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プロフェットのプレリュード  作者: 冬空寒太郎
3/3

後編

鳴海紗季は、諦めが悪い。

彼女は、今までなんでも自分の思い通りに物事を進めてきた。それだけに、自分の思い通りの結果が出るまで、彼女が途中で物事を投げ出すことはない。

中学一年の時に、学校祭のクラスの出し物を何にするかで揉めたことがある。クラスの大多数がお化け屋敷をやることに傾いていたのだが、彼女は演劇をやることを主張した。その日の採決で、お化け屋敷が圧倒的多数となり決定しかけたのだが、紗季が、脚本を書くからそれを読んでから決めて欲しいと強弁し、持ち越しとなった。文化祭まで、一ヶ月半ほどあり、その場で決着せずともよかったのである。結局、3日後に再票決することとなった。

そうは言っても、3日で素人が脚本を書き上げられるはずもなく、今まで物語を書き上げた経験も無い紗季は、学校からの帰り道で俺に泣きついてきた。

「ねえ冥、いつも小説とか読んでるし、中学生の演劇の脚本くらい書けるでしょ?」

「たしかに、クオリティを無視すれば、書けないことも無いだろうけど、素人の俺が3日で仕上げるのは無理だと思うけど」

「お願い。わたし、本とかあまり読まないし、今から勉強を始めても3日じゃ流石に無理。だから、展開が滅茶苦茶でもいいから、とにかく完成だけさせて。お礼はするから」

紗季が、下手に出てまで俺にお願いするのは珍しいことだった。しょうがないので、恩を売るという意味でも、彼女の頼みを聞いてやることにした。

「いいよ。でも、脚本も書けないのに、よくあんな事言ったな」

「あそこで終わらせるわけにはいかなかったからね」

「無計画かよ」

「勝算はあるわ。わたしのやり方で勝つ」

彼女の目には、力が漲っていた。しかし、どのように結果を覆すつもりなのだろうか。

 「あ、主役は私でお願いね」

 「え、紗季、主役やりたいから演劇をやりたかったの?」

 「そうじゃないけど・・・勝つためにはしかたないわ」

 脚本の執筆を頼まれた俺は、家へ着くと早速書き始めることにした。実は、少し脚本をやってみたかったのである。読書家なら、きっと一度でいいから、物語を書き上げてみたいという願望があるに違いない。御多分に漏れず、俺もその口であったが、自ら進んで書く気にまではなれず、これはいい機会であった。

 その夜から俺は執筆に熱中した。時間が足りないこともあって、普段は真面目に聞いている授業中でも、ノートを紗季に取らせて、自分は脚本を書くことに没頭していた。その甲斐あってか、三日目になんとか脚本は完成した。

 内容は、今ここに記すのが恥ずかしい程の駄作であり、割愛させていただく。やはり、多くの人々がそうであるように、処女作は黒歴史となってしまうことがよくわかった。

 こんな脚本で、皆が感動して、お化け屋敷から演劇へクラスの出し物を変更することができるはずもないと、書いた俺自身理解していたのだが、紗季はそれを読んで、

「まあこんなもんよね。ありがとう」

と特に再票決を心配する様子もなくいった。

紗季は、その3日間、何やら忙しそうにしており、俺と話す機会はあまりなかった。

脚本が、何部かコピーされ、クラスメイト全員が回し読みをしてから、採決することとなった。名目上、脚本の原作者は紗季となっており、俺は助言をしただけとされていた。本当は、俺が一人で全部書いたのだけど・・・。恥ずかしかったので、それで良かったとも思う。皆のつぶやきが聞こえてくる。

「3日でよく書けたな」

「少し滅茶苦茶だけど、手直しすればなんとかなるかもねえ」

「紗季、よくかいたね~」

「俺、犬の役かよ・・・」

「いいじゃん、俺なんか木だぜ・・・」

 全員が読んでから、ガヤガヤと周りと感想を交わし合った後、採決が行われた。結果は、圧勝であった。

 帰り道に、紗季に尋ねる。

 「どうして勝てたんだろう?」

 「それは、わたしの人徳が為せる技よ」

 「俺の脚本が良かったんじゃないのか?」

 一ミリもそう思っていないまでも、脚本を見て判断することとなっていた手前、ひとまずそう言ってみる。

 「そんなわけないじゃない。根回ししたのよ」

 「根回し!みんなを脅しつけたのか!」

 「別に、脅迫したわけじゃないわよ。ただ、色々な人に、『あの時は恥ずかしくて言えなかったんだけど、わたし、女優になるのが夢なの!だから、協力して』って言って回ったのよ」

 「だから、わざわざ主役にしてくれって言ったのか」

 「そうそう。それなのに冥に脚本でチョイ役にされたら、どうしようもないからね」

 「それにしても、紗季、女優になりたかったなんて初耳だけど、そんな夢があったの?」

 「え?うーんと、ほんとはそんな夢無いんだけどね・・・」

 それじゃあ、なぜ紗季が躍起になって、演劇をクラス発表とすることに奔走したのかよくわからない。そんなにお化け屋敷をするのが嫌だったのだろうか。そして、ふと、気がつく。

 「そういえば、お化け嫌いだったよな。ホラー映画も見たく無いって言ってたような」

 「そ、そんなことないもん」

 「昔、お前が家に泊まりに来た時に、母さんが寝る前にお化けの話をして、泣いたよな。その後、怖くて寝られないから一緒に寝ようって布団に潜り込んで来たじゃん」

 「そんなの幼稚園の時の話じゃない。今は怖くないもん」

 「ふーん、それなら、このあいだ母さんがホラー映画のDVD買ったんだけど、見に来る?」

 「いいわよ。そんなの余裕なんだから」

 紗季は、自宅にカバンを置いてから、すぐに我が家にやってきた。母が買ってきたDVDは、ゾンビゲームを題材にした映画であり、シリーズものになっていた。俺は、第一作だけ見ていたが、少し退屈な映画だった。母は、安かったから暇つぶしにいつか見ようと買っただけのようで、開封もしていなかった。母が作った夕食を食べてから、紗季と俺と母の三人で映画を見た。

 内容は、ありがちな展開で、主人公の女性以外の人間がどんどんゾンビ化していって、色々な種類のゾンビ達が、主人公をどんどん襲って来た。それを主人公が銃で倒して、なんとか街から脱出するというものだ。

 紗季は、ゾンビが出てくると顔面蒼白となって、ゾンビが唸り声を上げるたびに、

 「キャーッ」

 と叫び声を上げた。無表情で見続けていた俺たち母子とは違って、実にこの映画を見るに適した人材であった。最後の方には、母に抱きついて泣きじゃくっていた。

 「紗季ちゃん、あれはCGだから怖くないわ。大丈夫よ」

 「ひっく・・・そんなこと言ったって・・・わかってても怖いんですよ・・・ひっく・・・」

 「全く、冥がこんなB旧映画見ようって言うから」

 「いや、俺もこんなに怖がるとは思わなくて」

 「冥のバカ・・・」

 紗季は、母の車に送られて帰宅した。それにしても、自分で余裕だからと言っておいて、最終的に俺がバカ呼ばわりされるのは納得がいかないものである。けれども、あまり追い込むのも可哀想に思えて、あえて追求はしなかった。

 とどのつまり、紗季はお化けが怖いからという理由で、お化け屋敷をクラス発表から排除しようと思ったのである。それ以外なら何でもよかったのだ。単に、クラスメイトの皆に、自分がお化けを怖がって、泣いてしまう所を見られるのが恥ずかしくて、彼女は演劇をやりたいと言い出したのである。自分勝手な人だ。それくらい、自分の思い通りに世の中が動くまで諦めない女なのである。


◯鳴海紗季の執念~紗季視点~

 嘉神冥は、本当に鈍感である。彼はデリカシーのかけらもない。わたしが、転校して欲しくないのを知っているくせに、彼は転校していってしまうのだ。今日、出発するからあなたも見送りに来なさいよと母に言われた。そんなのまっぴら御免だ。わたしが、冥の転校を無かったことにすれば、転校が取り止めになるかもしれないと思い、願掛けをしているというのに。他にも、大好きな甘い物を食べないという事もやった。それなのに、冥は転校していってしまう。やはり彼には通用しなかった。何かしら犠牲にすれば、だいたいのことは思い通りになるのに、やっぱり彼はわたしの思い通りにはならない。

 学校帰りに冥の家へ寄ってみる。

 「あら、紗季ちゃん」

 「冥は・・・」

 「・・・行っちゃったわ」

 「そうですか・・・」

 やっぱり駄目だった。冥は遠くへ行ってしまった。

 「ねえ、紗季ちゃん、お茶でも飲んで行かない?」

 リビングで、亜希さんと二人きりでお茶を飲む。わたしにはいつものようにレモンティー、亜希さんは自分にドリップコーヒーを淹れていた。光ちゃんは、亨さんと部屋で遊んでいるようだった。そういえば、亜希さんと二人きりで話すことなんて滅多にない。いつも、近くに冥がいた。

 「冥がいなくなると、寂しくなるわね」

 「いえ、あいつのお守りをしなくてよくなって、せいせいしますよ」

 「紗季ちゃんには感謝してるわ。冥、人付き合い苦手だから、紗季ちゃんがいなかったら、ひとりぼっちだったかもしれないし」

 亜希さんは、そう言ってから、力なく微笑んだ。いつもの元気はなかった。

「わたしは、寂しいのよ。あんな子でも、いなくなるとね。わたしは、こんな温かい家庭を築けて幸せだったの。亨さんと出会うまで、そんな未来があるだなんて、思いもよらなかった。家族の範囲を飛び越えて、紗季ちゃんの家とも家族ぐるみでお付き合いできるなんて、思ってもみなかった。それがずっと続けばいいと思ってた。でも、それももう終わりなのね・・・」

