02 名乗
主人公の名前が判明します。
恐る恐る振り返ると、階段の一番上に肩で息をしている人が立っていた。逆光で表情は見えないけれど、シャツにベスト、パンツを履いている。深く被っている帽子から出た長い髪がたなびいていた。肩のシルエットを含めて考えると女の子かもしれない。
第一町人発見だ。某番組で見た台詞を思い浮かべながら、話しかけようか迷っていると、表通りから大声が聞こえた。
「いたぞ!あそこだ!!」
驚いて振り向こうとすると、階段の上に立っていた人が舌打ちをして、階段を駆け下りて私の手を引っ掴む。急展開に驚いて目の前の顔を見ると、真っ黒な瞳が私を見つめていた。
「ごめん、走って」
私が返事をするより先に、手を引いて走り出す。履き慣れているとはいえローファーでは相当厳しいものがあるが、握られた手は離れる気配は無く、引きずられるままに走る。後ろから声が追いかけてきた。
「逃がすな!首を晒せ!!」
「アリスを捕まえろ!!」
私は図らずも、目の前の人物の名前だと思われるものを知った。そして頭の隅でちらりと思う。
“アリス”が追いかけられているのは、「不思議の国」でハートの女王を怒らせたからだ。
じゃあここは、どこの国なんだろう?
走りに走って、街外れの森のようなところに辿り着いた。“アリス”が立ち止まり、こちらを振り返るのと同時に私の膝がかっくりと折れて座り込んだ。喉が焼き切れるように痛くてどうしようもない。背負っていた通学バックはいつの間にか投げ捨てていた。ジャージの下を履いていて良かった。
”アリス”も荒い息をついていたが、しゃがみこんで私に視線を合わせたようだ。私は目を固く閉じていたので表情はわからないけれど。息も落ち着いてきたので、私はそのままの姿勢で“アリス”に問いかけた。
「私に、何か、用でも、あるの?」
“アリス”は少し黙っていたが、口を開いた。
「あると思ったから、連れてきたんだ」
見た目よりもやや低い声で答えてくれた。会話は通じているようだ。ここで一つ安心する。
「私は、特に、無い、けど」
「どうかな。あのまま放っておいたらあんたが捕まっていたと思うよ。その髪に目の色だから」
「え?」
ぎょっとして顔を上げると、
私と同じ顔があった。
ぽかんと口を開く。鏡を見ている気分だ。これが噂の……。
「ど……どっぺるげんがー」
「?何語だ?」
「自分と同じ顔の人のこと」
「ふうん、そんな言葉があるのか。まあ、確かにその通りだな」
“アリス”の表情が緩んだ。真顔だと少し怖いけれど、穏やかな顔になると印象が随分と変わる。女の子だと確信する。
「髪が栗色で目が黒いっていう組み合わせはとても珍しいんだ。わたしの特徴は知られているから、同じ特徴を持つあんたも狙われる可能性が高い」
「そ……そんな」
「まあ、巻き込んじまったし、わたしたちが守るよう努力するけど」
“アリス”が立ち上がり、私に手を差し伸べた。おどおどしながら手を取り、足に力を入れるととりあえず立てた。そのまま森に入ろうとした“アリス”が振り向いた。
「そういえば、名前も聞いていなかったな。わたしはアリスっていう。あなたは?」
やはりこの人が“アリス”本人だったようだ。気まずそうに名乗ったアリスに笑い返しながら、私も自己紹介をした。
「さら……照宮、沙羅です。どうぞ、よろしく」
これが、アリスと私の出会い。
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