輝魂(4)
「すみまへんなぁ。今取り込み中なんやわ」
駆け込んだ診療所の主は、忙しそうにあたふたと動き回りながら言い放つ。
「どういうことですか!?」
子供は鉄之介の腕の中で、苦しそうに細い息をしている。
止血をしているとはいえ、血は今だ完全に固まってはいない。
大人にしてみれば少しの出血量でも、子供では命取りになることもある。
「今、お侍様が運び込まれはって。なにせ、幕府の偉いお方やから。すんませんが、他を当たってくれませんやろか……」
「何をしているっ。早くせぬか! 痛くてたまらんっ」
そう耳打ちしていた時、中から苛立たしげな男の声が響いてきた。
「ただいま、まいりますっ。そないなことですから、えろうすんまへんな」
芳乃たちを気の毒そうに一瞥して、医者はサッサと奥に引っ込んでいった。
「そんな! 中の男は怪我をしているといっても全然元気じゃないのっ」
「構うな……。目立つのはまずい」
今にも、文句を言いに駆け出しそうな芳乃を斉藤が引き止める。
「しかしどうしましょう? 早く治療をしてあげないと……」
「持たないかもしれん。ここでないとすると、後はこの近くに医者はいない」
「私が治療する」
気が付くと芳乃はそう言っていた。
「お前が?」
その言葉に驚き斉藤は目を見開き、鉄之介も目を丸くして芳乃を見ている。
「組では、私は幾度か刀傷の隊士を治療したことがあるんです。道具さえあれば、何とか出来ないこともないと思う」
これから別の診療所に駆け込むよりも、ずっと助けられる確立はあがる。
迷っている時間はないのだ。
医学を学んだのは父からだった。
町医者をしていた父は、分け隔てなく病人やけが人を助けていた。
そのため自然と患者は多く、時々は芳乃も手伝いをしていた。
大方の治療法は頭の中に入っている。
新撰組に来てからは、合間を見ては医学書に目を通したりもしていた。
けれど、見るとやるとでは大違い。
しかも、子供の治療となれば話は別。
慎重にやらなければならない。
芳乃は震えそうになる手を押さえ治療を始める。
「大丈夫。大丈夫だからね。絶対に助けるから」
絶対に死なせるわけにはいかない。
小さな小さな命。
ここで散らせてしまっていいはずがない。
誰も死んでなどほしくない。
けれど、助けることも守ることも出来ないなら、それはただのエゴでしかない。
自分は何も変わってはいないのだ。
いつだって自分は身勝手で我がままだ。
鉄之介の傍にいたいからといって新撰組に入り、けれど心どこかで、人を斬る新撰組の隊士たちの姿を嫌悪していた。
同じ道を行きたいといいながら、分かろうとはせず、ただ鉄之介の後ろに付いて行っていただけだった。
それが今回のことを招いた。
浅はかな自分の考えで、とうとうこんな小さな子供まで巻き添えにしてしまった。
「死なせはしないから。私が必ず助けるからね」
それが今自分が出来ること。
やらなければいけないことだから。