 「そんなことありません、たまに光ちゃんに会いに来ますよ」

 「そうね・・・ありがとう紗季ちゃん。でも、わたしたち引っ越そうかと思ってるのよ」

 「引越し?どこにですか?」

 「東京よ。実は、光も仙崎学園に誘われているの。初等部があそこはあるからね。やっぱりね、家族は一緒にいるのが一番だと思うの」

 「そんな・・・いつですか」

 「すぐってわけじゃないのよ。光が小学校に入学するのは、再来年だからね。でも、光が入学するまでには、家族で引っ越そうと思ってるの」

 冥だけじゃなくて、亜希さんも光ちゃんもいなくなるだなんて・・・。(亨さんの名前が出ないのはちょっと失礼だけど)それに、家族で引っ越しちゃったら、冥が夏休みに帰ってくることも無いじゃない・・・。

 「わたしは、どうしたらいいんですか・・・」

 いつの間にか、頬を涙が伝っていた。堪えようと思っていたのに、堪え切れなかった。一度緩んだ涙腺は、引き締めようもなく、ダムが決壊してしまったように、止めどもなく涙がこぼれる。

 「ひっく・・・冥も亜希さんも光ちゃんもいなくなるなんて・・・わたしには・・・考えられません・・・でも・・・わたしは仙崎学園に・・・ひっく・・・転校することなんてできない・・・うちの両親には・・・ひっく・・・私を東京の私立に通わせる・・・お金がありません・・・もう・・・打つ手がないんですよ・・・」

 「紗季ちゃん・・・」

 亜希さんが、優しくわたしの肩を抱いた。亜希さんは、何も言わなかった。わたしが泣き止むまで、わたしの頭を撫でたりして、なだめてくれた。

 落ち着くと、亜希さんが、もう一杯お茶を淹れてくれた。今度は、熱いコーヒーだった。泣き疲れて、はっきりしない頭にはちょうどいいかもしれない。砂糖とミルクを入れて、コーヒーを一口飲む。苦い。お茶菓子も無くコーヒーを飲むのは少し辛い。わたしは、やっぱりレモンティーの方が好きだ。

 「ねえ、紗季ちゃん。本当に転校したい?」

 「えっ?」

 「紗季ちゃんが、そう望むなら、方法はあるわ」

 「でも、亜希さんに学費を出してもらうことは・・・」

 「そうじゃないの。でも、転校すれば紗季ちゃんの未来は大きく変わっちゃうかもしれない。後には、引き返せないの。それでも、転校したい?」

 亜希さんが言っている意味は、ちょっとよくわからなかった。でも、わたしの心は決まっていた。

 「行きたいです。わたしは、あきらめが悪いんです。自分の思い通りにならなきゃ嫌なんです」

 「ふふ、紗季ちゃんらしいわね」

 正面に座っている亜希さんの真剣な顔から笑みがこぼれる。亜希さんは、それから亨さんと光ちゃんに外でご飯を食べてくるように言いつけて、二人は車でどこかへ行き、家の中はわたしと亜希さんの二人きりとなった。一体、どんな話を始めようと言うのか?

 「邪魔者もいなくなったことだし、真実をすべて話すわ」

 亜希さんの話は、荒唐無稽で信じ難いことだったけど、それが事実なのだと思った。冥は、予言者で、わたしはカリスマ。予言者は、予言の学校に行く必要があるから、冥は転校していった。わたしは力の強いカリスマだから、そこへ行く必要はないとみなされた。つまりは、そういうことらしい。

 「それじゃ、わたしは転校できないじゃないですか」

 「そうね。でも、あなたが望めば別かもしれない」

 「わたしが望めば?」

 「あなたはカリスマよ。あなたが願えばたいていのことはできるわ」

 「でも、冥には通じなかった・・・」

 「それはね、同程度の力を持つ予言者の未来は変えられないからなのよ」

 「そうなんですか」

 「行きましょう」

 「えっと、どこへ?」

 「国立予言者学園に決まってるじゃない」

 「急に行って、大丈夫なんですか?」

 「大丈夫、わたしも元予言者よ。後で迎えに行くから、紗季ちゃん準備してきなさい」

 そして、わたしは急いで、家に帰った。必要な物を手早くカバンに詰める。予言者の学校は、生活に必要な物はだいたい支給されるから、大事な物だけ持っていけば良いそうだ。準備はすぐ整った。でも、お父さんとお母さんに何て言えばいいのだろう?ちょうど夕飯の時刻なのに、わたしが慌ただしく、スーツケースに色々と詰め込んでいるのを両親は訝しがっていた。

 「紗季、あなたそんな荷物持ってどこいくの?」

 「えっとね・・・転校するの!」

 心の準備ができていなくて、つい正直に答えてしまった。いつもそうだ。でも、もう後には引けない。

 「え?まさか、冥の学校へ行くの?だって、そんなお金家には無いし、それに編入の手続きだって・・・」

 「いいの。わたしが行くって言ったら行くの」

 「全く聞き分けの無い子なんだから・・・」

 その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。亜希さんだった。お母さんが扉を開けると亜希さんはこう言った。

 「こんばんは、紗凪。突然だけど、紗季ちゃんを転校させることにしたわ」

 母さんも父さんも、その言葉を聞いて唖然としていた。

 「でも、亜希、わたしたちお金払えないわ。紗季はいつも自分勝手に物事を進めてきたけど、今度ばかりは許可できないわよ・・・」

「大丈夫、私立って言ってたけど、本当は国立で、授業料も無料なの。逆に、お金が稼げるかもしれないわよ」

 「それ、どういうこと?」

 「詳しい説明は帰ってからするわ。今から、学校へ行くから」

 「そういうことだから、お母さんお父さん、行ってくるね」

 「何も、そんな慌てて行かなくても」

 「こういうのは、善は急げなの!」

 「まったく、あなたって子は・・・」

 お母さんがブツブツ文句を言うと、普段物静かなお父さんが味方になってくれた。

 「いいじゃないか。紗季は、自由に伸び伸びと育ってくれればいいさ。頑張ってこい!」

 「うん!」

 「まったく、あなたはこの子に甘いんだから。だから、こんな奔放な子に育ったのよ」

 「甘いかもしれないけど、俺だって紗季がいなくなるのは寂しいんだよ。でも、紗季がこれから、冥がいないことを悲しんで生きていく姿を見るのも嫌なんだよ」

 「それはわたしも嫌だけど・・・仕方ないわね。行きなさい。頑張ってくるのよ」

 「うん!」

  わたしは、元気よく、玄関を飛び出した。亜希さんの車の後部座席にスーツケースを積み込み、助手席に乗る。お父さんとお母さんが、車の前で見送ってくれた。

 「お父さん、お母さん、行ってくるね!」

 「いってらっしゃい」

 「いってらっしゃい、気をつけてね」

 私は、笑顔でお別れを言う。両親と別れるのは寂しいけど、少し離れたくらいで血を分けた肉親とのつながりはなかなか断たれることはないと思う。でも、他人である冥とは、一度別れたらもう二度と会えなくなるかもしれない。わたしは、そんな気がしてならないのだ。

 「それじゃ、出発するわよ」

 亜希さんが車のキーを捻り、エンジンをかける。車は勢いよく発進して、両親が振る手はみるみるうちに小さくなっていった。

 

「亜希さん、ここからどのくらいですか?」

「そうね、実はわたしもよくわかってないの。自分で運転して行くのは初めてでね」

と言って、亜希さんは口元を緩めた。しかし、笑い事ではない。亜希さんは、もっと計画的に動く人だと思っていたけど、そんな無鉄砲な人だったのだろうか。

「それじゃ、どうやって行くんですか?」

「大丈夫よ。予言で何とかするわ」

すると、車のダッシュボードの上に、可愛い黒猫が現れた。毛並みがふさふさしていて、ツヤがよく、透明なひげを持っていた。しっぽの先が稲妻のようにギザギザになっているのが、特徴的である。目は黒目のまわりが黄緑色に近く、神秘的な雰囲気を醸し出している。

「可愛いー♡これ、亜希さんの使者ですか?」

「そうよ。クロって言うの。学長のドラちゃんより可愛いでしょ」

「学長のドラちゃんも可愛かったけど、亜希さんの猫も可愛いですね。触っていいですか?」

「いいわよ。そこにいられると前が見えないし、紗季ちゃんの膝に置いてくれると有り難いわ」

わたしは、黒猫を手に取り、膝の上に乗せる。毛並みがもふもふしていて、すごく暖かい。これが、想像上の生物であり、実際に存在していないとは思えない程だ。撫でると、本物の猫のようにゴロゴロと喉を鳴らすのだ。この愛くるしい生物が、他の人には見えないだなんて信じられない。

「クロ、それじゃ学園までの道案内頼むわよ」

「ニャー」

鳴き声も、猫そのものだ。しかし、この声でどうやって案内するのだろうか。日本語しゃべれるのかな?この猫。それからも、時折、鳴き声を出すことはあるのだが、言葉は一言もしゃべらなかった。少ししてから、とうとう左右の分かれ道に差し掛かる。

 「右」

「オッケー、右ね。クロ」

しゃべった。この猫、しゃべれるんだ。声は、事務的ではあるが女性の優しい声だった。

「しゃべれるんですね」

「当たり前じゃない。そうじゃないと、予言ができないわよ。クロは、必要以上はしゃべらないけどね。わたしの性格を反映してるのかなあ」

「亜希さんは愛想がいい人だと思いますけど」

「昔のわたしは、今とはぜんぜん違ったの。口数は少ないし、友だちもぜんぜんいなかったわ。だから、クロが本当のわたしに近いのかも」

「そうなんですか?」

「ええ、使者は予言者の深層心理を読み取ってくれる使い魔よ。深層心理に知覚した予知を、外に表現し、ノイズとより分けてくれるのよ。つまり、深層心理を外部に表出したものが使者と言えるわね」

「えっと、どういうことですか?」

「要は、予言者の心を形作ったものが使者なの。だから、クロはわたしの心よ」

「学長のドラちゃんもそうなんですか?」

「そうね。ドラちゃんの性格は掴みどころが無くて、あの爺の性格の悪さを反映してるわね」

「ははは・・・」

 亜希さんが、学長を心底毛嫌いしているように罵ったので、わたしは乾いた笑いをして誤魔化すことしかできなかった。亜希さんは、学長と何かあったのだろうか。それにしても、亜希さんに友達がいなかったなんて、不思議である。亜希さんみたいに美人で、頼り甲斐のある人に友達がいないなんてことがあるのだろうか?

