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花の名前を呼んで  作者: 漣 榎乃
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01 遭遇


 人間誰しも常に冷静でいられるわけじゃないが、私の非常事態に対する適応能力はなかなか高い。思い返すとそう結論付けられるはずだ。



 卒業式を終えた後、私服でクラスの打ち上げに参加するために、私は早々に家に向かった。あまり使わないが、近道の神社を抜けて階段を駆け下りる。急いでいたせいか最後の一段でつまずいて、したたかに転んでしまった。砂の付いた手をはたきながら顔を上げると、

「……えーっと?」

 見たことの無い裏路地にいた。



 とりあえず立ち上がり、スカートに付いた埃をはたく。


 緊急時にはまず自分の体の無事を確認、次に身の安全を確保、さらにに状況把握。


「はい、お母さん」

 近所の防災訓練に行くたびに、母に言われたことを心の中で復唱する。行ったのは小学生の間だけだったが、母の教訓は自分に染み付いている。


 自分の体を見下ろす。今日までしか着れない制服。何の特徴も無い公立高校だったので、濃紺の襞スカートに紺のソックス、黒のローファー、白ワイシャツに濃紺のブレザー。卒業式は正装だったけど外はまだ寒いので、いつもの黒いカーディガンを中に着ている。ちなみに襟元は自由で、女子は好き勝手にしている。私はネクタイ派だが、今は鞄にいれたままだ。これで体は確認できた。

 次に荷物を確認する。通学バックには財布と筆箱、折り畳み傘、ソーイングセット。持って帰り損ねていたジャージに膝掛け代わりにしていたマフラー、部活の道具一式、本。ちなみに卒業アルバムは重いし邪魔なので、全員が参加する卒業記念会に持っていって寄せ書きを書いてもらうのが主流だ。ここまで確認したが少し肌寒いので、下のジャージだけスカートの下に履くことにする。あまり好きになれない格好だが、見知らぬ場所で生足を出す勇気は無い。

 そして辺りを見渡す。後ろには20段くらいある階段があり、上には公園か広場があるようだった。ちらりと像のようなものが見えるだけで、上の様子はわからない。視線を戻すと正面と左右に道があり、住宅の路地裏という印象。とてもきれいだ。あまり薄汚く感じないのは、道幅が広くて周辺の建物の背があまり高くなく、日差しが入りやすくなっているからだと思われる。石畳の地面は湿っぽさを感じさせず、住宅のようなものはほとんど赤いレンガ造りで、どう見ても日本ではないことがわかる。

 

 強調しよう。

 どう見ても日本ではないことがわかる。


 さて、どうしたものか。




 もしかしたら、これがいわゆる神隠しなのかもしれない。

 私が通った神社の階段は、大昔は神隠しの小道と呼ばれていたらしいから。

 私と同じように、こうして全く違う場所に来てしまった人たいるのかもしれない。


 ぼんやり考えていると、路地の向こう側が騒がしくなっていることに気づいた。正面の道を見ると、どうやら大きな通りに面しているようだ。市場のように布を張ったような屋根が見えるので、商店街のようなものなのかもしれない。

 耳を澄ましていると、喧騒のようなものが聞こえた。

「…ぞ、裏にまわれ…」

「にがすな……せろ」


 言っていることが理解できる。何かを追っているようだ。

 言葉が通じる可能性が見えてきたものの、何を追っているのかが気になった。ここは路地裏、追われている人間が警察などの追っ手を巻き上げるのによく使われるだろう道だ。テレビのサスペンスや時代劇では、逃げようとする犯人はよく無理やり細い道に車を突っ込んだり、裏道になぜか立てかけてある建材を崩して道を塞いでいく。

 ここがどこなのか分かっていないのに、何かの事件に巻き込まれるのだけは避けたほうが良いだろう。階段に座り込んでいた私は通学バックを背負い、腰を上げて光の方へと進んでみようとしたその時、


 後ろから荒い息遣いが聞こえた。





お読みいただき、ありがとうございます。


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