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入隊試験(1)

注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。

 歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。

 また、ぬるめですが残虐な描写があります。

 

 作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。

 それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。




「お芳ちゃん……」


 あまりの事に、鉄之介も呆気にとられている様子だ。


「私には行くあてがないのです」


 芳乃は大きく音をたてる心臓を押さえ込み言い募る。


「美濃で母が死んで、父と江戸に移り住みました。それがつい二月ほど前に、その父も病に倒れ亡くなりました。面倒を見てくれるといっていた親類に父の財産を奪われてしまい、私もあと少しで身売りされてしまうところでした……」


 と、半分は本当。

 半分は予想である。

 父の葬式の後、芳乃を引き取ってくれるという親類がいたにはいた。

 だが、母が病に臥した時、そんな母を疎んじ懸命に看病する父には

「どうせすぐに死ぬものを」

 と冷たい言葉を浴びせ、父が死ぬその時まで何の音沙汰もなかったというのに、いきなり葬式に現れた親類は、突然優しく芳乃にその話をもちかけたのだ。

 それを信じるほど芳乃も馬鹿ではない。

 血は水よりも濃いとは言うが、それがどれほどあてにならないことか、芳乃は嫌というほど知っている。

 大方、父が残した微々たる財を欲してのことだろう。


「そんなことが……」


 鉄之介が気の毒そうに芳乃を見る。


「ふぅむ。お主も苦労したのだな」


 近藤は少しばかり視線を和らげる。

 ただ一人、土方は相変わらず眉根を寄せて微動だにしない。


「他に頼れる親戚もいませんでしたし、途方に暮れているとき、昔お世話になった市村家の方を思い出し、故郷の美濃に戻ったのです。けれど、すでに市村家の人々はいらっしゃらず、仲のよかった鉄之介さんは新撰組に入隊したのだと聞いて。居ても立っても居られず京まで来たのです」

「話は分かった。だが……」


 近藤は眉根を寄せて渋い顔になる。


「そんなこと、新撰組には何の関係もねぇ。新撰組に入隊している鉄にもだ。ここは駆け込み寺じゃねぇんだ。何の役にも立たねぇ小娘を引き取ってやる義務も義理もねぇ。身売りが嫌なら、坊さんにでも泣きつきゃいいだろうが」