 「亜希さんは、どんな学園生活を送っていたんですか?」

 亜希さんは考え込んでいるようで、少し間があった。空気を悪くする間だ。不味いことを聞いてしまったのかもしれない。

 「そうね・・・あまり楽しいものじゃなかったかな・・・。わたしはね、学長の後継者と目されていたの。それで、小さな頃から他の予言者とは違う英才教育を受けて育ってきたのよ。だから、他の子からは当然疎まれた。それに、当時のわたしはすごく擦れていて、親切で近づいてくれた子達のことも、蔑ろにしてしまったのよ。予言の力が強いとね、そういう親切の裏にある同情や偽善の心しか目に入らなくなってしまうの。大人になった今なら、そういう気持ちともうまく付き合っていけるのでしょうけど、当時の私はまだまだ子供だった。そして、そのまま大人になっちゃって、人との壁を作ったまま生きていたわ。すべての人間との関係をシャットアウトして、一人きりの世界にこもっていたわ」

 亜希さんは、当時を思い出して、胸を痛めているようであった。やはり、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。亜希さんは、こちらをチラリと見ると、わたしの気まずそうな顔に気がついたのか、声のトーンを明るくして話し始めた。

 「でもね、亨さんと出会ってからは、幸せなのよ。亨さんは、そういう裏表の無い純粋で一途な人だった。わたしが出会った中で、そんな人は他に一人しかいなかったわ。あの人がいてくれたから、わたしは幸せでいられるの」

 「亨さん、亜希さん一筋で素敵な人ですよね」

 「そうでしょ?亨さんは、わたしだけを見てくれて、心の底からわたしの幸せを願ってくれているのよ。そして、それが自分の幸せなの。紗季ちゃんも結婚するなら、亨さんのような人に限るわよ。そんな人、なかなか見つけるのは難しいけどね」

 「羨ましいです」

 たしかに、亨さんのような人間は、この世界にそうそういるとは思えなかった。そうなると、自分の好きな人を、亨さんのように作り変える方が早いのでは無いかと思う。わたしには、亜希さんのような予言の力が無いわけだし、相手がわたしの事をどう考えてくれているか、敏感に感じ取ることはできないけど、相手を服従させることならできるはずだ。あるものから選択するのではなく、あるものをわたし好みに作り変えるという発想が、わたしには合っているような気がした。

 「クロ、後どれくらいかかりそう?」

 「この調子だと後5時間くらいかかる」

 時刻はちょうど20時であった。到着は午前1時となる。少し遅い。

 「ちょっと、飛ばすしましょうか。クロ、警察がいる時や、人が出てきそうな時があったら教えてね」

 「ニャー」

 先ほどまで、時速を表示するメーターは、70km前後を示していたが、今や100km前後を指していた。高速道路では、この速度を何度か体感したことがあったけど、普通の道路でこんな速度を体験するとは思わなかった。警察に捕まる心配も事故を起こす心配も、クロのおかげで無さそうだし、怖くはないけど、ちょっと他のドライバーに申し訳なくもあった。でも、ドライブはこうでなくちゃとも思う。ちょっと楽しくなってきた。

 脇道にある木々がすごい速度でこちらに向かってきては、彼方へ去っていく。わたしたちが往く田舎道からは、いつものように綺麗な星空が見えた。こんなに早いスピードで動いていても、星が遠く離れていくことはない。

 クロは、その後、オービスの場所を3回、他には猫や鹿が横切りそうなことを告げた。人は歩いていない。もう遅いし、こんな時間には地元の人も出歩いているわけがない。

 亜希さんは、運転に集中しているようで、それから沈黙を保っていた。静寂の中に、クロの鳴き声と予言だけが響いた。わたしは、少し眠くなり、うとうととし始める。いつの間にか意識は遠くへ飛んでしまっていた。

 目を覚ますと、時刻は23時20分頃であった。辺りは代わり映えしない山の中であり、いつになったら学園に着くのか、わたしにはさっぱりわからない。そもそも、こんな山の中に学校があるのか疑いたくなってくる。

 「あら、紗季ちゃん起きたの?」

 「はい、寝ちゃってすいません」

 「いいのよ。ただ、座っているのも退屈だものね。ところで、そろそろ着くみたいよ」

 「えっ、こんな何も無さそうな所なのに」

 「予言は国家機密だから、こういう所に作るしか無いのよ。ほら、見えてきたわ」

 見えてきたのは、粗末な鉄柵で作られた門だった。警備員が2人いる。彼等に、わたしたちの車は静止させられた。

 「身分証を見せて下さい」

 「はい」

 「ん?これは随分古い身分証ですね。こんな古いものは初めて見ましたよ。新しいのは無いんですか?それと、そちらの方のは?お二人の身分がしっかり確認できませんと、中に入れるわけにはいきませんね」

 「やっぱり駄目か。でも、わたしたちが並の予言者じゃないことは、そこに一人いる予言者が証明してくれると思うわ。わたしたちの予言できる?」

 わたしたちの車から離れ、門の前から見守っていたもう一人の警備員が、わたしたちの方へにじり寄ってきた。そして、使者を出す。気弱そうな彼の使者は、犬だった。どこか、その犬は怯えたような表情をしている。使者がその人の心を形作っているのは本当なのかもしれない。

 「イチ、この二人がここへ来た目的を予言しろ」

 イチというのが、その犬の名前のようだった。白いその犬は、わたしたちをじっと見つめ、少し悩んでいるようだった。

 「くぅーん」

 自信の無さそうな鳴き声と共に、その犬は首を振った。予言ができなかったという意思表示だろう。予言の力を持つ警備員は、納得した顔をしていた。

 「たしかに、あなた方はわたしより強い能力者なようだ。だが、それを証明出来たからといって、中に入れるわけにはいかない。敵のスパイかもしれないしな」

 「まあ、そうだとは思ったけどね。学長に電話してもらえる?」

 「我々に、そんな権限は無い」

 「まあ、そうよね。じゃあ、学長からあなたたちに電話させるわ」

 そう言って、亜希さんは、携帯電話と名刺を取り出して、名刺に書いてある番号をプッシュした。電話はすぐにつながったようである。

 「わたしは、嘉神亜希という者だけど、学長は留守かしら?・・・そう、お風呂に行ってるのね。それじゃ、緊急の用事だから、早く出るように言ってくれないかしら・・・お願いするわ」

 亜希さんは、ちょっと顔に怒りを浮かべて電話を切る。

 「あの爺ほんと使えないわねえ。こんな時間に呑気に風呂に入ってるなんて」

 亜希さんは、本当に学長のことが嫌いなようだ。亜希さんが、こんなに人を嫌うところを初めて見たけど、一体学長はどんなひどいことを亜希さんにしたのだろうか。

 「少しここで待たせてもらうわ」

 「構いませんが、他の車も通るので、脇に止めてくださいね」

 「わかったわ」

 警備員は、学長を罵倒している亜希さんを見て、少し尻込みしているようだった。学長は、かなり偉い人のようであるし、そんな人を人前でけなす亜希さんは、かなり度胸が座っていると思う。警備員からしてみれば、一体どんな立場にある人なのだと思うだろう。車を道路の端に寄せて、わたしたちは、学長からの電話を待った。数分してから、電話の呼び出し音が鳴る。

 「もしもし、学長?わたしの身分証はもう有効期限が切れてるみたいだから、あなたの権限で門を開けて欲しいんだけど・・・何しに来たって?用事があるからに決まってるじゃない。詳しい事は後で話すから、さっさと門開けてよ・・・わかった。学長室に行けばいいのね。それじゃ、解錠よろしく」

 亜希さんは、颯爽と電話を切り、ポケットに仕舞う。さらに数分後、警備員が慌てて、わたしたちの車の前に来た。

 「上の者から連絡がありまして、あなた達をすぐにお通しするようにとのことです。正門にも話が通っているそうなので、一応荷物などのチェックは受けてもらうと思いますが、通過できるようになっております」

 「そう、ありがとう」

 警備員は、目を丸くしてわたしたちを見送っていた。

 門を抜けても、わたしたちは林の中を走っていた。学園は一体どこにあるのだろうか?

 「亜希さん、学園がぜんぜん見えないんですけど」

 「ここから正門まで、2~30分ね。一般市民が入ってこないように、かなり気を使っているのよ」

 「なるほど」

 道は、びっくりするほどまっすぐで、変わり映えしない雑木林の中を車はひたすら進んでいく。最初は、冥と別れるのが我慢できないから、学園に転校しようとしか思っておらず、学園に対する興味なんてこれっぽっちもなかったのだが、いざ学園が近づくとだんだんとそれに対する好奇心が湧いてくる。

 「亜希さん、学園ってどんな所なんですか?」

 「わたしがいたのは、もう17年も前のことだから、随分変わっているかもしれないけど、当時はこんな山中にあるとは思えないほど都市化されてたわ。建築物や街の装飾は、最先端を行っていたし、街で売られているものも、時代の一歩先をリードしていたわ。予言で、流行は予測できるから、そういう商品が試験的に先取りされていることもあるの」

 「今でも、そうなんですかね?」

 「きっと、変わらないわね。日本がいくら不景気であるといっても、予言の研究機関である学園都市にお金を落とさないようになるとは考えられないもの。ここの良し悪しが日本の未来を大きく左右するのだし、ここにお金を落とさなかったら国の怠慢としか言い様がないわ」

 「手厳しいですね・・・でも、それなら可愛い服とか一杯あるんですか?」

 「あるわよ~、雑誌に載って無いこれから流行る商品を買うといいわ。こないだの約束、まだ果たされてないんでしょ?冥に、たくさん買わせるといいわ」

 「名案ですね!冥に会うのが楽しみになってきました!」

 田舎の生活には、特に不満は無かったけど、話しを聞いた限りでは、学園都市での生活はかなり面白そうだ。これから始まる都会での生活にワクワクしてきた。きっと刺激的な体験がたくさんできるのだろう。それにしても、亜希さんはどうして、その素晴らしい生活を捨ててしまったのだろう?

