決別(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
静かな夜だった。
風もなく、ただ月明かりだけが煌々と降り注ぐ。
その場で身を正し、芳乃は目の前にいる男、土方歳三を見る。
この男もまた静かだった。
明らかにいつもと違う、芳乃の様子を感じ取ったのだろうか。
軽口を叩くこともなく、芳乃を真っ直ぐと見る。
その眼差しは、凪いだ海のように静かで穏やかだった。
「……お話を聞いていただけますか?」
けれど、芳乃がここにきた訳をしれば、その眼は途端に色を変えるだろう。
刃のように鋭く冷たい眼差しに。
けれど不思議と芳乃は恐ろしくなかった。
芳乃の心もやはり静かだった。
それは諦めではなく、揺ぎ無い強い決意が心を締めていたから。
「聞いてやるから、ここにいるんだろうが。話てみろよ」
いつものようにぞんざいな口調。
けれどそこには、どこか真摯な響きがある。
「私は、新撰組を脱退します」
真っ直ぐに土方を捕らえたまま、芳乃は言い放つ。
静まり返ったその場に、凛っとしたその声が響く。
「ふん。『したい』じゃなくて『します』…か。お前、自分が言っている意味が分かってるのか?」
土方には動揺も怒りも見て取れない。
ただ瞳に微かな狂気が混じるのを芳乃は見た。
「分かっています。私は自分がどうしたいのか何が出来るのか、今まで何も考えてはいませんでした。ただ、一人になるのが恐くて、自分の居場所がほしくて。だから、私はこの新撰組に入ったのです」
鉄之介がいる場所。
ならば、自分もそこで一緒にありたいと思った。
鉄之介がいるのなら、自分もそこで見出せる何かがあるのだと思っていた。
「けれど、ここに居て何かが違うと思ったのです。ここは、私に居場所を与えてはくれたけれど、私がいたいと思う場所ではなかった。……勝手だということは分かっています。生意気だということも。けれど、このままココにいることは、自分自身を偽るということです。私は自分を偽ることをしたくありません。私は、私が進むべき道をいきます」
「……俺が、はいそうですか。と、お前を笑顔で送り出すとでも思っているのか? 正気の沙汰とは思えねぇ。新撰組を抜けたがってる奴らが、逃亡するのはてめぇだって知ってんだろうが」
「……」
脱隊者は切腹すべし。
それが新撰組の掟。
一度入ったら、おいそれと抜け出すことはできない。
だから、戦局が悪い今は逃亡を図るものが後を絶たない。
今ならば、そんな者たちに混じって逃げ出すことも芳乃には出来た。
けれど、芳乃はそれを拒んだ。
「私が新撰組に入れるきっかけを作ってくれたのは、土方さんです。だから、ここを出るのも土方さんの許可をいただきたいのです。私は、自分の進むべき道に誇りを持っています。ここにいる、鉄ちゃんや沖田先生、土方さんがそうであるように。だから、その出発はけじめあるものにしたい。きちんと認めて頂きたいのですっ」
「誇り? はっ! ふざけんな!! 結局てめぇは、血生臭ぇここが嫌になって逃げ出すんだろうがよっ。格好のいいことをいうなよ! 所詮は、てめぇもただの臆病者じゃねぇかっ」
攻撃的な言葉。
けれど、そこにはどこか悲しげな響きがある。
「違いますっ。逃げるのではありません! 前に進むのですっ。新撰組と私。道を違えてしまった。違えてしまったけれど、前に進むことには変わりありませんっ」
土方から目を逸らさず、あらん限りの想いを乗せて言葉にする。
「……」
と、土方は徐に席を立つ。
刀掛けに収まっていた愛刀を取り、芳乃の前に仁王立ちになる。