決別(2)
そんな土方を、芳乃は微動だにせず見つめる。
一歩も引くつもりはない。
この部屋に入った時から、何があっても逃げ出さない。
そう心に決めていた。
ココで逃げ出すようでは、これから先、前に進むことなど無理だ。
鞘からゆっくりと引き抜かれる刃。
美しい鋼が姿を現す。
この刃が、一体幾人の命を奪ったことだろう。
幾度、血の朱色に染まったことだろう。
禍々しい美しさを放つそれは、いつ芳乃の肌を切り裂いても不思議はない。
「脱隊者は死あるのみ……だ。それでもその戯言をほざくか」
剣先は、真っ直ぐ芳乃に向けられる。
「私は、何と言われようとも行きます。もしそれが許せないと言うのならば、ここで私を切り殺してくださっても構いません」
こうなることを予期していなかったわけじゃない。
確立は半々。
いや、むしろ切り殺される確立の方が高かった。
ここはそういう場所なのだと、芳乃はもう嫌というほど分かっていた。
「……」
「……」
そのまま、幾ばくかの時が動くが、二人はそのまま止まったままにらみ合う。
「…………強情だな」
先に動いたのは土方だった。
芳乃に向けた刀を慣れた手つきで鞘に収める。
カチリと小さな音を立てて、刀はあるべき場所に還る。
「行きたきゃ行けよ。元々てめぇは仮隊士。隊士名簿に名前も載せてねぇ。そんな奴が一人いなくなったところで、新撰組にゃ痛くも痒くもねぇさ」
芳乃に背を向けてそう言い捨てる。
「土方さん……」
「早くしろ。俺の気がかわらねぇうちに行けよ」
「ありがとうございます」
芳乃は深く頭を下げる。
土方歳三。
大嫌いだった。
出会ったときから嫌いでしかたなかった相手。
けれど、嫌う反面惹かれていた。
誰よりも強い人。
強くあろうとしている人。
「私は、新撰組にいられたことを誇りに思います。土方さんに感謝しています」
「……サッサといけ。荷物まとめて出ていきやがれ」
投げやりに言い放つ。
「失礼します」
ゆっくりと立ち上がり障子に手をかける。
「芳乃……死ぬなよ」
微かに聞こえた呟き。
顔を上げると、土方の強い眼差しとかち合う。
「あなたも生きてください。どうか、どんなことがあっても。名誉ある死より、無様な生を私は望みます」
ふと過ぎったのは藤堂の顔。
思い出す度にズキリと痛む。
きっと忘れることはないだろう。
理想を掲げ死んでいったあの優しい人を。
「そこからお前と俺は違う。違いすぎる。お前は生きろ。そして証明しろよ。てめぇの理想が正しいことを」
不敵な笑み。
これは挑戦だ。
道を違える自分への。
「ええ。もちろんです」
芳乃は艶やかに笑う。
初めて土方と対等な位置にいるのだ。
負けられるはずがない。
受けて立つ。
道を違え、そしていつか一本の道でまた出会う。
だから、その日まで振り返らない。
閉められた障子。
違えた二人。
それが新撰組との決別だった。