 「亜希さんも予言者だったんですよね?どうして辞めたんですか?」

 「うーんと、それはね・・・」

 亜希さんは返事に迷っているようだった。また、空気が読めない発言をしてしまったようだ。わたしはいつもこうだ。天真爛漫な子ねえと目上の人からよく評されることがあるが、それは空気が読めない子だということを遠まわしに指摘しているのだとわたしは知っている。だからと言って、空気が読めるように努力しても、なかなかそうなれないのがわたしなのだが。亜希さんは、少々時間を置いてから、意を決したように話し始めた。

 「実はね、わたし亨さんの前に付き合っていた人がいたの。結婚の約束もしていたくらいだった。彼は、わたしの部下で、たいして力は強くないけど真面目なカリスマだった。それに、亨さんのように誠実で正直な人で、わたしが初めて心を許した相手だった。でも、彼はわたしのせいで死んでしまった。それは、いつもと変わらない仕事だと思っていた。普段通りテキパキとこなしていったわ。ただ、わたしは、他人より強い自分の能力を過信しすぎて、背後に自分と同等の予言者とカリスマの存在があったことに気づかなかった。結果、わたしの判断ミスで彼を殺してしまったの。その失敗による彼の死に、わたしはショックを受けて、予言の力をほとんど失ったわ。普通の人に毛が生えた程度しか予言ができなくなってしまって、まったく仕事にならなくなってしまったの。学長は、わたしに長期間の暇を申し渡して、五月雨町での療養を命令したわ。茫然自失のわたしは、操り人形のようにその意見に従った。いつもなら、反発するところだけど、そんな元気はどこにも残っていなかった。それで、毎日毎日、何も考えずに頭を空っぽにして、生きるために最低限必要なことだけして過ごしたわ。ごはんを食べて、散歩して、読書して、洗濯して、掃除して、寝るだけの日々だった。すごく非生産的で、病気でもないのに重病人のようだった。何をしていても頭の中は、どこか別の方向を向いていた。たとえば、テレビを見ていても、テレビの内容はほとんど頭に入ってこなくて、なんだか別のことを考えていた。でも、その別のことが何だったかなんて、30分後にはもう覚えていなかったわ。五月雨町に来る前に、こういうことは、時間が解決してくれると学長はわたしに言ったわ。でも、何も変わらなかった。空虚な時間が一日一日と過ぎ去っていくだけで、予言の力も戻らないし、心の空白も埋まることはなかった。そんな時に、亨さんが現れたのよ。彼は、顔や背格好こそ全く似てないけれど、性格だけは瓜二つで、真っ直ぐで嘘のつけない人だったわ。性懲りも無く、何度も何度もわたしに会いに来て、少し呆れるほどだったけど、しだいに彼と会うことが一日の楽しみになっていったの。カレーを食べさせてあげた日に、わたし、予言を使ったの。あの街に来てから初めてクロを呼び出したわ。わたしが聞いた事はたった一つ。『この人と結婚したらわたしは幸せになれるかしら?』クロは『ニャー』とだけ鳴いた。それで、わたしは亨さんとお付き合いすることに決めたのよ。その時には、力は戻ってきていたみたいだったけど、予言の力が無くなったから、仕事を続けていけないという理由でわたしは退職を申し出たわ。学長は、わたしの力が戻っていることに当然勘付いていたけれど、退職については何も言わずに了承してくれたわ。クロに聞いたわけじゃないけど、わたしには分かっていたのよ。予言者として忙しい日々を送っていたら、また同じようなことになるんじゃないかって。今度は、亨さんを失うんじゃないかと思って怖かった。子供を作るのには、若干の不安があったわ。予言の力が遺伝するケースもあるの。でも、亨さんは、子供を欲しがったし、わたし自身も亨さんとの子供が欲しかった。だから、一か八かの賭けに出たわ。そして、冥がお腹にできた時に、不安がよぎったわ。冥の力は、わたしと同等かそれ以上だった。幸運だったのは、冥の力が強すぎて、誰にも感知できないことだった。あの子の未来は見えないから少しドキドキして待ったけど、案の定5歳になっても学園への案内は届かなかった。それから、わたしは子供をつくらないように気をつけた。冥はうまく逃れたけど、次の子が予言の力を持って生まれた場合、同じように逃れられるとは思えなかったの。けれど、ある日酔っていて油断して、光ができてしまった。光が生まれた時は落胆したわ。あの子は、予言の力を持って生まれてしまった。一般的な予言者の中では力が強い方だけど、決して見つからない程強い力を持っていなかったから。光も再来月で5歳になる。予言の世界と完全に縁を切ることができないのはどう足掻いても避けられない運命だったわ」

 亜希さんは、そこで長い話に一息ついた。不意に、アクセルを強く踏む。車は、時速120kmを超え、本日最高のスピードに達し、ジェットコースターに乗っているよりスリルがあった。エンジンは、ぐぉおおんと唸りをあげ、ちょっとうるさくもあるが、スリルを味わうにはうってつけのBGMでもあった。

 「誰にも悟られないように気をつけていたけど、わたしはずっと光が学園に連れて行かれることを恐怖していたの。どうすれば光を隠すことができるのか毎日考えていたわ。でも、打つ手が見つからなかった。このままでは、どうあってもあの子は連れて行かれてしまう。もし、あの子が、連れて行かれたらどうなるだろうと考えた。あの子は人当たりもいい性格だし、学園は厳しいところだけど、うまくやっていけるだろうとは思った。予言者を捨てて以来、滅多に出すことも無くなったクロにもこっそり聞いてみたけど、そういう返事だった。だから、光が幸せに生きていけるなら、その運命を甘んじて受け入れようかとも思った。けれども、そうすると、わたしの幸せな生活はどうなるの?光がいない生活なんて耐えられない」

 亜希さんは、悲痛な面持ちで話していた。常に強気な亜希さんから、このような弱気な顔を見たことは無く、それまでの亜希さんの人知れぬ苦悩を垣間見た気がした。

 「それでもタイムリミットは迫っていた。予言で、手紙がいつ来るかはわかっていたから、誰にも見つからないうちに、手紙を燃やして、関係者が来たら追い返してやろうと思っていたわ。そんな事をしても、最終的には光が連れて行かれることは分かっていた。結果は変わらない。でも、わたしにはそうすることしかできないことがわかっていた。奇跡が起きて、予言が覆ることを祈るしかなかった。予言者というのも、無力なものね。分かっていても、闘わなきゃいけない時があるのよ。それは、すごく虚しい努力。それでも、闘うしかないの」

 「わたしの力を使えば、その運命を変えることができたんじゃないですか?」

 「そうね。紗季ちゃんがカリスマだってことは知っていたわ。でも、あなたには極秘である予言者の話や、カリスマの話しをすることができなかった。話してしまえば、秘密を知ったあなたが学園に連れて行かれるかもしれない。あなたの運命はわたしにも読めない。リスクが大きすぎた。あなたが極秘事項を知らないまま、光が転校しないように手助けをしてくれるという策略は思いつかなかった。目的をはっきり伝えないとカリスマの力が著しく減退してしまうのよ。いくら紗季ちゃんでも、真実を知らないままじゃ効果が見込めないと思っていたわ。それだと、きっと光を助けることはできない」

 「だから誰にも話さなかったんですね」

「ええ、誰にも相談はできなかったわ。最後の望みはささやかな抵抗をすることだけだった。カリスマの能力を持たないものでも、未来を変えることが一生に一度か二度はできると言われているの。わたしは、それに賭けていた。宝くじのような一縷の望みにすべてを託していたのよ」

 「さっき言ったように、全員で移住することは考えていなかったんですか?」

 「それは、得策じゃないと思っていたの。全員で移住するということは、冥の能力が発見されてしまうということよ。あの都市で暮らしていて、見つからずに生活できるはずもないわ。自然と、冥は予言者学園に転校させられることになる。あの子の未来は見えないわ。それでも、あの子が予言者になったら辛いことがたくさんあることがわかる。あの子は世渡りが下手な不器用な子でしょ?いくら類稀な力を持っているからと言って、のうのうと生きていけるわけがないわ。逆に、その力があの子の心に重くのしかかかって来ることになる。予言できなくたって誰にでもわかることよ」

 強い力を持って学園生活を送ってきた亜希さんには、その辛さが見に染みてわかっているのだろう。すごく説得力がある言葉だった。それに、冥が頼りないことは幼馴染のわたしはよく知っているし、国を背負う大役を担えるような人物には到底見えなかった。いつか、竜馬みたいになれとは言ったけど、本当にそうなるには、すごく苦労をしなきゃいけないだろうなあとは思っていた。わたしが支えれば、なんとかそうさせる自信はあったけど、彼一人では絶望的だ。

 「わたしのせいで冥が巻き込まれちゃって・・・」

 こうなると責任は、わたしにあるような気がしてきた。冥が転校するきっかけを作ってしまったのはわたしだ。わたしが山になんて誘わなければ、冥が転校することはなかった。亜希さんは、こうなることを予言できないのだし、わたしが悪いのだ。

 「そんなことはないわ。避けられないことよ。紗季ちゃんのせいじゃない」

 「でも・・・」

 「わたしが過去から逃げていたことにも問題があるの。これは避けられないことだったのよ。わたしは立ち向かわなきゃいけなかったの。どっちにしろ、光を止めることはできなかったしね」

