輝魂(2)
「う……そ……」
男の言葉に目の前が暗くなる。
『もしよかったら……やめておきましょう。また今度会うときに言うよ。三度目の偶然。それはきっと運命だと思うんだ』
藤堂のそんな言葉を思い出す。
今にして思えば、あの時藤堂は、芳乃に護衛陵士のことを言うつもりだったのかもしれない。
芳乃が新撰組の仮隊士だとも知らずに。
(私は本当に馬鹿だ)
考えが浅はかだった。
なんて子供染みた考えをしていたのだろう。
敵味方でも友達にはなれるだろうなどと。
刀を携え信念を貫こうとしている者たち。
彼らはいつでも命をかけて自分の道を進んでいる。
そんなことですら、芳乃はたった今気づかされたのだ。
命を賭す者が歩めば相手の命もまた然り。
命と命のぶつかり合い、そんなところに生半可な気持ちで飛び込んではいけなかったのだ。
「貴様らの所為で、先生や藤堂はっ」
憎悪が芳乃を貫く。
今までこれほどまでに人に憎まれたことがあっただろうか?
その激しさに芳乃は思わずたじろく。
「おいっ、小僧。貴様も新撰組の者だったな。土方と一緒にいるのを見たことがある」
シュッ。
その言葉と共に男の刀がスラリと抜かれる。
「くっ。お芳ちゃんは逃げて……」
鉄之介は後ろの芳乃に言い放つと刀を抜く。
「鉄ちゃん!」
「でやぁっ」
止める間もなく、相手から刀が振り上げられる。
キンッ。
それを鉄之介は受け流す。
が、足元はおぼつかなくよろついている。
キンッキンッキンッ。
相手の方が上。
見ていれば分かる。
鉄之介は必死で受け止めてはいるが、相手に斬り込むことが出来ずにいる。
剣の腕ではなく、それは経験の差だ。
多分、鉄之介が真剣を持って相手と本気で向き合うのは、初めてのことなのだろう。
刀を持つ動きが鈍い。
「貴様らまとめて殺してやるっ」
「こんなところで死ぬわけには行かない!」
男の言葉に、鉄之介はそう言うと男の刀を押し返す。
「うわっ。貴様ぁ」
押し返された男は体制を崩すが、それも一瞬のことで、すぐに鉄之介に向かっていく。
キンッ。
鉄之介の手から刀がはじけ飛ぶ。
「鉄ちゃんっ」
このままでは、鉄之介が斬られる。
芳乃は咄嗟に落ちた鉄之介の刀に目をやると、そのままそれを掴み取る。
「ほぅ。今度はお前が相手か?」
おもしろそうに言い、男は芳乃に向けて刀を構える。
芳乃も刀を握りなおす。
それは木刀などより数段重みがある。
「やぁっ」
キィンッ。
受け止めた刀は更に重い。
キンッキンッキンッ。
刀の重みに手放しそうになりながらも相手の刀を受ける。
気迫はある。
けれど、相手の太刀筋はめちゃくちゃだった。
小娘と舐めているのか、実践には弱い性質なのか。
それは分からないが、芳乃は間合いを計り、一瞬の隙を突き刀を絡め取る。
戯れに沖田が刀の稽古をつけてくれた時に、「必殺技ですよ」などと冗談めかして教えてくれたものだった。
まさか、こんな場所で役立つとは思いもしなかった。
「くそっ」
相手は丸腰。
芳乃は刀を突きつけたまま止まる。
「お芳ちゃん! とどめをっ」
鉄之介の声がする。
それは分かっている。
相手は自分たちを殺そうとしたのだ。
とどめをささなければいけない。
けれど、そこから芳乃は動けずにいた。
(私はここでこの人を殺して、一体どうしたいの?)
ふと、そんな考えが脳裏を過ぎる。
藤堂たちが殺されたのを逆恨みし、自分たちを襲ってきた。
そして自分はそれを返り討ちにする。
ただそれだけのことだというのに、最後の一振りであるはずの刀が振り下ろせない。
「お芳ちゃん!」
鉄之介の言葉に我に返る。
男が虚を付き駆け出し、落とした刀を拾い上げる。
「死ねっ」
シュッ。
振り落とされる刃の筋を芳乃は見た。
あまりにもすばやい動きで、今度は避けることも受け止めることも出来ない。
呆然と立ち尽くす芳乃の前に、鉄之介が立ち防ぐ。
芳乃に降り注ぐはずの刃を、鉄之介が体を盾にして受け止めようとしていた。