輝魂(5)
「いやはや。これは驚きましたわ……」
やっと侍の治療を終えた医者は、子供の傷跡を見て感心しきりに頷いている。
「成功といえるでしょうか? なにせ、子供の怪我に触れたのは初めての事で」
汚れた手をたらいにつけながら、芳乃はハラハラとした気持ちで医者を見る。
「完璧ですわ。医者の私が言うんや。間違いない。あんさん、女子にしとくんわ勿体無いお人やなぁ。さぞ、腕のええ医者になれますのに……」
「俺は行く」
治療の間中、ずっと無言のままに座り込んでいた斉藤が立ち上がる。
「あ、それでは僕たちも帰ります。この子の家には連絡を頼みましたから。あとのことはお願いします。行きましょう。お芳ちゃん」
「うん……」
治療は終えたものの、ぐったりしたままだった子供が心配で、芳乃はもう一度振り返る。
「あ……」
と、横たわっていた子供と目が合った。
「おねーちゃん。ありがとう」
目が合うと、子供はそう言って嬉しそうににっこりと微笑んだ。
その屈託の無い笑顔に心が震える。
たくさんの命が消えていく時代。
それでも、助けられる命もある。
そして、自分の力は小さくとも役に立ったのだ。
芳乃の中に温かな光が生まれた。
「あの斉藤さん!」
「……」
小走りで追いついた芳乃は、斉藤に声をかける。
「先ほどはありがとうございました。助けていただいて」
「別に。たまたま通りかかっただけのこと。それに、あんな腑抜けた様で刀を持つ姿は見るに耐えん」
「……」
淡々とした口調の中に鋭い棘がある。
「何を迷っていた? お前が死んだところで、何も変わりなどしない。藤堂は死に、俺たちは生きている。ただその事実があるだけだ。死にたくないのなら躊躇うな。ここではより生きたいと思うものが生き残る」
「生きたいと思っても生きられない人もいます。死にたくないのに死ぬ人も。私はあなたのようになれない」
迷いが捨てられない。
理不尽な『死』を受け入れることなど出来ない。
それが他人のものであっても。
「お前はなぜここにいる?」
「え?」
「この場所でお前は何がしたいのだ? これからもまだ人は死ぬ。お前がここにいたとて何が出来る?」
「……」
斉藤の言葉が突き刺さる。
言い返す言葉もない。
新撰組にいながら、自分は彼らに見合う強い信念を持ち合わせてなどいなかった。
彼らは命を軽んじているわけではない。
ただそれよりも、強い信念があるだけだ。
命を投げ出すほどの命をかけられるほどの。
けれど、自分にはそれがない。
刀を持ち、斬るべき相手を目の前にして、そのことにようやく気が付く。
「……斉藤先生はなぜこの場所に?」
黙りこんでしまった芳乃に変わり、鉄之介がそう尋ねる。
「花を添えに。名前も知らんが、野原でよく見かけて、藤堂が気に入っていたから摘んできた。俺は暫く、この場所を離れることになりそうだから」
芳乃を一瞥することもなく、足早に歩きながら斉藤は言い放つ。
その横顔からも感情を読み取ることは出来ない。
「どうして?」
藤堂を斉藤は裏切り者だといった。
そんな相手に花を添えるなど。
「俺はあいつが嫌いじゃなかった。ただそれだけだ」
「……」
どうして気が付かなかったのだろう。
ここにも藤堂の死を悼んでいるものがいた。
芳乃はキュッと唇をかみ締める。
また同じような状況になったとしても、斉藤は迷わず同じように、見事に間者を務めあげることだろう。
もし、死に追いやる相手が最愛の人であったとしても。
どんなに心が悲鳴を上げようとそれを押しとどめて。
彼らにとって生死は問題ではないのだ。
問題なのは魂。
自分の信念と魂の輝き。
「俺はもう行く」
「あ、ありがとうございました」
鉄之介は背を向ける斉藤に言う。
「死にたくないのなら迷うな。迷わない生き方をしろ……」
振り返ることはせず、斉藤は静かにそう言い去っていった。