 亜希さんは、自分に言い聞かせるように言った。それでもわたしは責任を感じずにはいられない。光ちゃんが行く事は止められなくても、冥が行くことは無かった。

 「それでも、わたしに責任があります」

 「紗季ちゃんは頑固よね。ほんと、カリスマらしいわ」

 亜希さんは苦笑した。

 「紗季ちゃん、わたしね、あなたが冥の友達になってくれて本当に嬉しかったの。わたしには、同じような力を持った友人はただ一人もいなかった。だから、理解者を持つこともできず、ずっと孤独だったの。冥が生まれて絶望した面は、そういう所もあったわ。冥は、苦労するだろうと思った。子供の将来に暗い未来しか見えないと、親としては心苦しくて、自分を責めたくなるものよ。わたしは、冥を産んでしまった自分を責めた。けれど、亨さんの昔からの友人だった紗季ちゃんの両親に、あなたを紹介された時に、飛び上がるほど嬉しかった。あなたは、すごい力を持っているのが一目でわかった。予言者かカリスマかは、まだわからなかったけど、どっちにしろ良い友達になってくれそうだと思ったの。冥の未来に光明が見えた。そして、わたしの期待通りに、あなた達は仲良くなってくれたわ。だから、あなたに感謝こそすれ、非難する気持ちは微塵もないの」

 「そんな、わたし大したことしてないですよ」

 「そんなことないわ。冥の側に居てくれるだけで、わたしは嬉しかったの。わたしは亨さんという良きパートナーを見つけたけど、彼のような人に巡り合える確率は限りなく低いはずよ。気心知れた友人がいることは、冥の人生にとって大きな心の支えとなると思っていたわ。でも、あの子は転校したら、その支えを失ってしまうかもしれない。それは、冥が転校すると言った時のわたしの悩みの一つだった。だからと言って、紗季ちゃんを厳しいカリスマの道へ引きずり込む事はできない。あなたは、カリスマとして自由気ままに人生を謳歌できるのに、それを邪魔する権利は全くなかったし、そもそもそれについて喋ることはタブーだった。だから、あなたに言うつもりは無かったのよ。だから、紗季ちゃんの決心には何度頭を下げても下げたりないくらい感謝しているわ。冥と一緒に居てくれて、本当にありがとう」

 「そんな・・・亜希さんに頭を下げられるような事、わたし何もしてないです。全部わたしのわがままなんですよ」

 「わがままでも、結果的にあなたが冥の側に居てくれるなら、それはわたしがどんなにお礼を言っても足りないくらいの事なのよ」

 「そんなことないですよ」

 なんだか恥ずかしかった。わたしは、人から感謝されてしまうと照れてしまう。基本的に、わたしは自分の意のままに行動しているだけなのに、なぜか人から感謝されることがある。そんな時は、気恥ずかしすぎて戸惑って、微笑むことくらいしかできなくなってしまう。

 「後は、紗季ちゃんが冥のパートナーになってくれれば申し分ないんだけどね」

 「カリスマと予言者のパートナーですか?別に、いいですけど」

 「それも、お願いしたいけど、そうじゃないの。前も言ったけど、わたしの夢は紗季ちゃんを本当の娘にすることなのよ。だから、二人に結婚して欲しいの。冥もいないことだし、本当のところを教えてくれない?」

 今までの深刻そうな話から変わって、亜希さんは無邪気に笑ってそう言った。


◯ー冥視点―

 問い質した僕に紗季が提示した回答は以下のようなものである。

 「冥はわたしの奴隷なんだから、主人から離れちゃだめなの」

 後に続く言葉はなかった。彼女は満面の笑みを浮かべながら、辺りを見回したり、初めて見る予言の教科書を読むことに夢中になっていた。好奇心の塊である彼女が、このような珍しい場所に来て、目を輝かさないはずがないのだ。かといって、それだけで納得する俺ではない。昼食に彼女をカフェテラスに連れ出して、本格的に話しを聞き出そうと思った。彼女に言い寄る男子の包囲網を掻い潜り、何とかテラスの窓辺の席へと落ち着く。

 「いい景色!高校にこんな施設があるなんて、転校してよかった!」

 「ここの設備がいいから転校してきたのかよ。そもそもどうやって学園のことを知ったんだよ」

 「亜希さんが教えてくれた」

 軽い感じでさらっと言い放つ。俺の母親はあまりに口が軽すぎるのではないか。公務員が課せられる守秘義務のように、予言者に関しての情報を漏らすと罰せられるということを母は理解しているのだろうか?全く以って疑わしい。予言についてバラしたものとそれを知ってしまった人々は、それ以後厳重に監視されるということを学長と両親が会談した際に、固く申し渡されたはずだ。元々予言者である母はそのような注意を受けずとも先刻承知であるはずなのに、そんな暴挙を犯すとは。けれども、いくら予言者が監視したところで、母が紗季にしゃべったかどうかを調べる術は無いのだし、問題ないのかもしれない。うちの母親はその辺を如才無くやるから、あの二人にたいていの予言者の力は通用しないところまできっと計算しているのだろう。だから、知ったところで、紗季がそれを秘匿するのであれば、真実を知ったままに何も起きず終わるだけだ。彼女が行動をしなければ、こんな事にはならなかった。

 「それじゃ聞いただろう?紗季、お前日本のために働きたいのか?お前の壮大な夢を達成する第一歩として、いいチャンスだとでも思ったのか?」

 「別に、日本のために働くとか、どうでもいい。人助けは嫌いじゃないけど、日本のために生きようとか考えたこともない。面白そうだから来たの。ただそれだけ」

 「そうなのか?まあいいや。とりあえず、注文しようか」

 納得の行く回答では無かったが、これ以上問い詰めてもそれ以上の話は聞けそうに無い。非生産的なことに拘っているよりも、さっさと昼食を食べる方が生産的である。渡されていたメニューを開くと、中身はランチメニューになっていて、昨日見たものとは若干内容に違いがあった。通常メニューはそのまま残されてはいるが、お金の無い学生の事を考慮してか、A定食とB定食がAランチとBランチに置き換わっており、両方とも700円だった値段が500円に引き下げられていた。紗季と落ち着いて話すために、無料の食堂を避けここへ来たが、お小遣いが多いわけでもない俺に、昼食という出費は痛いため、リーズナブルなランチメニューを頼むことにした。入り口にあるメニューを予め確認しておいたが、和食が基本のAランチは、月見うどんに漬物とデザートがついたセットであり、B定食はボンゴレにサラダとスープがついていた。今日は、うどんの気分だったので、Aランチを頼むことにした。

 「俺は決まったけど、紗季は決まった?」

 「うん、わたしBランチにする」

 「じゃあ、呼ぶよ。すいませーん。」

 手を上げて、店員を呼ぶ。注文の受付にやって来たのは、俺のお気に入りのメイドであった。今日も相変わらぬ可愛さを誇っている。窓から降り注ぐ太陽の光に照らされる彼女も実にいいものだ。

 「ご注文はお決まりでしょうか?」 

 「AランチとBランチ1つずつ」

 「AランチとBランチですね。かしこまりました。少々お待ちください」

 注文を取り終えると、逃げるように素早く俺たちの席から去っていく。この時間帯の彼女は、実に忙しそうである。やはり俺が予感した通りに、彼女目当てで通っている男子高校生が、そこかしこに群がっていて、多くの視線を浴びていた。他にもメイド服姿をした店員は、数名いるのにもかかわらず、

 「リムちゃ~ん、注文おねが~い!」

とわざわざ彼女を指名している人もいるくらいであった。それにしても、あちこちと飛び回って大変そうなのに、表情に微塵もそれを出さない彼女は流石である。無表情を保ち続けるのは、作り笑顔で接客する他のメイド達よりも大変なのではなかろうか。けれども、それが彼女の自然体であり、一番楽な方法なのかもしれない。一方で、ファンたちはニコリともしてくれない彼女にヘコミはしないのだろうか。もしかしたら、彼女が自分にだけ微笑んでくれる日が来ることを夢見ているのか。そんなことは、宝くじに当たるより有り得ないことだと彼等は知らないのだ。または、知ってはいても夢を見たいのだろう。俺も彼女を眺められれば幸せだから、人のことは言えないけれど。

 「ちょっと、何見てるの?」

 空想に浸っていた俺が紗季の方を向くと、彼女は怪訝な眼差しで俺を見ていた。

 「えっと、お昼は忙しそうだなあと思って」

 「へー、ずっと注文取りに来てくれたメイドさんばっかり見てたようだけど?」

 「そんなことないよ。店内がどんな感じか観察してたんだよ」

 「昨日も来たんじゃなかったっけ?」

 「いや、昼の方がお客さん多いなあと思って、それにあれ見てよ。男子生徒はみんなあのメイドの方ばっかり見てるんだよ。無料の学食があるのにこれだけのお客さんがいるのはあれが理由だよ。あれがこの店が繁盛する秘密なのかと思って、観察してたんだよ」

 「ふーん、それで冥もその一人だってことね」

 「そんなことないって」

 訝しげな表情とすべてを見透かしたような紗季の綺麗な瞳に、ドギマギしながらもしらを切り通そうと努めた。嘘が下手なことに定評がある俺が、そんな努力をしたって無駄な事ではあるかもしれないが、俺にできることはそれだけだ。認めてしまえば、これから紗季にどんな目で見られるかわかったものではない。

 「まあいいけど。あっそうだ、わたしもここでバイトしようかな~」

 先程までの顔とは打って変わり、その閃きで彼女の表情はパァッと輝きを示す。

 「バイトって・・・ここ高校生雇ってくれるのか?」

 「だって、あの子もここの生徒なんじゃないの?」

 「いや、知らないけど、たしかにそうかもな」

 たしかに、俺のお気に入りのメイドは、同い年くらいに見える。もしかしたらここの生徒であるかもしれないとは思っていた。予言ができれば断定できるのだろうが、俺はまだ使者を持たないし、断定する術はなかった。

