気持ちの行方
私には付き合って2年になる恋人がいる。
相手は4歳年上のサラリーマンだ。
出会いは以前働いていたバイト先で知り合った。
彼は私のバイト先に納品によく来ていて、何度か顔を合わせる内に次第に親しくなった。
ある日彼から連絡先をもらった。
私はその日の内に彼に連絡をした。
その日をきっかけに私達は良く連絡を取り合った。
この頃は私は彼に対して恋愛感情は持っていなかった。
はっきり言うとタイプではなかったから。
ただ笑いのツボがお互い同じで、一緒にいて楽しい相手でしかなかった。
彼と知り合い2ヶ月が過ぎた頃、私に一通のメールが届いた。
ー今日少し時間ある?−
当時私は25歳で恋愛経験もそこそこあるもんだから、なんだか勘が働いてしまった。
たぶん告白されるんじゃないだろうか・・・?
今までだって食事の誘い、遊びの誘いはあったが今回はなんか違う気がした。
ーどした?なんかあった?−
自分の予想を試す意味も込めて私は彼にメールを返した。
ーまぁちょっとね(笑)−
これはどっちとも取れない答えだなと思いつつ私は彼の誘いにOKする返事を返した。
彼の仕事が終わる午後7時
私達は以前2人で食事をした店で待ち合わせた。
先に到着したのは私で彼はまだ来ていない様子だった。
近くにあるコンビニの前でタバコを吸って彼を待っていると待ち合わせ場所の店の真向かいに
ある花屋に入って行く彼を見つけた。
花屋?
今の状況からして彼が花を送る相手は私だと思ったので私は彼に声をかけずに待ち合わせ
場所へと戻った。
待つこと5分。
彼が少し小走りで向かって来るのを確認した私は軽く手をあげ彼を待った。
右手には花屋のロゴが入った紙袋を持っている。
「ごめんごめん。待った?」
彼は少し照れくさそうに私に声をかける。
右手に持った花屋の紙袋を自分の背中に隠しながら。
「いいーや。大丈夫。」
私はそう言いながらも少し含み笑いをしてしまった。
今時こんなベタな告白する人も珍しいなと思ったのだ。
「じゃぁ行くか。」
そう彼が言って私達は店の中へと入った。
この日は平日という事もあり、店内は割りと空いてる様子だった。
前回来た時は日曜日で物凄く込んでおり、1時間近く待ったものだ。
「こちらのお席にどうぞ」
店員さんの案内で座った席は窓際に面していて、夜景が一望出来る絶好の席だった。
「おぉ・・・・」
彼は窓の外を覗き込み嬉しそうに夜景を眺めていた。
「お客様。お荷物お預かり致しましょうか?」
店員の問いかけに彼は慌てて
「あっいや!大丈夫です」
と言って店員に返事をした。
彼が今日どんな行動に出るか大体予測出来る私はそんな彼が少しかわいく見えた。
「お先にお飲み物はいかがなさいますか?」
店の店員がドリンクメニューを開いて私達に注文を促す。
私達は互いにメニューに顔を寄せて何を頼もうかと相談をする。
彼がめくるページがアルコールのページに指しかかった時
「お酒飲める?」
アルコールの種類を指でなぞりながら私に聞いてきた。
「多少は飲めるけど、あまり強くはないよ」
私が彼にそう答えると
「じゃぁ・・・この白ワインを」
彼はお酒が強くない方にもオススメと書いてある白ワインを店員に注文した。
この時私は彼に対して細かな気遣いができる人なんだなぁと関心した。
店員が席を離れると彼はスーツの内ポケットからタバコを取り出し一服を始めた。
その様子を見て私もつられて私も自分の鞄からタバコを取り出した。
「あっタバコ変えたんだ?」
彼の言葉に私はドキッとした。
以前彼と食事をした時のタバコの銘柄を覚えている!!
「あ〜・・最近軽いのに変えたのよ」
平然を装って私は答えたが、内心私の予想する彼の私への思いが確信に変わった気がして焦った。
私は気持ちを落ち着かせる意味合いも込めてタバコに火を付けようとするが
カチッカチッ・・・カチッ
(どうした!!私!)
