変革の兆し(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
慶応三年。十月。
芳乃が新撰組に入隊し、二月半ばが過ぎようかという時だった。
芳乃は秋の昼下がり、鼻歌交じりに表門の掃き掃除をしていた。
ヒラヒラと舞い落ちる葉は色とりどりに色づき綺麗で、芳乃はすこぶる機嫌がいい。
京の秋は美しい。
人と町と自然。それらが混ざり合い、一つの風景を作り出している。
秋の厳かな美しさが芳乃は好きだが、特に京の町はその美しさを何倍にもひきだしている。
変革を望まない静寂。
はるか昔から変わらない寺院やそれらを囲む山々。
ここには不思議な落ち着きがある。
相変わらず、小さないざこざが京の町に無くなることはないが、新撰組の取り締まりが効いているのかどうか、ここ幾日は血生臭い話も縁遠くなっている。
「お、今日は機嫌いいな。どう? 今度お茶にでも……」
「行きません」
通りがかりの隊士にそう言われても、芳乃は機嫌が良いままに笑顔で答える。
いつもならもっとつっけんどんに言葉を吐き出すところだが、今の芳乃は未だかつてないほど機嫌がいい。
こんなことくらいではまったく動じない。
「ちぇっ。まあ、いいけどさ。でも何でそんなに機嫌がいいんだ? 不気味……」
「何かいいました」
ボソリと呟く隊士の言葉を聞き逃さず、芳乃は笑顔のまま鋭い睨みをかける。
「い、いや。さぁて、仕事仕事~」
退散とばかりに隊士はそのまま屯所内に消えていく。
「まったく。……でも平和だわ。本当に平和♪」
手を休め、芳乃はうーんと大きく背伸びをし空を見上げる。
突き抜けるかのような青い空に、真っ白な雲が浮いている。
秋の優しい太陽に澄んだ空気。
「あーあ。こんな日が永遠に続けばいいのにな……」
付いたのは幸せのため息。
未だかつて感じたことのない開放感。
芳乃がココまで幸せを感じている理由。
それは土方歳三の不在にある。
顔を見れば何かと突っかかってくる土方は、芳乃にとって最大の天敵。
けれど相手は組の副長。
芳乃はといえば未だしがない仮隊士。
面と向かって言い返す訳にもいかず、芳乃のストレスは溜まっていく一方なのである。
もっとも、面白いほど感情を外に出してしまう芳乃である。
故に土方は芳乃が腹を立てていることを知っていて、ワザと突っかかっておもしろがっている節もある。
周りの隊士たちにもその光景はすっかり定着し、今では土方を睨む芳乃と、ニヤニヤと楽しそうにしている土方の姿を見て『また始まった』と皆も馴れきったものである。
中には、芳乃がいつキレるか賭けをしている者もいる。
知らぬは本人ばかりなのだ。
土方は京を離れ東下り中。
新隊士を募るためだった。
つかの間の平和。
その上、もうすぐ非番の日。
今から何をしようかと考えを巡らせ気分は最高潮だ。
「今度の休みはどこに行こうかなぁ。寺院を回って紅葉を見ようかなぁ。それとも、買い物にしようかしら? この前、おもしろそうな古書を見かけたのよね。早く買いにいかなきゃ、売れてしまうかもしれないし……」
ザッ!
考えを巡らせていたいた芳乃の間を男が走りこむ。
しかも、集めたばかり木の葉を見事に蹴散らしてくれて。
「ちょっとっ! 何をするの?」
そう言って男を睨んだが、ひどく青ざめた表情を見て芳乃は目を丸くする。
「どうしたのですか?」
顔面蒼白のまま男は言葉を吐き出す。
「た、大変なんだっ! 局長を。近藤局長をっ!」
訳が分からず、けれど何か不穏なことが起きる。
そんな兆しを感じ芳乃の心に翳りを落とした。