変革の兆し(5)
藤堂の申し出に、芳乃は暫く思案したのち口を開く。
「悩んでいる訳ではないのです。ただ、周りがひどく殺気立っているので、気が滅入ってしまって」
大政奉還という出来事に、誰もがどこかギシギシとしている。
あの沖田ですら、いつもの陽気さは影を潜めていた。
「それもこれも、大政奉還なんて訳の分からないことをするから……」
「大政奉還?」
ため息と共に呟いた言葉を藤堂が反芻する。
「藤堂さんも聞いていませんか? 徳川様が将軍職を返上したという話を」
「もちろん知っているさ。……お芳さんは大政奉還には反対なのか?」
不意に投げかけられた問いに芳乃は考えを巡らせる。
新撰組隊士たちはほぼ反対だろう。
けれど、芳乃自身はどうなのかと問われれば、何とも言い難い。
ただ周りのギシギシとした雰囲気が嫌なだけであって、そのものの意味自体、深く考えてはいなかったのだ。
異国が進入し右往左往し、街中には外敵から守るためなどと安易に刀を持ち、横暴な振る舞いをする者たちが増えていた。
そんな輩を野放しにし、次々とやってくる外船の対応もままならない。
そんな幕府に歯痒い思いをしていることは確かだ。
このまま徳川幕府がこの日本を動かしていけるのかと、小さな不安もあった。
「大政奉還はなるべくしてなった。俺はそう思う」
黙り込んだ芳乃に変わり藤堂がそう口を開く。
「そもそも国を治めるべきは天皇であらせられるべきなんだ。徳川は長く力を持ちすぎた。徳川の慢性とした今の状態ではとても迫り来る外敵に勝てやしない。いや、外敵どころか不逞浪士にさえ無力に等しく怯んでいる。そんな状態で、どうやってこの国を敵から守れる?」
そう語る藤堂の目には、いつかの強い輝きが見て取れる。
「……藤堂さんは、討幕派なのですね」
今まで国を動かしてきた幕府を無くし、新たな国づくりを推進する考え。
幕府を守る新撰組とは相反する。
どちらかといえば、藤堂は新撰組の敵ということになる。
土方が、藤堂にもう会うなといった訳。
それが今ようやく分かった。
「今はそういうことになるんだろうね。けれど、俺は幕府がなくなればいいって思っているわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「もう幕府では無理なのだと思う。この国を守りきることがさ。俺はただ、外敵からこの国を守りたいんだ。このまま流れのままにまかせちゃいけない。今は変革が必要なのだと思う」
そう語る藤堂の瞳は強い光を宿している。
それは鉄之介が新撰組を語った時のような、自分を信じ未来を進もうとしている目だ。
「……」
「ああ。ごめん。女子である君には、少しばかり堅苦しい話だったかな」
黙りこんだ芳乃を見て藤堂は照れたように笑う。
「そんなことはないです。藤堂さんはすごいです。ちゃんと色々なことを考えているのですね。自分の道をしっかりと見極めていらっしゃる」
比べて自分はどうだろう?
今だ未来が定まらない。
鉄之介の傍で生きたい。
けれど、近くにいるというだけで自分は何をしているのだろう?
ただ雑務をこなしているだけ。
必死に前に進もうとしている鉄之介の姿を見守ることしか出来ない。
このままで本当にいいのだろうか……。
「ええっと。何だか分からないけど落ち込まないでくれよ。女子は笑っている方がいい」
俯く芳乃を覗き込み藤堂はニッと笑う。
「女子は、ただそこに咲いているだけで、人を和ます花の様なものだよ。微笑んで、男を見つめていてくれればいい。男はそんな花に会いたくて、戦から生きて帰ろうと思うんだからね」
藤堂に心の中を見透かされた。
そんな気がして芳乃は頬を染める。
「ほら! 雨も上がった。見てごらんよ」
そう言われて空を見てみれば、雲の隙間から光が差し込み大きな虹がかかっている。
「綺麗……」
虹を見るのは久しぶりのことだ。
小さな頃、虹に触れてみたくて、鉄之介と一生懸命に追いかけたことを思い出す。
今もあの時の気持ちに似ている。
ただほしくて我武者羅に歩き続けたあの時。
確信めいたものなんて何もなくて、出来るのは精一杯手を伸ばすことだけ。
そして今も自分は、我武者羅に毎日を生き、そして届かない何かに必死に手をのばしている。
その『何か』が分かるのはいつになるのか。
手に入れられるのか。芳乃には検討もつかなかった。