに1ヶ月の履歴を確認するも、個人を特定できるものはなかった。
日が昇ったら聞き込みが必要かな。
個人カードのセキュリティはかなり厳しいものだから、とりあえず無視しよう。
となるとやはり、本人認証のいらない教会もしくは王国、王国各市のカードだが、管理者に墓荒しがいるとは思えない。
ってか、このミサの個人カードってモストーン家のヒトのだったのか。
いまさらだなぁ。
そんなことをぶつぶつと独りごちながら、ひんやりとした空気の中を歩いた。
こんな夜更けに訪問するヒトは皆無だ。
なので、大抵は墓守が異変を察して飛んでくるはずなのだが、いくら待っても来る気配がない。
「ミサの言ったとおりだ。」
僕は足音を忍ばせて、目的の場所を探す。
万が一に備えて、腰の短剣を確かめた。
墓守がゾンビ化していた。
彼はそう言っていた。
ソレはまだ活動しているのだろうか。それと、発かれた墓はリヤのものだけなのだろうか。
「んー、とりあえずこないだ作ったシステム使ってみようかな。」
いつもなら「なに?」と首を突っ込んでくるのに。
返事がないことに溜息をついて、また感傷に耽ってしまった、と自己嫌悪に陥る。
勢いよく頭を振って、バックから一枚地図を取り出した。
地図といっても、ペラ紙一枚の旅行地図ではない。指一本分程度の厚みがある魔道具だ。
「えっと、肉体のみは何色だっけ。」
ホント独り言が多くなったな。
ちなみにこの地図には、肉体のみ、魂のみ、精神体のみ、いずれか二つを持つもの、三つ全てを持つもの、が色分けされる。
つまり、死体は肉体のみの色で表示される。
「なんでだ?」
入って間もないところ、一つ気になる箇所を見つけた。
ほぼ等間隔に並ぶ青い点。その途中がポツンと空いていた。
地図上空いているのは、別に問題ではない。まだ誰も眠っていないってこともある。
しかし、僕が立ち止まった地図上の空白が示すこの場所には、すでに墓石が立っていた。
朽ち具合から見て最近ではない。それに、荒らされた形跡はない。
でも、中には誰も眠っていない。
その墓石には二つ名前が記されていた。
現世名と真名だ。それと小さく選定者の名前と十一神のいずれかの紋章。
紋章とファミリーネームの部分が削られていた。
「フランシェスカ? 聞いたコトないな。
でも…」
一応墓石の位置と名前を記録しておこう。
もしかしたら発かれた墓は一つ二つではないかもしれないから。再度地図に視線を戻した。
青、コレが肉体(骨のみを含む)のみの色区分なのだが、その色が地図のほとんどを占めていた。
ときおり黄色で表示される魂、つまりは霊魂だの人魂だのいわれるものが彷徨い、赤で表示される精神体、いわゆる幽霊がところどころに陣取っていた。
整然と並ぶ青の列に数箇所、空の場所があり、北東の端の方に列から外れた青い点があった。
動く青い点は見当たらない。なので、墓守ゾンビはミサが駆逐したのだろう。
列から外れた青い点が墓守のものと思われた。
放置かい。
少し苛立つ。
と同時に気づく。
「故障? なにかがおかしい。」
僕はその違和感の理由が見つけられないでいた。