ライターの火がうまく付かない・・・。
その様子を見ていた彼が
「何してんのよ?ん。」
加えタバコの煙を避けるかの様に彼は少し顔をしかめて私のタバコに火を付けてくれた。
「あっありがと」
そう言いながら私はようやくタバコを吸いだした。
タバコ銘柄事件が私の中で勃発してから私はなんだかソワソワ落ち着かない。
それに上乗せするように今日彼はスーツを着ている。
バイト先で見る彼は会社の制服だったから、彼のスーツ姿は初めて拝見する。
男のスーツは女の目を狂わせる。まるで魔法にかかったかの様にその姿にときめいてしまう。
いつもと違う彼の隅々に目が行ってしまう・・・。
おや?腕時計なんてしてたかな?以外と手大きいのね・・・。
あらぁ?細い割りに意外と筋肉質・・・。
ん??彼から香水の香りが・・・!センスなかなかいいのね・・。
「おーい。タバコの灰が落ちますよぉ」
彼の言葉にハッとした瞬間タバコの灰は私のスカートの上に零れて落ちた。
「あーあーあー大丈夫かぃ?スカート焦げてない??」
そう言って彼は席を立ちお絞りを私に渡してくれた。
「あはは・・」
もう笑うしかない。まるで立場が逆転してしまったみたいだ。
そうしてる内に私達のテーブルにワインが運ばれて来た。
グラスに注がれたワインをグルグルするべきか、それとも香りを楽しむべきか・・?
ワインに関してまったくの素人の私は彼が先に飲みだすのをひたすらお絞りでスカートを拭きながらその時を待った。
「よし!じゃぁ飲みますか」
その言葉を合図に私達はグラスを互いに近付けて乾杯をした。
彼の飲み方はこうだ。
グラスをグルグル回す事も無く、香りを楽しむ事も無く、グーっとグラス半分程を一気に飲んだ。
良かった・・・おしゃれな飲み方じゃなくて
「うん。美味い」
その言葉通り彼は本当に美味しそうにワインを飲んでいる。
私はゆっくりとグラスを傾けてワインを少し口に含んでみた。
・・あっ飲みやすい!!これはイケル
「うん!!美味しいね、このワイン!!」
彼は嬉しそうに頷いていったんグラスから手を離し再び店員を呼び、今日のオススメコースを注文した。
しばらくして食事が運ばれて来た。見るからに美味しそうな食事に2人ともテンションが上がる。
ワインが少し回ったせいか、先ほどの緊張が解けてとてもリラックスして食事が出来た。
いつも通りくだらない話で盛り上がり、私達はとても楽しい時間を過ごした。
食事が済み、私達は店を出る事にした。
すでに私は軽く足取りがおぼつかなくなっていて、俗に言う言い塩梅に出来上がっていた。
彼は会計を済ませて私の手を取り私達は店を後にした。
「ご馳走様でした」
今日の食事代は彼が支払ってくれたので私は彼にお礼を言った。
「いいえどういたしまして。それより大丈夫?ふらついてるけども・・?」
飲めない女が酒を飲む・・。当然酔いが回る。
「大丈夫!大丈夫!それより話あるんじゃないの!?」
酒の勢いとは恐ろしいもので多かれ少なかれ人を勢いつける。
「あぁ〜そうね・・」
(しまった!!)
私の発言は彼に対して早く想いを告げろ!と言っているようなものだ。
彼も私の突拍子な言葉に戸惑っている。
カツッ・・カツッ・・カツッ。
沈黙の2人に互いの靴音が更に2人に緊張を促す。
その時
私の歩幅に合わせ歩いていた彼が突然私の前に立ち私の目の前の視界が急に暗くなった。
(この感触・・)
時折鳴る車のライトが2人の姿をほんの一瞬淡く照らす。
(えっ・・?これってもしかして・・・)
彼が私の唇から離れた時私はそのままその場にしゃがみ込んでしまった。
(キッ・・キスされたぁぁぁ!!)
「ごっごめん!!大丈夫!?」
まさかまさかの出来事だった・・。
私の心音は尋常じゃない程のスピードでドクッドクッと打ち付ける。
(まさかこう来るとは・・!なんで!?彼も酔っているんだろうか??それとも本当に告白の意味なのかな!?)
突然の急展開に驚きながらも私はああだこうだと模索した。
彼も自分の突然の行動に驚いたのかしどろもどろしていた。
2人の間に短い緊迫した沈黙が流れ私は一気に酔いが醒めてしまった。
(なんか言わなきゃ・・)
私はなんとかこの状況を打開しようと必死で考えていた。
その時
「俺・・君の事好きなんだ・・。」
大体こうなる事は予測していたのにも関わらず私はドキッとしてしまった。
しゃがみ込んだまま動かない私の腕をグイッと引っ張って私を抱き寄せた。
「俺と付き合ってくれないか?」
彼は私の体を力強く抱きしめてそう言った。
ついに決定打を打たれてしまった・・。
(どうしよう・・?なんて答えればいい??私達はお友達だから・・)
そうだ!!私達はお友達!!一番無難だ。
ふと顔を上げると真剣な面持ちで私の答えを待つ彼の姿・・
「あの・・その・・」
そう言って私はゆっくり彼の腕を解き、少しづつ彼の体を離れながら答えようとする。
(落ち着いて・・!!)
