副長命令(7)
「失礼しますっ」
相手の返事を聞く前に、芳乃は障子を開け放す。
中では、土方と近藤が将棋を指していた。
これでもかと言うほど和んだ雰囲気がその場を支配している。
「お、帰ってたのか? で、何をそんなに慌ててやがんだ?……と王手」
芳乃を一瞥してからすぐに将棋盤に視線を戻し、土方は王将を一こま進めニヤリと笑う。
「あ、あぁっ! ちょっと待て、歳」
「待ったはなしだぜ、近藤さん」
どうやら近藤が劣勢らしい。
近藤は土方の言葉に「うむむ」と唸ったまま止まってしまっている。
そんな『戦士の休息』的光景を見ながら、芳乃はワナワナと体を震わせる。
「何を? じゃないですっ! どういうことですか!? 私が花街で『いろは』だとかお、女を買っただとか、み、み、身売りするとかっ。一体、土方さんはみんなに何を言ったんですか?」
言葉にするだけでも恥ずかしい。
芳乃は真っ赤な顔で言葉を吐き出す。
「ああ? 俺は何も言ってねぇぞ。ただ、お前の消息を聞かれて『花街にいる』って答えただけだ。他は奴らが勝手に話作って面白がってんだよ」
シレッとした顔をして、土方は悪びれた風もなく言い放つ。
「知っているなら、どうして止めてくれないんですかっ」
そんな土方の態度に芳乃は噛み付くように言い放つ。
そして土方の答えは……。
「そんなの、おもしれぇからに決まってんだろ」
「………………」
沈黙。
静まり返るその場で近藤が我に返る。
「こら! 歳っ。そういう言い方は……」
「…………………………よぉく分かりました」
続いて静かなとても静かな芳乃の声。
「前言撤回ですっ! 二度と感謝なんてしませんっ!! 失礼しますっ」
バァンッ!!
廊下にまで響き渡る芳乃の怒鳴り声と、壊れたのではないかと思うほど未だかつてない音を響かせて障子が閉まる。
「前言も何も、俺は感謝の言葉なんて聞いてねぇぞ」
憮然とした面持ちで土方はポロリと呟きを漏らす。
「……歳。とりあえず、戦いに出る前に殺されたりするなよ」
土方歳三。
その厳しさから、周りは常に敵だらけだったという。
だがしかし、実はその他にも問題はあるのではないかと思う新撰組局長、近藤勇だった。