 「なら、きっとそうね。ここは学費もかからなくていいけど、一人暮らしとなればやっぱり色々お金がかかるし、親に迷惑かけないために、わたしアルバイトしようと思ってたのよ」

 「そうか?ここは何でも支給されるし、家にいるより金がかからないんじゃないかと思ってたけど」

 「女の子は色々お金がかかるの。男とは違うんだから」

 「そういうもんかなあ。でも、予言者は予言の力を使ったアルバイトができるし、そのアルバイト代がいいから、お金には困らないって聞いたぞ」

 「そうなの?でも、わたしはカリスマだから冥とは違うかもよ」

 「そうだな。その辺に詳しい人がいればいいけど」

 「カリスマはアルバイトの口が少ないのう」

 「!?」

 突然、現れたのは学長であった。

 「ここいいかのう?」

 「あっ、学長さん!それにドラちゃん!こんにちは!どうぞ座って下さい」

 「こんにちは紗季ちゃん。それに冥も」

 紗季の勧めに従って、丸テーブルに4つ置かれた席に向かい合わせに座って話していた俺と紗季のテーブルに学長は座る。俺から見て右側、紗季から見て左側の位置に学長は陣取った。ドラちゃんは、学長の膝に降り立ち、丸くなって眠ってしまった。

 「学長、随分都合のいいタイミングで登場しますね」

 「いつ出たらいいか遠くからタイミングを伺っていたからのう」

 「なんで、そんなことしてるんですか・・・」

 「だってわしシャイじゃから」

 「学長、あなたそんな人じゃないでしょう?」

 「ふぉっふぉっふぉっ、まあいいではないか」

 「アルバイトの話なんですけど、カリスマは仕事の口が少ないって本当ですか?」

 紗季が待ち切れないように、学長に質問をぶつける。

 「カリスマ能力というのは誰しもが大なり小なり保持しているものじゃし、稀有な能力である予言者ほど人材が不足しているわけじゃないんじゃ。基本的には予言者の命令を遂行する雑用係じゃし、わざわざ学生を借り出すまでもないんじゃよ」

 「みんな持っているのに、カリスマとわざわざ呼ぶのはなぜですか?」

 「小さすぎると役に立たんから、わしらの業界でカリスマとは一定の基準を超えるもの達のことを指している。業界内での便宜じゃよ」

 「ってことは、冥も学長さんもカリスマ能力を持ってるの?」

 「そうじゃよ。紗季ちゃんほどじゃないが、わしらもカリスマ能力を持っとる」

 「なんかずるいですね。予言もできて、未来も変えられるなんて・・・」

 紗季はふくれっ面をしていた。

 「未来を変えるにはわしらの力は弱すぎるがのう。わしは紗季ちゃんみたいな強いカリスマ能力を持っている方が羨ましいのう。そうじゃろ、冥?」

 「たしかに、未来を思いのままにできる方がよっぽどいいですね」

 「わたしは、予言者の方がカッコイイと思うけどなあ。そうだ、わたしが願えば、予言の能力を獲得できるかな?」

 「古くからカリスマの中で、そういう願望を持った人がいなかったわけじゃないが、成功例は見たことがないのう。流石に、カリスマの能力の範囲を超えているようじゃな」

 「そうですか・・・」

 残念そうに紗季は言った。しかし、カリスマ能力と予言の能力を両方とも持っていたら、鬼に金棒であろう。ただでさえ、紗季の人生はチートがかっているのに、そんなことを許したらチートでは済まなくなってしまう。そんな未来が来ない事を祈りたい。

 「じゃが、紗季ちゃんほどの力を持っていれば、仕事の以来が来ないとも限らんのう。今まで、紗季ちゃんほどのカリスマ能力者が学園に通っていた例は無いから、なんとも言えんところじゃが。ただ、ここでバイトしたいならわしが口利きしてやらんこともないぞ」

 「本当ですか!是非お願いします!」

 紗季の表情がまた輝いた。落ち込んだり喜んだり忙しいやつだ。

 「ここのマスターとわしは知り合いじゃからな。簡単じゃよ。それに、マスターも紗季ちゃんなら大歓迎してくれるじゃろう。リムちゃんと共にカフェの二枚看板になれる」

 「わたし、メイド服着てみたかったんですよ。楽しみです」

 無邪気な笑顔を浮かべ、紗季は喜んでいた。紗季のメイド服姿を想像したが、悪く無いような気がした。ミニスカでニーソ姿の紗季を期待してしまう自分がいたのだ。ただ、リムちゃんと紗季が二枚看板になってしまうと、ここに来る男達がさらに増えるはずである。そう思うとなんだか複雑な気分であった。ふと、辺りを見渡すと、周りの学生たちの視線が俺達の方に注がれていた。学長が、学生達の間で有名であるのは当然であろうし、紗季も人目を引く美貌をしている。その二人が一緒に話していれば、周りが気にしないはずもなかった。そして、人畜無害な路傍の石である俺も、そのとばっちりを受けてしまうわけであり、非常に迷惑なことではある。リムちゃんに集まっていた注目は、今ではこちらに向けられていた。

 「学長、場所変えませんか?」

 「ん?そうじゃな、じゃあこっちへ」

 学長は、席を立ち、俺たちを調理場の方へ誘導しながら歩いて行く。調理場は小さな小屋のような建物であり、食事を置くカウンターから調理の様子が見えるような造りになっていた。カウンターに置かれた料理を忙しそうにメイドたちが運び、まだ料理ができていない注文票もたくさん置かれていた。

 学長は勝手にドアを開けて二階へ上がっていく。勝手に入って怒られないのかなあと少し不安に思いながらも、俺は学長の後ろをついていく。紗季は、特に不安な様子も無く、わくわくして二階へ上がっていった。二階には更衣室と休憩室と書かれた部屋があり、学長はノックを二回して中へ入っていく。

 「マスター邪魔するのう」

 40代前後で顎髭を蓄えたマスターは、学長が入ってくるのに気づくと、吸っていたタバコの火を灰皿に押し付け

 「仙崎さんじゃないですか。どうぞどうぞ」

 と笑顔で言った。

 「ちょっと周りが騒がしくてのう。いつものようにここで食べさせてくれんかのう」

 「ええ、構いませんよ。ところで、そちらの二人の連れはどなたですか?」

 「今日転校してきた冥と紗季ちゃんじゃ」

 「へー、君が噂の冥君か。意外と普通の高校生なんだね」

 俺を形容する言葉は普通しかないのだろうか。自分でも普通とか、一般人とかいう言葉を自分に対して使うが、人から言われるとなんだか嫌になってしまう。自分で言うのと人から言われるのでは印象が違うものだ。

 「転校生は一人と聞いていましたが、こちらの可愛い子はどうしてここへ転校してきたんですか?」

 「まあ、色々あってのう。この子はカリスマとして強い力を持っているから帝王学でも学ばせようかと思っておる。そんなことより、聞きたいのは別のことじゃろう?」

 「流石にお見通しですね。話が早い。率直に言いましょう、紗季ちゃんをうちで働かせてくれませんか?」

 「この子もやりたいと言っておるし、構わんじゃろう」

 「本当ですか!それじゃ、よろしくね紗季ちゃん!」

 そう言って、マスターは紗季に手を差し出した。紗季はすぐに手を握り締めて、

 「こちらの方こそ、よろしくお願いします」

 と嬉しそうに答えた。

 「それじゃ、早速衣装合わせをしよう!隣に更衣室があるから、こっちに来てくれ」

 「はい!」

 「仙崎さん、二人の料理はこちらへ運ばせるようにしておきます。仙崎さんは、いつものでいいんですよね?」

 「うむ、頼んだ。食後のコーヒーはマスターが淹れてくれるかのう」

 「わかってますよ。じゃあ、紗季ちゃんを借りていきますね」

 「うむ」

 そして、紗季とマスターは部屋を出ていき、俺と学長は休憩室に置かれた粗末なパイプ椅子に向かいあって座る。学長は、テーブルの上に置かれていたお茶碗を二つ取って、抹茶の粉を入れてから、電気ポットでお湯を入れて俺に差し出した。お礼を言いながら受け取り、熱いお茶をすすった。学長も飲みながら外の景色を眺めくつろいでいた。ここはテラスの座席よりも少しだけ高い位置にあって、眺めが少しだけ良いような気がした。数分のくつろぎの後で、俺は静寂を破り、真実を問う。

 「学長、紗季はどうして来たんですか?」

 「なんじゃ、紗季ちゃんから聞かなかったのか?」

 「あいつは、適当なことしか教えてくれないんですよ」

 「そうか、まあいいじゃろう」

 

 昨日の電話の主は、母だったらしい。母は学長室に乗り込み、紗季を転校させるように学長に掛け合ったそうだ。その学長がクリスティーさんに言って、母に手渡したものは、紗季の入学手続きの書類であった。

 「来ると思っておったよ。これはクリスティーに用意させておいた。紗季ちゃんの両親に持っていってあげなさい。両親のサインがまだじゃから、転校の手続きは正式に完了していないが、わしの権限で明日から通わせることにするかのう。彼女の両親はサインするじゃろう?」

 「紗季ちゃんの両親は、紗季ちゃんの頼みを断らないわね。なんだか、またあなたの手の上で踊らされていたようで、気分が悪いわ。まあ、紗季ちゃんのためになるからいいけど」

 「亜希もこうなることは薄々わかっていたじゃろう?それじゃ、紗季ちゃんは、この書類にサインを頼むのう。内容は、読んでも読まなくても構わん」

 紗季は、内容も読まず、サラサラとその書類にサインをしたそうだ。詐欺師の書類だったら大事になってしまうのだから、書類にサインをする前にはしっかり確認をすべきなのに、無用心なものである。

 「理事長さんじゃなくて、学長さんだったんですね。これからよろしくお願いします」

 紗季は、笑顔で学長に向かってお辞儀をしたそうだ。

 