私は深呼吸を1つして彼に再び向かい合おうとした。
「私は・・・。」
言葉を選んでしまう。こう言う言いにくい事を躊躇うとなかなか言い出せないのは分かっているのに言葉が出ない。
(お友達!!お友達!!)
心の中ではこんなにもはっきり言えるのになんでだ!?
その時ふっと思った事がある。
そもそも何で彼の申し出を断るんだろう・・?
(そんなに悪い人じゃないし、って言うかめっちゃいい人だし!一緒にいて楽しいし、大事にしてくれそうだし、背も高いし、まじめそうだし。)
良い所は沢山知っている。
けれど私が彼を好きになれる保障はない。
こんな半端な気持ちじゃ・・・
「突然すぎたよな、ごめん忘れて!!」
私を気遣う様にニコッと微笑みポケットからタバコを取り出して火をつけた。
その時ガサッと紙袋の音がした。
人通りの少ない道にその音は大きく聞こえた。
「あっそうだ」
彼は花屋の紙袋をスっと私に差し出した。
「どうしたの?これ・・」
(わかっている・・・中身はお花だ・・。)
そう言いながら私は彼の差し出した紙袋の中身をそーっと開いた。
紙袋の中にはまるで彼の気持ちを表すかのような淡いピンクのバラのブーケだった。
「花なんて誰かに贈るの初めてだよ」
照れくさそうに話す彼はタバコの煙をフーッと吐きゆっくり歩き出した。
彼の歩き出した背中をを見つめながら、彼に抱きしめられた感覚が私の中に蘇える。
細いけれど決して弱弱しくない背中
タバコを吸う長くて綺麗な指
私を呼ぶなんだかくすぐったい甘い声
そして彼から抱きしめられたあの力強さ・・・。
(どうしてこんな気持ちに・・・?お酒のせいなのかな?それとも、この雰囲気に溺れているだけ・・?)
私の心の中はまるで赤と青を丁度半分に分けたような心境だった。
知らず知らずの内に私の頬に涙が自然と零れ落ちた。
「・・・っ」
(なんで涙が出てくるのよぉ・・・)
そうは思っても流れる涙を私は止められずにいた。
少し先を歩いていた彼は私の涙に気づき慌てて私の元へとかけてきた。
「ごめん!!俺のせいだ。傷つけてほんっとごめん!!」
そういって彼は私に頭を下げて誤った。
・・違うそうじゃない!!傷ついてなんかない。
恋の始まりは突然やってくる。私の予想を大きく覆して・・。
絶対彼を好きになる事なんて無いはずだった。
だって彼は私の中では《お・友・達・》だったから。
本当は
「何言ってんのぉ!?馬鹿じゃないっ!?」
って笑ってからかって、笑いのネタにしてやろう!!とか思ってた。
でももうそんな事は出来やしない・・。
私は彼に恋をし始めている。
「・・あのさぁ・・・。」
自分の気持ちに気づいた時私は思わず彼を呼び止めようとしていた。
「んー?どうした?」
彼はそう返事しながらもこちらを振り向かない。
どんどん2人の距離は離れていく。
さっきまで私の心の中はくっきり赤と青で仕切られていたけれど
今はその2つの色は私の中で優しく混ざり合って綺麗なピンク色一色に染まっている。
もう自分の気持ちをこれ以上、誤魔化せない!!
「ねぇ!!」
少し先を行く彼を今度は力一杯大きな声で呼び止めた。
その声に驚いた様に彼が後ろを歩く私に振り向く。
「わっ・・私も気づいちゃった・・。あなたが好きだって!!・・たった今気づいたんだけど・・・。」
私の予想外の答えに彼はあんぐりと口を開けたまま呆然と立ち尽くしている。
「それじゃだめ!?」
私は恥ずかしさもあり、追い討ちを掛けるように早口に彼にそう言った。
すると彼は嬉しさがこみ上げて来るかの様な笑顔で
「それで十分!!ありがとっ」
そう言って私に手を差し伸べた。
私はその彼の差し出した手に迷わず自分の手を差し出して強く握り返した。
ーーあれから2年。
そして私は来月その彼と結婚をする。
友達だったはずの彼と私は今では何者にも変えられない大事な存在になり、これからの長い
人生を共に歩む事を決めた。
ほんっとに人の人生って何が起こるかわからない!!
END