表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/55

輝魂(5)


「いやはや。これは驚きましたわ……」


 やっと侍の治療を終えた医者は、子供の傷跡を見て感心しきりに頷いている。


「成功といえるでしょうか? なにせ、子供の怪我に触れたのは初めての事で」


 汚れた手をたらいにつけながら、芳乃はハラハラとした気持ちで医者を見る。


「完璧ですわ。医者の私が言うんや。間違いない。あんさん、女子にしとくんわ勿体無いお人やなぁ。さぞ、腕のええ医者になれますのに……」

「俺は行く」


 治療の間中、ずっと無言のままに座り込んでいた斉藤が立ち上がる。


「あ、それでは僕たちも帰ります。この子の家には連絡を頼みましたから。あとのことはお願いします。行きましょう。お芳ちゃん」

「うん……」


 治療は終えたものの、ぐったりしたままだった子供が心配で、芳乃はもう一度振り返る。


「あ……」


 と、横たわっていた子供と目が合った。


「おねーちゃん。ありがとう」


 目が合うと、子供はそう言って嬉しそうににっこりと微笑んだ。

 その屈託の無い笑顔に心が震える。

 たくさんの命が消えていく時代。

 それでも、助けられる命もある。

 そして、自分の力は小さくとも役に立ったのだ。

 芳乃の中に温かな光が生まれた。




「あの斉藤さん!」

「……」


 小走りで追いついた芳乃は、斉藤に声をかける。


「先ほどはありがとうございました。助けていただいて」

「別に。たまたま通りかかっただけのこと。それに、あんな腑抜けた様で刀を持つ姿は見るに耐えん」

「……」


 淡々とした口調の中に鋭い棘がある。


「何を迷っていた? お前が死んだところで、何も変わりなどしない。藤堂は死に、俺たちは生きている。ただその事実があるだけだ。死にたくないのなら躊躇うな。ここではより生きたいと思うものが生き残る」

「生きたいと思っても生きられない人もいます。死にたくないのに死ぬ人も。私はあなたのようになれない」


 迷いが捨てられない。

 理不尽な『死』を受け入れることなど出来ない。

 それが他人のものであっても。


「お前はなぜここにいる?」

「え?」

「この場所でお前は何がしたいのだ? これからもまだ人は死ぬ。お前がここにいたとて何が出来る?」

「……」


 斉藤の言葉が突き刺さる。

 言い返す言葉もない。

 新撰組にいながら、自分は彼らに見合う強い信念を持ち合わせてなどいなかった。

 彼らは命を軽んじているわけではない。

 ただそれよりも、強い信念があるだけだ。

 命を投げ出すほどの命をかけられるほどの。

 けれど、自分にはそれがない。

 刀を持ち、斬るべき相手を目の前にして、そのことにようやく気が付く。


「……斉藤先生はなぜこの場所に?」


 黙りこんでしまった芳乃に変わり、鉄之介がそう尋ねる。


「花を添えに。名前も知らんが、野原でよく見かけて、藤堂が気に入っていたから摘んできた。俺は暫く、この場所を離れることになりそうだから」


 芳乃を一瞥することもなく、足早に歩きながら斉藤は言い放つ。

 その横顔からも感情を読み取ることは出来ない。


「どうして?」


 藤堂を斉藤は裏切り者だといった。

 そんな相手に花を添えるなど。


「俺はあいつが嫌いじゃなかった。ただそれだけだ」

「……」


 どうして気が付かなかったのだろう。

 ここにも藤堂の死を悼んでいるものがいた。

 芳乃はキュッと唇をかみ締める。

 また同じような状況になったとしても、斉藤は迷わず同じように、見事に間者を務めあげることだろう。

 もし、死に追いやる相手が最愛の人であったとしても。

 どんなに心が悲鳴を上げようとそれを押しとどめて。

 彼らにとって生死は問題ではないのだ。

 問題なのは魂。

 自分の信念と魂の輝き。


「俺はもう行く」

「あ、ありがとうございました」


 鉄之介は背を向ける斉藤に言う。


「死にたくないのなら迷うな。迷わない生き方をしろ……」


 振り返ることはせず、斉藤は静かにそう言い去っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