達人 -”呪われました”の10作目-
とある辺境の”お山”、凄腕の”ガンマン”の弟子をしている、シルフィというお嬢さんは、修行の為、今日も”怪物”を”狩って”いました。
シルフィさんは、呪われています。他の人々が日々の経験を値にかえて、積み立てて”レベル(level)”を上げて成長する、という普通の事が出来ないのです。どんなに経験を積んでも深夜日付けが変わる時に0点になってしまう、という呪いにかかっているのです。
生れた村で生活しているときには、全く"レベル"が上がらないこの娘さんは、厄介ものでありました。その時、とある事情で死にかけたところを、旅をしていたビリー青年に助けられたのです。現在、このビリー青年が"銃"の師匠です。
しかしこの呪いには、彼女を有利にする副作用がありました。
まず、日付けが変わるまでは経験が積み立てられ、”レベル(level)”が上昇します。
また、レベルが上がると、各種の能力への補正、頭の回転が良くなったり、重いものを持てるようになったり、素早く動けたり、長い時間活動できるようになったり、が加わります。
そして、その能力への補正は、経験の値が0にリセットされても、無くならなかったのです。
毎日毎日、レベルアップを繰り返します、能力が上がり続けます。一日レベルを上げ続けても次の日には1レベルに戻ります。そして、同じように”狩り”をして、またレベルが上がっていきます。補正された能力によって昨日より容易にです。
”怪物”を倒すと経験の値が溜まります。弱い(levelの低い)”怪物”だとその値も小さいのですが、低いレベルの内ではそれでも充分次のレベルへ到達します。強い(levelの高い)”怪物”だとその経験の値も大きいです。
通常は、本人のレベルが上がるにつれ、レベルの上昇に必要な経験の値が増えていくのですが、シルフィさんは”呪われて”いますので、毎日”レベル(level)”が1へリセットされます。
そうすると、毎日、同じ”怪物”相手に”狩り”をしていても、容易にレベルがあがり続けるということになるのです。当然、それにともない能力への補正は加わり続けます。能力が上がると、レベルは低いままですが、”狩り”が容易になっていくのです。低レベルでも強い”怪物”を”狩れる”ようになるわけですね。そして、強い”怪物”は多くの経験を与えてくれますから、レベルの上昇するスピードが増すわけです。それらを毎日のように”狩る”のですから……さあ、加速度的に強くなる循環へと入ってきました。
そのおかげで、シルフィさんの肉体や精神の性能は、一年以上の修行により、いまや常識外の段階まで成長しており、そして、なおかつ、その成長の限界が見えないという状況です。
しかし、この”お山”(魔の山とも呼ばれています)には常識外に強い存在がゴロゴロしていますので、シルフィさんは自分の実力をよく分かっていません。というか、逆に自分は”弱い”と認識しています。これは全くの間違いなのですが、あえて誰も指摘しようとはしません。
なので、自分の力におごることもなく、日々鍛錬を、続けているのです。
まとめると、彼女は”呪い”のせいで常識外の肉体、精神、知覚性能を手に入れ、そして現在進行形でさらに、高められているということです。
また、彼女は優秀な、というか規格外の学習能力もまたレベルアップの繰り返しで得ることができましたので、周囲の超が付く優秀な先生、師匠、達から多くの事を学び取って、レベルでは表すことのできない成長を成し遂げています。そしてその技術もまた日々磨かれているのです。
強靭な能力をベースにして、最高かそれ以上の先達の”技術”を積み重ねていく、そこには、まさしく”素晴らしく、恐ろしい、強大な何か”が生まれつつありました。
***
辺境の”お山”の奥深く、朝霧が立ちこめるそこは、まさに深山幽谷といった所です。シルフィは一人そこを進んでいました。しばらく前から”怪物”の”湧き上がり”がありません。(”怪物”は何もない空間から、ふと、文字通り”湧いて”でてくるのです)
シルフィさんは、いつも通り、両手に”拳銃”を構えて、慎重に気配を探りながら進んでいきます。深い霧のせいで視界は悪いですが、彼女の鋭敏な感覚(すでに第六感とか言った感じです)は問題なく周囲の状況を捉えています。
と、遠くから風のうなるような、太い音が響きます。笛の音、というには重低音ですが、それに準じるような管楽器の部類の音が、長く谷に響き渡ります。それに重なるように、これまた低い打楽器の音、どんどん、と、いうそれが、一定の拍子で打ち鳴らされます。
さあ、と風が吹き、霧がうち払われます。そこには白い布の壁?を背後にした、一人の”武”を体現したなにかが、存在していました。
身の丈は大柄な大人の男くらいです。10歳ほどの身長のシルフィさんの倍ほどの高さです。身につけているのは、”鎧”です。細かい細長い方形や、丸みを帯びた間接部の部品を組み合わせた、漆黒の鎧、兜もまた黒く、頭全体を覆っています。表情は面頬で隠されて見えませんが、その奥に見える眼は、深い闇を連想させるような、黒い輝きを放っています。
ずらり、と、腰につけていた2本の剣を左右同時に抜き放ちます。その刀身は白く、僅かにそっています。切れ味よさそうです。
