入隊試験(3)
道場は住居区から少し離れた別棟にあった。
中に入って驚く。
竹刀を交える者たちもいたが、それ以上に物見のように道場の端に集まった男たちが山といた。
中に入ってきた芳乃たちに一斉に目を向ける。
「おう。待ってたぜ!」
その中から男が一人、声を張り上げて出てきた。
「ふぅん。この娘か?」
男は大柄で、近くで見るとけっこうな迫力がある。
キリリッと整った顔立ちをしているのだがどこか粗暴な雰囲気がある。
そんな男に至近距離で見下ろされ、芳乃は思わず後ず去る。
「おいおい。こんな細っけぇ腕で本当に竹刀なんか握れんのかよ?」
そんな芳乃にお構いなしに、男はずけずけと言い放つ。
「お前たちは一体何をしているんだ?」
土方が男に向かって冷やかな口調で言う。
「あ? 何か女が入隊試合やるって聞いてよ。見学に来たんだろうが」
悪びれた様子もなくそう答える。
どうやらその他の男たちも、どこからか話を聞きつけて集まってきたらしい。
「原田。お前は見回り当番ではないのか?」
男に土方は苦い顔を向ける。
「代わってもらったんだよ。見学禁止だとか硬いことは言うな。こんなおもしれぇ見物、独り占めするのはずるいからな」
ニヤニヤとしながら、男……原田は土方の肩に腕を乗せて耳打ちする。
「好きにしろ」
ため息を付き言い放つ。
「なにやら大事になってしまったな。大丈夫か?」
近藤が気遣わしげに芳乃をみる。
「へ、平気です」
それに芳乃は引きつった笑いを返す。
怖気づいたわけではない。
ただ、周りの野次馬たちの姿に面食らっていた。
(本当にここってどうなっているのかしら)
人がこんなにも真面目だというのに、周りは冷やかし半分おもしろ半分。
腹立たしいとかそういう域を超えてあきれてしまう。
「さて、問題は誰と組んでもらうかだな」
近藤が小さく首を捻る。
「私は誰でも構いません」
芳乃は静かに言う。
相手が誰だろうと、全力を尽くすまでだ。
「私がやりましょう」
野次馬の中から声が上がる。
その顔に見覚えがあった。
芳乃を玄関口で追い返そうとしたその男だった。
芳乃と目が合うと、ニヤリと下卑な笑みを浮かべた。
芳乃はキッと睨み返す。
「お前は確か一番隊だったか」
「はい。一番隊隊士、石田です」
石田は、土方に一礼をする。
「いいだろう。よし! 鉄、この女にお前の防具を貸してやれ」
「あ、はい。お芳ちゃん、こちらに」
鉄之介は芳乃を道場の隅に連れて行き、置いてあった自分の防具を差し出す。
「ありがとう」
芳乃はそれを受け取り身に着ける。
「いいですか、お芳ちゃん。一番隊は、十番まである隊の中でも特に優れた人の集まりなんです。だめだと思ったらすぐに『参った』といってください」
ひどく真剣な顔で鉄之介は言う。
「大丈夫。こう見えても、竹刀は握りなれているし……」
言いかけた芳乃の腕を鉄之介が掴む。
力強いその手に、芳乃は驚いて鉄之介を見る。
そこには、真摯な瞳をした鉄之介の姿があった。
「ここは、あなたが考えるほど甘い場所ではないのです。約束してください! 危険だと思ったら、意地を張らずに降参すると。いざとなれば、あなたの身の置き場所は必ず確保するようにします。だから、絶対に無理はしないでください」
その顔にドキリとする。
芳乃は思わず頷く。
そうしてやっと鉄之介は安心したように息を吐く。
(鉄ちゃんてこんなに力が強かったかな)
掴まれた腕が少しばかり痛い。
「あの、腕を……」
「あ、ああっ! す、すみません」
我に返った鉄之介は慌てて手を離す。
「じゃあ行ってくるね」
深呼吸をしてから竹刀を受け取る。
竹刀を持つのは父が死んで以来のことだ。
芳乃が竹刀を持つことを、父はあまり好ましく思っていなかった。
いやそもそも、争いごとを好まぬ人だった。
誰であろうと刀を持つことをひどく嫌っていた。
刀は人の命を奪うもの。
人を守る為など大義名分に過ぎない。
「他人を傷つけて何が守れるというのか」
刀傷で担ぎ込まれる患者を見ては、そう言って眉を顰めていた。
そんな父が今の自分を見たらどう思うだろうか?
きっとひどく落胆することだろう。
(それでも私はやめません)
父の苦い顔が頭を過ぎって、少しだけ胸が痛む。
『生きることさえままならない時代です。後悔のない生き方をしなさい』
死の間際、父はそう芳乃に言い残した。
けれどまさかこんな事態になるなど、思いもしなかったに違いない。
「用意はいいか?」
道場の真ん中に立ち、土方がチラリと芳乃を見る。
「はい」
そう言うと、すでに待っていた石田と対峙する。
(嫌な感じ)
ニヤニヤと笑っているのが武具の下からも見て取れる。
完全に侮られている。
芳乃はキリリと下唇を噛んだ。