再会(2)
「でも、どうしてお芳ちゃんがここに?」
「それは、あの……」
だが、続きの言葉が出てこない。
「僕に会いにここまで来てくれたって……」
「美濃で鉄ちゃんが新撰組に入隊したということを聞いたから」
芳乃は父と共に江戸に住んでいたのだが、鉄之介に会うため故郷の美濃に行き、そこで初めて鉄之介が新撰組に入隊したと知ったのだ。
「そうですか。美濃に行ったということはうちのことを聞いたのですね」
鉄之介の顔に初めて影が落ちる。
「うん。美濃の土地を離れるようにとのお達しがされたのだと……」
ズキリと痛む胸。
末席ながら立派な武家であった市村家。
それが些細な事件によって、長暇を出され美濃の土地を離れなければいけなくなったのだと聞いた。 芳乃はわけ合って一時市村家に預けられていたことがある。
芳乃にとって市村家の人々は家族同然だった。
長暇……事実上の解雇。
それがどんなに屈辱的でつらいことか。
武家の出ではない芳乃でも分かる。
芳乃にとってもう一つの家族とも言える市村家の人々。
思い出すと胸が痛む。
シュンとなった芳乃を見て、鉄之介は気を取り直したようにすぐに柔和な微笑みを浮かべる。
「けれど心配しないでください。僕はこの新撰組で元気にしていますから。まだまだ未熟だけど、一刻も早く剣の腕を磨いて、幕府のために尽力を尽くし、市村家の汚名も晴らすつもりです」
「ふむ。いい心がけだ」
鉄之介の言葉に、近藤はうんうんと頷いている。
「だがな、鉄。おめぇの場合、何においても半人前以下だからな。半端なことじゃ、強くはなれねぇ。覚悟しとくんだな」
土方は、鉄之介を一瞥して言い放つ。
「はい!」
鉄之介は土方の言葉に、顔を高揚させて心底嬉しそうに大きな声で返事をした。
そんな鉄之介の姿を見て芳乃は少し安堵する。
てっきり新撰組で辛い思いをしているのではないかと思ったが、そういうことはないらしい。少なくとも、この場所にいるということを苦にしている様子は見られない。
昔と変わらず、屈託のない澄んだ瞳をしている。
「お芳ちゃん?」
黙り込んだ芳乃を鉄之介が不思議そうに覗き込む。
「……」
けれど、そんな鉄之介の姿は少し寂しくもある。
今の鉄之介にとって芳乃はただの幼馴染でしかない。
とても、最後に交わした約束など覚えていないだろう。
今の鉄之介にはこの『新撰組』が自分の居場所で進もうとしている道。
十年前、たった五歳の子供同士の約束。
そんなものは忘れていて当たり前……。
そう。それが普通だ。
けれど、芳乃はずっとその約束を信じて待っていたのだ。
(このまま別れてしまっていいの?)
いいや。いいわけがない。
忘れたままなんて悲しすぎる。
このままなかったことにするなんて嫌だ。
ならば……。
「お願いがあります」
ゆっくりと鉄之介たちを見回し、芳乃は静かに口を開く。
「?」
鉄之介は不思議そうに芳乃を見ている。
土方、近藤の視線も芳乃に向けられる。
「私を新撰組に入隊させてください」
静かに、けれどきっぱりはっきりと芳乃は言い放つ。
「……」
シィンと静まり返る場。
「失礼します。お茶を……」
障子越しに男の声。
「ふざけんじゃねぇっ!」
が、唐突な土方の怒鳴り声に、障子の外で派手な音がした。
タイミングよく……というのか、お茶を運んできた男が、怒鳴り声に驚いてお茶の入ったお盆をひっくり返したのだ。
「し、失礼しました!」
自分に向けられた言葉と勘違いしたのか、その男は慌しくその場から逃げ出していった。通りがかりの幾人かが何事かと立ち止まる。
「冗談を言っているつもりはありません」
緊迫した障子の中で、芳乃は怯むことなく言い放つ。
興奮して立ち上がった土方はギロリと芳乃を睨む。
その瞳は殺気だっている。
「なお更悪い。寝言は寝てから言いやがれ。てめぇ、自分が何を言ってやがるのか分かってんのか?」
冷たい刃のような瞳。先ほどまでのからかうような色は消え、変わりに狼のような凶暴な色を称えている。
「殺される」その瞳とかち合っただけで、そんなひらめきが頭を過ぎる。
だが、芳乃は恐怖を必死で中に押し留める。
「だから、新撰組に入隊させて下さいと言ったのです」
膝に乗せた両手を握り締める。
手は、暑さの所為だけではない汗が出ている。
何とか平静を保ってはいるが、ややもすると土方の剣幕に怯みそうになってしまう。
「どういうことだね。訳を聞こうか?」
先ほどから変わらず静かだが、近藤のその目も明らかに違う。
芳乃の奥底まで探るかのような強い眼差し。
「んなこたぁ、聞くことはねぇよ。近藤さん」
土方は冷たい声で言い放つ。
「落ち着け、歳。いいから座れ」
近藤の一言に、土方は「ふん」と鼻を鳴らして、その場にどっかりと座る。