間合いはおよそ20歩ほど、牽制を兼ねて、シルフィさんの”銃”が火を噴きます。”銃”の”弾丸”を媒介にした魔法の光弾が、連続して6発、二刀流の武人へと襲いかかります。ひぃいん、と風を切る音とともに白い刃が動きます。一閃で光弾が切り落とされます。”ガンマン”の少女は特に驚いた様子もなく、素早く次弾を装填しつつ、反対の手で続けて6発連射します。そのまま交互に連続して、銃弾を叩き込み続けていきます。狙いは正確で、急所を的確に捉えていますが、武人もまた鮮やかな手並みで、それらの弾を切り払っていきます。
互いに呼吸を読み、まるで示し合わせたように、双方、間合いを詰めます。その踏み込みの早さは、まるで瞬時に消えて、次の瞬間現れる、映像のコマ落とし、のようです。ほぼ密着状態で放たれるシルフィさんの弾丸を、着弾時、体をひねり鎧の角度を調整して、はね、いなす、武人、同時に小柄な少女に向けて、一閃、そしてもう一閃と連続攻撃をいたします。それはまさしく"達人"の動きです。
少女は視界の隅で煌めく白刃を、銀色の髪をなびかせながら、紙一重で回避していきます。しかしまるで、順序の決められた演舞を行っているかのように、余裕があります。ちいさな桜色の、口元にはうっすらと笑みすら浮かべています。
少女に当たらなかった斬撃は、宙を切り裂き、大地を割っていきます。あたったなら、小柄な少女は、一撃で無力化されてしまうのではないか?といった威力です。
「しかし『あたらなければどうということはない』のですよ」思わず言い放つ、少女さんです。
”銃”による連撃を加えながら、シルフィは背中へ背負った『それ』へと意識を向け、”力”を集中していきます。次の瞬間、両手の”銃”を全弾、一息に放出します。6発×2つの弾倉が瞬時に空になります。12発分の発砲音は、あまりの早さに轟音一発ぶんにしか聞こえません。狙うのは、身体の中心線にそった急所6カ所、武人は両の刀を眼にも留まらぬ早業で振るい、空を断絶させ、真空を作り出し(光弾を伝える何かを削り落とし)弾の軌道をそらします。
つぎの瞬間シルフィさんは、背中で”力”を充填していた”ライフル”を、刹那の間に構えて、ほぼ0距離で、撃ち放ちます。轟音です。巨大な光の筒が、武人を飲み込みます。
光が収まったそこには、ぶすぶすと鎧のいたるところから煙を上げている武人が、それでも2本の足で立っていました。そして、その眼が赤く輝きます。黒い鎧に赤い線が走ります。胸に、曲線でつくられたフラクタルな文様が浮かびます。ばんばんという音とともに、背中へフラッグが立ち上がります。そこには”漢字”という異世界の表音文字が描かれています。
そうです、武人は”本気”モードに入ったのです。
それに対峙する、見た目10歳ほどの銀髪美少女”ガンマン”は、小さな桜色の唇から、これまた可愛い小さな舌をちょろりと出して、唇をなめます。眼には、不敵な意思がこもっています。これまた歴戦の戦士の風貌です。
そうです『お祭り(たたかい)』はこれからが本番です、とばかりに、ギアが上がっていくのです。笑い声が、谷に響きます。双方相当な戦闘狂でございました。どこからか聞こえてくる打楽器の音が、乱打される拍子に、変化していきます。
深山幽谷な所に、破壊の嵐が吹き荒れるのでした。
***
長いようで短い対決が終了しました。深い谷に日は差し込んではきませんが、戦い始めた時には昇っていなかった、太陽はもう地平線から顔を出しているでしょう。
武人はどっかりと、地に座り込んでいます。背中の旗に、異世界の文字で『あっぱれ』と書かれています。
シルフィさんは、それ見てにぱにぱと笑いながら、装備を整え直しています。とそのときに周囲が光輝き、少女の元に収束していきます。少女は、懐から、なにかカード状のもの、紐で首から下げていたそれ、を取り出すと、光はそのカードに収束していきます。カードには升目が切られていて、升目には、同じような文様が並んでいます。そして、その升目はあと一カ所ですべて埋まるようになっていました。その最後の箇所に光が集まり、他と同じ文様が、刻み込まれます。
すべての升目が埋まったことを確認した少女は、誇らしげに、地に座る武人へとそのカードを掲げたのでした。
***
「ただいまなのです、おはようございます」シルフィは”お山”のお家へと帰宅しました。師匠であるビリー青年も既に起床しており、熱い”珈琲”を飲んでいます。
「おう、おかえり、今日もはやいね」
「朝の”達人”へ行ってきました、今日で全部”ハンコ”が埋まったんですよ」嬉しそうに笑いながら言うシルフィさんです。
「どれどれ、おう本当だ、よくがんばったなー」なでなでと、頭をするビリーさんです。
「へへへ」猫のように眼を細めて笑うシルフィさんです。
「貰ったのはなんなんだい?」
「粗品ですが、”ノート(秘伝書)”と”鉛筆(魔法の)”です!」
「おお、珍しい”スキル”が習得できるのだよな」
「読み物としても楽しいですよ、この書、えーとたしか、『五輪の書』でしたっけ?」
「30日、毎朝がんばったもんなー、よかったな」
「はい、嬉しいです」にぱっと笑うシルフィさんでした。
「来年もやるんだろ?」
「コンプリートしたいですね!」ぐっと握りこぶしを作る少女さんでした。
***
”素晴らしく、恐ろしい、強大な何か”は、常なる努力を惜しむことなく、頻繁に死(?)と隣り合ったた修行を行っていたのである、その実力に、世界が震撼する時は……
意外とかなり、先なことになりそうな気がいたします