決別(3)
部屋の荷物はさほど多くはなかった。
もとは風呂敷包み一つで飛び込んだ新撰組。
出て行くときも同じでいい。
「お芳ちゃん。入りますよ」
入ってきたのは沖田だった。
「お、沖田先生! 何、起きてるんですか? ちゃんと寝てて下さい。薬、薬はお飲みになったのですか!?」
「いやだなぁ、お芳ちゃん。なんだか、世話女房みたいじゃないですか。あぁ。ということは、僕は女房に捨てられる、甲斐性なしって感じですかね?」
クスクスとおかしそうに笑う。
「沖田先生……」
出会ってまだ半年と経たないのに、初めて見た時よりも数段やつれているのは、誤魔化しようがない。
こうして歩いてここに来ることさえ、相当な体力を使ってしまったはずだ。
「いやですよ。そんな顔をしないで下さい。別に責めてるんじゃないですよ。ただ、餞別を渡しにね」
そう言うと懐から、重そうな紙包みを手渡す。
触った感触から相当な額の銭が入っていることが分かった。
「だめです。ただでさえ、私はお役目を放棄して身勝手をしようとしているのに、こんなものいただけません!」
「いいえ。貰っていただかないと困りますよ。どうせ、もういらなくなるものですし……」
沖田は笑顔でドキリとするようなことを言う。
「なっ。なにをいってらっしゃるんですか! サッサと病気を治して、菓子屋でもまるまる買い占めたらいいじゃないですかっ。毎日、お汁粉食べてお団子を食べて、それから……」
「あはは。そういう手もありますね。でも、いいんです。そもそも、毎日甘いものばかり食べていたら、ブクブクに太って、剣など振れなくなっちゃうじゃないですか。それに、食べたくなったら誰かにたかりますから平気です。いえ、それもけっこう楽しいもんなんですよ」
沖田が笑顔でいればいるほど、芳乃は泣きたくなってしまう。
新撰組で一番気がかりなのは沖田のことだ。
どんなに気丈に振舞っていても、時折乱れる呼吸やおぼつかない足元で、病状の悪さが見て取れる。 この人の『命』はそう長くはない。
「あの土方さんを言いくるめちゃうんですから、お芳ちゃんは本当に強者ですよ」
「その土方さんをいつもからかっている沖田先生は、その上をいってますけど」
沖田のいつもの軽口に、泣きたい気持ちを抑えいつものようにツンッと答える。
「そうそう。お芳ちゃんはそうでなきゃ。いつまでもお元気で」
「もちろんです。沖田先生も駄々をこねず、薬、ちゃんと飲んでくださいね。元気になったら、これでたくさん菓子を買って会いに来てください」
渡された紙包みを沖田へと返す。
やっぱりかなわないな。と、沖田は朗らかに笑う。
「お芳ちゃん、彼がいつもの場所で待っていますよ」
「え?」
思っても見なかった言葉に、芳乃は沖田を見返す。
「きちんと話をしていった方がいい。君の気持ちを全部伝えておいで」
「ありがとうございます」
芳乃は沖田に深々とお辞儀をし、東の対の庭に向かった。