 「紗季はここに来た理由を何て言ってました?」

 「さあのう。特にそれについては聞かなかったんじゃ。本人に直接聞いたらどうじゃ?」

 「教えてくれないんですよ」

 「ふむ。だいたい察しはつくが、こればっかりはわしの口から言うわけにもいかんしのう」

 ニヤニヤしながら、学長はお茶をすすっていた。わかるなら教えてくれたっていいだろうに、性格の悪い人だ。昨夜の感動を返して欲しいものだ。

 「そういえば、亜希がここへ引っ越してくると言っておったよ」

 「母さんが?どうして?」

 「家族は一緒に暮らしたほうがいいとやっぱり思ったそうじゃ。わしの部下としてまたコキ使ってやろうと思っておる」

 「予言者として復帰するってことですか?」

 「そうじゃな。それが、わしが紗季ちゃんの転校と引換えに出した条件じゃよ。世の中、タダでは何事も進まんからのう。紗季ちゃんの転校を支援した手数料じゃよ」

 「紗季の希望なんだから、母さんが代償を払う必要は無いでしょう?」

 「しかし、亜希が頼まなければ、紗季ちゃんは転校できんかった。亜希は、そうなることを覚悟していたようじゃよ。それに、ここへ引っ越して学園都市内で仕事をするにしても、亜希ほどの能力者に、能力を持たない人々と同じ仕事をさせておくわけにもいかんしのう」

 「父さんに仕事をさせればいいじゃないですか」

 「産休でも無いのに、予言者が働かずにいる状況を国が許すと思うか?望むなら、父親を働きに出すこともできるが、亜希も仕事をすることを要請されるに決まっておる。亜希が仕事をせずに学園都市内で暮らすことはできんよ」

 「力を持つものは、力を使う義務があるってことですか」

 「そのとおりじゃ」

 だからと言って、母がまた予言者として働くことには抵抗があった。母は、予言者であることを捨て、二度と戻らないことを決意していたであろうに、こうなってしまったのも俺の責任であるのか・・・。

 「冥、気にすることはない。こうなる運命だったのじゃ。お主のせいではない」

 「でも、俺が発見されなければ、母さんは・・・」

 「いや、山で怪我をせずとも、お主はいつか見つかるはずじゃったし、亜希もいつか予言者として働かねばならぬ日が来たはずじゃ」

 「それは、予言ですか?」

 「予言しなくてもわかることじゃよ。避けることはできないんじゃ。受け入れよ」

 「そんな事を言われても」

 俺は、自分が予言者になることを覚悟した。しかし、母がまた予言者として働くことは、気が咎めた。その事実を受け入れるには時間がかかる。

 「それがどんなに受け入れがたい運命でも、運命を受け入れることが必要じゃ。予言者として生きていく中で、辛い未来が視えることがたくさんあるじゃろう。じゃが、それを受け入れて前へ進んで行くことが出来なければ、予言者として生きていくことはできん。大事なのは受け入れてから、どうするかだ。受け入れてから、お主はどうする?」

 「俺は・・・予言者として力をつけて、母を助けたいです。いえ、母だけじゃなくて、紗季も、俺の大事な人を支えられるようになりたいです」

 学長は満足気な表情で、お茶を飲み干してから、

 「それなら、ここで頑張って勉強することじゃ」

 と言った。

 「頑張ります」

 自分に言い聞かせるように、俺はそう答えた。そうだ、今日から俺は頑張らねばならないのだ。午前は、普通の高校の授業と変わらなかったが、午後からは東宮さんとの予言の授業がある。まずは学長のように使者を出せるようにならねばならない。

 「そういえば、学長。教えられたらすぐにドラちゃんが出せたって話、本当ですか?」

 「本当じゃよ。亜希もすぐ出せたって言っておったのう。お主もできるかもしれんのう」

 「じゃあ、教えて下さいよ」

 「いいじゃろう。甘露は、予言者じゃないからこれを教えるのは難しいじゃろうしな。まずは、坐禅を組むんじゃ。椅子の上じゃやりにくいだろうから床の上でやるといいのう」

 「床で坐禅ですか?汚れちゃいますよ」

 「まあ、リムちゃん達が綺麗に掃除してるからそんなにズボンも汚れんじゃろ。わしがレッスンしてやることなんて滅多に無いことなんじゃから、さっさと座れ」

 「わかりましたよ」

 ここは土足でも無いので、たしかに汚れたとしてもたかがしれているだろう。さっさと座ることにした。床に座り、右足を左股の上、それから左足を右足の上にのせ、足を組んだ。

 「ふむ、正式な組み方じゃな。どこで覚えた?」

 「昔、テレビで見て真似して遊んでいたので、覚えていました」

 「そうか、この組み方は結跏趺坐といってのう。組めない人には、半跏趺坐というのもあるんじゃが、お前さんはまだ若くて体が柔らかいから、それでいいじゃろう。背筋もしっかり伸ばすんじゃ。その方が腰を痛めんからな」

 「結構足が痛いので、楽な方がいいんですけど」

 「若者が楽をしちゃいかん。さて、手はわかっておると思うがこうじゃ」

 そう言って、学長は右手と左手の手のひらを重ね、親指の先同士をくっつけ、円を描くような形を作った。これもテレビで見たことがあり、すぐ真似をした。

 「よし、目を閉じて精神を統一するんじゃ」

 「はい・・・・・・どう精神を統一するんですか?」

 いきなり、精神を統一しろと言われても、何をしていいわからない。何も考えないようにしてればいいのだろうか?

 「まず頭を空っぽにしろ。と言っても初心者には難しいじゃろうから、呼吸を整えることから始めよ。呼吸を調えることで、心も調えられる。腹式呼吸はできるな?それで深呼吸するんじゃ」

 俺は、目を閉じたまま鼻から深く息を吸い込み、お腹を膨らませ、フーっと口から息を吐き出した。これを何度も繰り返す。繰り返しているうちに、頭の中がクリアになっていくような感じがしてきた。精神を統一するというのはこういう気持ちなのだろうか。昔の人の知恵というのはやはりすごい。

 「よし、そろそろ精神統一ができたころじゃな。それじゃ、そのまま使者をイメージする作業に入る。頭の中に、自分の好きな形の使者を思い浮かべるんじゃ」

 「いきなり言われても、そんなの思い浮かびませんよ」

 「なんでもいいんじゃよ。自分の好きな動物や思い出のものをイメージせい。わしも、幼い頃、龍がカッコイイと思って使者にしたんじゃ。たいていそんなもんじゃよ。じゃが、本人が本当に求めているものじゃないと、いつまで経っても具現化されんがな」

 「俺が求めてるもの・・・」

 「早くせんと、そろそろ昼飯が来てまうぞ。そうじゃな、思い出のヒグマなんかどうじゃ?」

 「あんな負の思い出の生物を使者になんてしたくありませんよ」

 「カッコイイと思うがのう。まあ、何でもいいからさっさと決めい」

 「ええっと・・・」

 優柔不断な俺は、こういう選択肢がまるで用意されていない、自分で一から考えるものが苦手であった。小学生の頃、図画工作の時間に、好きな絵を書く授業があったのだが、2時間続けての授業の1時間目は、ずっと何にするかを考えていた記憶がある。結局、何にしたのかは忘れてしまったが、時間ギリギリまで考え、慌てて書いたような気がする。

 「ふむ、無理かのう・・・まあゆっくり決めてもいいがのう」

 「いえ、今すぐ決めます」

 俺は変わらなければならない。こういう決断がすぐにできるようにならなければきっと予言者なんて務まらない。何か、何かないだろうか?脳をフル回転させるが、何も思い浮かばない。人が急に代わるの無理なのか・・・。

 「苦しんどるようじゃが、こういうのは思い出のあるものなんかをイメージするといいんじゃよ。わしも、実家に飾ってあった龍の絵が元になっておる」

 「なるほど、昔の思い出ですか・・・」

 動物の思い出と言えば、小学生の頃、俺の家族と紗季の家族で一緒に動物園へ行ったことが思い出された。あの時、俺は・・・。

 「決めました」

 「そうか、それを頭の中にありありとイメージできたかのう」

 「はい、しっかり見てたので、昨日のことのようにイメージできてます」

 「よし、次にそのイメージしたものを外部に創りだせ。自分の頭の中ではなく自分の目の前に、それがいることをイメージしろ!眼前にそれがしっかりとイメージされてから目を開けた時、それが具現化されているじゃろう」

 「わかりました」

 俺は、イメージしたものが目の前に創造され、リアルに存在するのだと念じた。ゆっくりと深呼吸をしながら描くそのイメージは、だんだんと眼前に浮かび上がってくるように思え、輪郭などがくっきりと現れてきたように感じた。ボケたイメージのピントが次第に合い始め、ついに俺の使者が目の前に現れたと感じた瞬間に俺は瞼を開けた。

 「できました!」

 目の前に俺の使者がチョコンと立っていた。

 「ペンギンか!ふむ、強そうじゃないが、お主にぴったりかもしれんのう」

 「昔、家族で動物園に行った時に、ペンギンが気に入って、ひと通り回った後に、ペンギンの檻の前でずっと彼等を見ていたのを思い出したんですよ。紗季には、他の所を見に行こうとせがまれましたけど、俺はペンギンの前から離れませんでしたね」

 「確かにペンギンは可愛いからのう」

 「ええ、彼等はずっと首を傾けたまま同じ姿勢で動きませんでしたが、その堂々とした姿勢がカッコイイと思って気に入ったんですかねえ。まさに仁王立ちといった感じでした」

 「たしかに可愛いが、ペンギンばっかり見てるやつも珍しいのう。ふぉっふぉっふぉっ。まあ、これでお主も予言者としての一歩を踏み出したわけじゃ。おめでとう」

 「ありがとうございます!」

 「さて、名前じゃがどうするかのう?小学生の頃に名前をつけるやつが多いから、たいていのやつはシンプルな名前をつけるんじゃがな。わしは、ドラちゃんじゃし、亜希はクロと名付けておったのう」

