穏やかな時間(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
数日後、ことの真相は明らかになった。
元々、新撰組隊士だった藤堂らは、伊東甲子太郎を筆頭に御所護衛を理由に新撰組を離脱。
が、それは名目上でのことだった。徐々に尊皇攘夷が高まった伊藤一派は、徳川の世を守ろうとする新撰組とは考え方の相違が生じる。
大政奉還が叶えられたことを好機と見て、新撰組局長である近藤を暗殺しようと目論んだらしい。
それを間者として送り込まれていた斉藤が新撰組に情報を流し、伊東一派襲撃へと話がまとまったのである。
まず筆頭の伊東を倒し、その後駆けつけてきた藤堂らと乱闘。
藤堂を始めとした数名の命を奪い、その他の者たちもチリジリに逃亡したということだった。
ただし、これは一部の隊士の間だけが知る真実。
表だっては新撰組の名は出ず、ただの辻斬りとも小さないざこざによる偶発的な襲撃とも言われている。
「お前は藤堂と面識がある。その上、斉藤にも会っちまったらしいからな。一応、ことの真相は話しておく。……が、絶対に他言無用だ」
土方に呼び出された芳乃は、その話をどこか遠くの話のように聞いていた。
芳乃は藤堂が死んだ姿を見ていない。
つい一月前、笑顔で手を振って別れた人。
それなのに突然、『死んだ』と言われても納得のしようがない。
「それでは失礼します」
一通りの話が済むと芳乃は静かに席を立つ。
「……それからお前は今日一日休め」
立ち上がりかけた芳乃に、土方はぶっきら棒にそう言い放つ。
「なぜですか?」
「沖田からの申し出だ」
眉間にシワを寄せて土方は額に手を置く。
「沖田先生の?」
「そんな辛気面引っさげて、ウロウロされちゃあたまらねぇんだろうさ。お前、ひでぇ顔してやがる」
「……」
藤堂が亡くなったというあの夜以来、芳乃は仕事にも身が入らず、どこか心ここにあらず。という状態だった。
それを沖田は敏感に察しているのだ。
「私は平気です。だから休みなど……」
「四の五の言うんじゃねぇよ。いいからさっさと行け」
「……」
土方は一度言い出したら聞かない。
芳乃は一礼し部屋を後にした。
(だから会うなと言っておいたんだ……馬鹿が……)
芳乃の姿が見えなくなると、土方は眉根を寄せて舌打ちをする。
間者として藤堂に同行させた斉藤の話を聞いたとき、嫌な予感がしたのだ。
苦渋に満ちた表情で土方は障子を開け放つ。
空は青く澄んでいる。
「藤堂……」
せめて苦しまずにいけたのなら。
そう祈らずにはいられない。
『新撰組』という居場所を共に作り育て、そして自ら袂を分かち離れていった友が。
許されるはずも許されようとも思わない。
この道に立ったその時から覚悟してきたこと。
いくら血を浴び屍を踏むことになろうとも、悪鬼のごとくと罵られ様と歩みを止めはしない。
涙を流す資格もないのだと分かっている。
泣くのは他の者たちの役目。
泣いて卑怯者と人でなしと云えば言い。
悲しみの涙も怒りの涙も、すべてを洗い流してくれるはずなのだから。
「泣き喚いた方がまだ救われる」
眩しいほどに晴れ渡った太陽を仰ぎ見て土方はそう呟いた。