 言葉を濁す近藤に代わり、土方は突き放すように言葉を吐き出す。

 その言葉を聞いた途端、芳乃の中にまたも怒りが湧き上がる。


「どうして、何の役にも立たないって決め付けるのですか? 私にだって出来ることはあると思います。雑用でも何でもやります! 剣を持って戦えというのなら戦います!」


 握り締めた両手に更に力を込める。


 土方の言っていることは正しい。

 もっともだ。

 けれど、芳乃は引き下がらない。

 いや、引き下がれない。


 居場所がない。

 それは本当のこと。

 父がいなくなった今、芳乃には心から信頼出来る相手は鉄之介以外に居ないのだ。

 それになにより、まるで自分を役立たずの荷物のように言われることは我慢ならない。


 『新撰組』は、可能性を広げる場だといった人がいた。

 身分など関係ない。

 志あらば受け入れられる。

 だからこそ、貧乏浪人の集まり百姓の成り上がりと陰口を叩かれ、京の人々は『壬生狼』と後ろ指を指す。

 だが、自分自身しか持ち合わせていない者にとっては、無限の可能性を秘めた場所。

 それは芳乃も同じことだ。

 今の芳乃はまさしく、可能性を求めていた。


 自分が生きる場所がほしい。


 それが鉄之介の側であったならどんなにいいだろう。

 鉄之介の行く道を自分も一緒に行きたい。

 その場所が、人斬り集団と言われる『新撰組』であっても構わない。


 鉄之介の選んだ場所。


 そこには何かきっとある。

 そう思えるから。

 だから芳乃は、至極真面目に入隊を希望したのだ。

 そこにある無限の可能性。

 鉄之介が惹き付けられた何かを知りたいから。


「剣を持って戦う? お前が?」


 土方は明らかな嘲りを含んだ笑みを浮かべる。


「女だと思って侮らないで下さい。私だって竹刀ぐらい持ちます」


 睨むように土方を見ながら芳乃は言葉を吐き出す。


 剣術を教えてくれたのは市村家の長兄だった。

 女の子だからといって遊び半分で竹刀を握らせてくれたわけじゃない。

 普通の男子でも根を上げるような訓練をこなしていた。

 本当は、「つらいからやめる」と言い出すのを、女が竹刀を持つということを反対した周りが期待していたことだったらしいのだが、芳乃は絶対にやめたいと言う言葉を口には出さなかった。

 そのため、市村家にいた期間はほぼ毎日竹刀を握っていた。

 鉄之介は他に道場にも通っていたが、当然のことながら芳乃は道場には通えなかった。

 それの悔しさがまたバネになって、訓練にいっそう熱中したものだ。

 江戸に出てからも、「女のたしなみ」そっちのけで剣術に没頭して、一時は竹刀を持つことを禁じられたほどだった。


「近藤さん。ここまで言うんだ。試験をしてみないか?」

「おいおい。歳……」

「土方先生っ」


 土方の発言に近藤も鉄之介も慌てる。


「やります! 何をすればいいのですか?」


 そんな二人を尻目に、芳乃ははっきりとした口調で言い放つ。


「その試験に合格すれば、入隊を許可して下さるんですよね?」

「いいぜ。合格すれば……な」


 芳乃の視線を受けてとり、土方はにやりと含みのある笑いを見せる。


「しかし試験といっても、まさか大の男と剣術試合をさせるわけにはいくまい」


 新撰組では入隊試験として、剣術試合をすることになっている。

 別に勝ち負けの問題ではない。

 希望者の太刀筋や動き気迫を見て取り、本当に『新撰組』に相応しいかどうかを見極めるのだ。

 だが、試合はあくまで真剣勝負。

 竹刀での戦いといえども、その試合風景は凄まじいものがある。

 なにせ実践は人斬り。集まってくる者たちも一癖も二癖もある曲者ぞろい。

 大の男でも、怖気づいて逃げ帰る者が毎回何人かいる。


「そのまさかだよ。実践で敵は選べねぇんだ。試験だって人を選ばさない。こいつだけ、特別扱いは出来ないだろ?」


 土方はあっさりと言い放つ。


「無理です! お芳ちゃんは女子です。いくら剣術の経験があるといっても、いきなりそんな……」


 それに異論を唱えたのは鉄之介だ。

 だが土方の視線を受けて、言葉は徐々に小さくなっていく。


「そういえば、お前も相当打ち込まれていたんだっけな。弱くて何度でも倒せるのに、一向にあきらめずすぐに向かってきやがって、そのしつこさには呆れたと、野村が言っていたぞ」


 クックと、土方は喉を鳴らして笑う。


「いえ、その話はもう……」


 鉄之介は赤くなって俯く。


 入隊してからも散々からかわれ続けたことだった。

 あの気迫には鬼気迫るものがあったと。

 敵も剣を交えることなく逃げ出す。

 などと笑い話にされていた。


「お芳さん本気なのかい?」


 近藤は真面目な顔で、芳乃に向き直り尋ねる。

 ただの試験といっても無事では済まないはずだ。

 現に、鉄之介も試合の後は身体のあちらこちらに痣ができていた。

 もっとも鉄之介の場合は、「打ち込まれすぎ」というのがあるのだが。


「もちろんです。異存はありません」


 挑むように土方を見てはっきりと言い放つ。


「じゃあ、善は急げだ。道場にいくぞ」


 芳乃の返事を聞き、土方は立ち上がり障子を開け放つ。


「うわっ」


 幾人かが、その場から蜘蛛の子が逃げ出すように散っていく。


「ちっ。立ち聞きしてやがったな」


 土方は憮然とした面持ちで言葉を吐き出す。

 元はといえば、土方の怒鳴り声が始まりなのだが、そんなこと当の本人は気付いていなかった。


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