 「母さんの使者って、どんな感じなんですか?」

 「美しい毛並みをした黒猫じゃよ。だからクロじゃ」

 「そうなんですか」

 母が黒猫を使者にしている所を見ると、俺との整合性はまったく見られない。親子で使者が似るということは無いのかもしれない。さて、速やかな決断により使者を創り出すことに成功したが、名前を早急に決めるべきかどうかというと、別問題である。我が分身である使者の特性を見極めてから、ふさわしい名前をつけてやるのが親心というものではないか。自分の子供の名前をつけるために、何日も苦悩する人がいるくらいだし、こればっかりはゆっくり考えても問題あるまい。

 「名前は、使者の特性を見て、ゆっくり決めますよ」

 「そうじゃな。名前に関しては即決する必要もないじゃろう」

 晴れ晴れした気持ちで俺は、使者であるペンギンを抱き上げた。このペンギンが俺の使者である。あの日見た、キングペンギンのように気高いが、彼よりサイズは小さめで表情もコミカルだ。ヌイグルミのように愛くるしい俺の使者からは表情が読み取りづらいが、その無表情の顔も非常に愛くるしかった。けれども、学長のドラちゃんのように飛べるわけでもないし、少し不便なような気もした。

 「学長、僕のペンギンはドラちゃんのように飛べませんし、移動が不便のように思うのですが・・・」

 「たしかに、俊敏そうでは無いのう。頭の上に乗せるか、抱きかかえていけばいいじゃろう。そんな大した問題ではないぞ。お主の意識が創り出すものじゃし、お主から遠くに離れたら消えてしまう。早く動かす方法もあるにはあるが、今のところは出さないという方法が一番良いかのう」

 「そうですね。大事にしますよ」

 「使者を常に出していると、体力が急減するから気をつけよ。使者を維持するには、相当な集中力を必要とするんじゃ」

 「でも、学長はいつも出しているじゃないですか」

 「わしには、国を守る責務があるのでな。常に鍛錬が欠かせんのじゃ。これも訓練の一貫なんじゃよ」

 「そうなんですか。てっきり一人だと寂しいからドラちゃんと遊んでるのかと思ってました」

 「まあ、それもあるんじゃが」

 学長は屈託無く笑った。寂しいからという理由で集中力を削ってまで使者を出すのもどうかとは思うが、俺自身も同じ事をやりかねないので、あまり人のことは言えない。

 それから、パイプ椅子に座って机の上に乗せた使者と遊んでいると、ドアをノックする音がした。

 「来たようじゃのう」

 扉がガチャリと開く。現れたのは、メイド姿をして料理のお盆を持った紗季であった。一瞬見とれてしまった。リムちゃんとは違った良さが、紗季にはあった。リムちゃんは全身がスレンダーな少女であるが、紗季は出る所は出ているスタイルがいいタイプだ。短めのスカートとニーソの間にある絶対領域、そのムチッとした肉感のある白い太ももに、健康的な男子なら興奮しないはずが無いだろう。そして、胸の形は強調される造りとなっており、服の上から見た紗季の胸は以前より膨らみが増したようなボリュームがあり、CカップからDカップに成長しているのではないかと思う。胸のラインの美しさにも目が奪われることは間違いない。また、メイド服には欠かせない白いカチューシャも紗季の整った顔を一層引き立てた。この非日常空間を煽るアイテムは、メイドには欠かせないものであり、その破壊力は抜群であることを実感した。

 「おまたせしました。予言者カレーとAランチです」

 紗季は、メイドとしての作法を崩さず、丁寧に俺と学長に料理を配膳した。俺は、お腹が空いていたはずなのに、料理にも目が入らず、紗季の一挙一動を見つめていた。紗季の手や指が普段には感じられないほどに、艶やかに見え、常に絶やさない微笑みは天使のようであった。血迷って、結婚を申し込もうかと思うほどであった。

 「ご注文は以上でよろしいでしょうか」

 「いいじゃろう」

 「ごゆっくりお楽しみ下さい」

 そう言ってから、紗季は慇懃にお辞儀をして部屋から出ていった。

 そして、部屋の扉がしまった途端に、扉は勢いよく開けられた。

 「ねえ、どうだった?」

 先程までの淑女然とした彼女はどこへやら、いつもの元気な紗季に戻り、俺達の方に駆け寄って感想を聞く。

 「完璧じゃ。これで、カフェに行列ができること間違いなしじゃな。マスター」

 「そうですね。紗季ちゃんに合うサイズ見つけるのに時間がかかりましたが、メイド服を着た紗季ちゃんを見た時に、リムちゃんを見た時と同じ感動を味わいましたよ」

 紗季の後ろから、紗季のBランチを持って入ってきたマスターはニコニコとそう話した。

 「あの子も、可愛かったからのう。わしの推薦は正解じゃったろう?」

 「はい、学長!またいい子がいたら頼みますよ!」

 「うむ、しかし、もう高校生は全員チェックし終わっていて、該当者が見つからんから、次の期待は中学生じゃのう」

 「そうですか・・・でも暫くは紗季ちゃんとリムちゃんの二枚看板で十分すぎるほどですよ。中学生のチェックよろしくお願いしますね」

 「任せておくんじゃ。わしとマスターの仲じゃ、大船に乗ったつもりで待っていれば良いのう。ふぉっふぉっふぉっ」

 学長は高笑いをした。一体この二人の関係は何なのだろうと不思議に思っていると、紗季が俺の隣に座った。

 「冥、わたしのメイド服姿どう?」

 直接聞かれると言いづらい。メイド服姿の紗季が眩しすぎて、紗季の方を直視できず、緊張しながら紗季の方とペンギンの方を交互に見てあたふたする。

 「やっぱりリムちゃんの方が可愛いの?」

 そう言って、スネたような顔をする紗季がまた非常に可愛くて、余計返答に困ってしまう。

 「そんなこと無いよ。すごくその・・・可愛い・・・と思う・・・」

 「本当?」

 紗季の表情がまた笑顔に変わる。どうにでもなれと思って、俺は口を開いた。

 「そう、いつもの紗季とはぜんぜん印象が違って、可愛いなあと思ったよ。そういう、仕草もできるならどうしていつもやらないのかなあってさ」

 しかし、彼女はまた不機嫌になってしまった。

 「じゃあ、いつもは可愛く無いってことなの?」

 「いや、うーんとその・・・」

 返答に窮した俺は使者に助けを求めたくなり、ペンギンの方を見たが、微動だにせず我々をジーっと見つめるだけだった。紗季に予言の力が通用すれば、正解を導き出すこともできたろうに、こんな時に役に立たない予言の能力の虚しさを恨んだ。俺がオロオロして煮え切らないことに呆れたのか、紗季は、

 「まあ、いいわ。これくらいで許してあげる」

 と笑って言ってから、ペンギンを抱き上げた。

 「可愛いね。これが冥の使者?」

 ドラちゃんを撫でていた時と同じように、ペンギンを抱きかかえながら撫でていた。

 「うん。さっき学長に教わって、使者を創りだしたんだよ」

 「名前は?」

 「うーんと、まだ考え中」

 「ふーん、じゃあわたしがつけてあげる」

 紗季は、数秒考えただけで、

 「ペンちゃん。お前は今日からペンちゃんだよ」

 と俺の使者の名前を勝手に決めてしまった。

 「ちょっと待て、俺の使者なんだから、俺がしっかりと命名するよ」

 「そう、それなら山での失態についてのお詫びがまだだったから、きっかり払ってね」

 笑顔で言ったその言葉は、明らかに脅迫であり、怒った顔より恐ろしい印象を俺に与えていた。

 「いや、それとこれとは話が違うじゃない」

 「冥が、伸ばし伸ばしにするからたっぷり利子が貯まってるの。覚悟しておいてね」

 形勢は明らかに不利であった。しかし、一縷の望みを託して、学長に助けを求めてみる。

 「学長、こんな決め方、ダメですよね」

 「別にいいんじゃないかのう」

 彼は面白そうな物を見る目をしながら、笑ってそういった。

 「そうそう、使者の名前はシンプルな物をつけたほうがいいよ。正式名称をつけてから愛称で呼ぶ人も多いけど、呼ぶことのない正式名称をわざわざつける必要は無いよ。ペンちゃんって、シンプルでいいじゃない。まあ、僕には見えないけどね」

 マスターは俺のペンギンを見たこともないのに無責任なことを言った。もう降参するより他は無かった。

 「わかりました。ペンで・・・」

 「決定ね♪ペンちゃんこれからよろしくね~」

 紗季は弾けるような最高の笑顔で、ペンちゃんを撫でていた。

 これから俺たちの学園生活が始まる。なんだかんだ言って、一人寂しく過ごすより紗季が居てくれることが俺には有り難いことかもしれない。ペンという新しい仲間も加わり、きっとそれなりに楽しくこれからの学園生活を過ごしていけるだろう。そうなることを期待している。俺が感慨に耽りながら、Aランチを食べていると、急に紗季が

 「冥、山のお詫びは許すけど、わたしのメイド姿をちゃんと褒めなかったことは許してないからね。罰として、週末はわたしに奢ってね」

 と妖しい笑みと共に言った。

 前言を撤回したい。俺は、紗季とのこれからの学園生活が受難に満ちていることを感じずにはいられなかった。

正直、本編はこれからなのだ。

設定も実は細かく考えてあり、資料を残してあるのだが、使える部分まで進まなかった。

だから、いつか続編を書きたいとは思っている。

応募するくらいだから、面白いところを抽出すべきだという指摘があるかもしれないし、それは当然のことだと私も思うが、削ると面白くなくなると思ってしまった。

全体としての面白さはそれで損なわれると思ったから、そうしなかった。

もちろん、全部書いたとしても、つまらないという評価しかこないかもしれないけどwwww

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