再会(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
「さあ、入りたまえ」
芳乃は屋敷南奥の、こじんまりとした座敷に通された。
どうやら客室らしい。
新しい、青々とした畳が美しい。
芳乃は緊張した面持ちで勧められた座に腰掛け、近藤は上座に座る。
土方は、少し離れた窓際に座を崩して腰かける。
「市村です」
ほどなくして障子越しに声がする。
「入れ」
その言葉と共に、ゆっくりと障子が開く。
現れたのは一人の少年。
市村鉄之介。
その人だった。
(鉄ちゃんだ……)
見た瞬間に、芳乃はすぐに分かった。
それは十年ぶりの再会。
鉄之介はまったくといっていいほど変わっていなかった。
確かに、昔と比べれば多少大人びた顔つきをしてはいる。
けれど、愛嬌のある大きな瞳、意志の強そうな口元。
緩やかに流れる眉。
男にしては、サラサラと綺麗な黒髪。
月代のない総髪を上に束ねただけの髪型も同じで、輪郭さえさほどの変わりもない。
しいて言うのなら、背が幾分か高くなっているということくらいなもの。
だが、それは芳乃も同じことで、並んで歩けば大体同じ大きさくらいだろう。
相変わらず華奢な体つきで、青年というには幼く、少年と言う方がしっくりとくる。
あまりの代わり映えのなさに、拍子抜けしたくらいだ。
「お前、こいつを知っているか?」
出し抜けに、土方が親指を芳乃に向けて鉄之介に問う。
「はい?」
いきなり言われた鉄之介は面食らった様子で、ポカンとした顔をしている。
「聞いてんだよ」
「は、はい!」
土方の言葉に呆けていた鉄之介は、慌てて視線を芳乃に向ける。
芳乃と鉄之介の視線がぶつかる。
どうしようもない懐かしさがこみ上げる。
「お、お久しぶりです」
始めに口を開いたのは芳乃だった。
上ずる声ながら何とかそう言葉を吐く。
「……」
が、鉄之介は無言だった。
無言で、ただ芳乃を見ている。
「あの……」
その姿に芳乃は不安になる。
いきなり押しかけてきて迷惑だったのだろうか?
そんな考えが頭を過ぎる。
いくら『約束』だからといって、少々不躾過ぎただろうか?
「あの、どなたでしょうか?」
耳を疑う。
思わず鉄之介を凝視する。
「あ、いえ。すみません。僕はどうも人の顔を覚えるのは苦手らしく……。僕が、何かあなたに失礼なことでも……」
芳乃の視線を受けてとり、何を勘違いしたか鉄之介はシドロモドロになる。
どうやら、というか、間違いなく本気で芳乃のことを忘れているらしい。
「う、嘘でしょ!?」
頭を木槌でおもいっきり叩かれた気分だ。
あまりのショックに言葉が出てこない。
江戸からここに来るまで、「忘れられている」などということは、微塵も思いもしなかった。
芳乃は今日のこの日、鉄之介と再会することだけを楽しみに、生きてきたというのに。
たった一つの『約束』だけを頼りにここまでやって来たのに。
「本当に彼女のことを知らないのか?」
芳乃のあまりの落胆振りを哀れと思ったのか、近藤がもう一度鉄之介に聞き返す。
「は、はぁ」
困った様子で、鉄之介はしきりに首を捻っている。
「だ、そうだお嬢さん。帰った方がいいんじゃねぇか?」
土方は素っ気無く言い放つ。
「冗談じゃない! 私は鉄ちゃんに会うために江戸から出てきたのよ? そりゃあ、勝手に押しかけて来たのではあるけれど、覚えていないから帰れなんて納得いかないっ!」
土方の言葉に芳乃の中の何かがキレる。
完全に地が出ている。
周りの者が面食らっている様子も目に入っていない。
「鉄……ちゃん? 江戸から……って、もしかしてお芳……ちゃん?」
芳乃の変貌振りに呆気に取られていた鉄之介は、芳乃の言葉に声を上げた。
「もしかしなくてもそうです! 信じられない……。どうして、すぐに気が付いてくれないのよっ」
芳乃は半なき状態で癇癪を起こす。
少なからず期待をしていた分、その怒りと悲しみは大きい。
「ごめん。だって、あんまり女の子らしくなっていたから、全然分からなくて……でもやっぱりお芳ちゃんだ。昔と変わっていない」
そう言ってクリクリとした瞳を白黒させながら笑顔を零す。
「鉄ちゃんも変わってない……」
人を和ませる独特な雰囲気。
芳乃はいつだって鉄之介の笑顔には勝てないのだ。
今も体中から沸き立つくらいの怒りが、自然と消え去ってしまっている。
「思い出したのか。よかったな」
「はい」
隣で見ていた近藤も気を取り直して我事のように嬉しそうに笑い、つられて芳乃も笑顔で返事をする。
「……なんだかなぁ」
土方が呆れたようにため息を付いたが、芳乃はそれを無視した。