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新撰組屯所(1)

注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。

 歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。

 また、ぬるめですが残虐な描写があります。

 

 作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。

 それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。




 茶店の主から教えられた道を進み、芳乃は目的地に辿り着く。


「ここが……」


 高い堀が周りを囲み中は見えないが、その大きさは下手な大名屋敷よりずっと大きい。

 何百という隊士が寝起きし、中には寺の庫裏のように広い台所や三十人は一度に入れる広い風呂場まであるという。居室はもちろん、客舎や物見。別棟には道場まであるという話だから、半端な大きさではない。

 門の前には、新撰組の名が掲げられているが、芳乃は一瞬入るのを躊躇する。

 話には聞いていたが、あまりの大きさに少しばかり気後れしていた。


「ええいっ、当たって砕けろだ」


 自分に気合を入れると、深呼吸をし芳乃は門をくぐる。

 玄関先の戸は開いていたが、そこに人の姿はなかった。

 一瞬躊躇いながらも、芳乃は意を決して声を出す。


「すみません。誰かいませんか?」


 声が震えた。

 ここまで来て微かな緊張が走る。


「何だ?」


 ほどなくして出てきたのは、厳つい顔をした中年の男だった。

 芳乃を上から下から探るように見てから、あからさまに眉を顰める。


「あの! ここに市村鉄之介(いちむらてつのすけ)という方はいらっしゃいますか?」


 とても友好的とはいえない男の視線に動じることなく、芳乃はにっこり笑顔で尋ねる。


「市村? お前、そいつに何のようだ?」

「え?」


 男の不審そうな視線を受けて、芳乃は答えに窮する。


「……それは本人に直接伝えます」


 暫く思案してから芳乃はきっぱりと言い放つ。

 それは本人に言うべきことであって、他人に話すべきことではない。

 そう結論付けた。


「ふん。帰れ、帰れ。何にせよ、子供が来る場所じゃねぇんだ」


 芳乃の言葉を聞くやいなや、男はシッシッと手を払ってその場から去ろうとした。

 誰か隊長クラスの者への訪問者ならばいざしらず、名も知らない平隊士への面会者など、いちいち相手になどしていられない。


「なっ。待ってください! 私は市村さんに会うために、江戸から出てきたのです。ここで帰れと言われても、帰るわけには行きません!」


 芳乃は慌てて男を引き止める。


「そんなこと俺の知ったことか。皆忙しいのだ。お前のような小娘を相手にしている暇はない」


 イライラとした口調で男は言う。

 夏のうだる様な暑さ。

 ただでさえ苛立っているのに、しつこい訪問者に男はうんざりしていた。


「でも!」

「えぇい! 煩い! サッサと帰れと言っている。帰らぬのなら、叩ききるぞ!」


 怒りに任せて男は脇差を握る。


「分かりました……。ならば、あなたの手は煩わせません。自分で探します」


 芳乃は男に臆することなく言い放つ。

 普通の少女ならば、恐ろしさに逃げ出すところだが、芳乃は恐怖よりも先に怒りが勝っていた。

 ここに辿り着くまでの道のりは、決して楽なものではなかった。

 危険な目にも幾度と無く遭ったし、思い起こせば命の危険にさらされたことだってなかったわけじゃない。

 そんな思いをして辿り着いたのだ。

 男一人に怒鳴られたくらいで帰れる道理がない。

 むしろ望むところである。


「失礼します」


 脅せば恐れをなして帰るだろうと踏んでいた男は、思わぬ反撃に呆気にとられている。

 変わって、そんな男を尻目に芳乃は平然と敷居をまたぐ。


「ふざけるな! 本当に斬るぞ!」


 入り込んで来た芳乃を見て、男は我に返り刀を鞘から引き抜く。

 ここまで来たら、引っ込みが付かない。

 京で鬼とまで言われる新撰組の隊士が、小娘一人になめられたとあっては面目が立たない。


「サッサと帰れ!」


 凄みのある男の声。


「刀は安易に抜くものではないのではないですか? 私はただ人に会わせてほしい。そうお願いしただけです」


 まったく動じることなく芳乃は睨み返すように男を見る。

 芳乃の父は町医者だった。

 その父の手伝いを芳乃は幼い頃からしていた。

 診療所には、傷を負って殺気だった男たちが担ぎ込まれてくることだってある。

 荒くれ者には馴れている。

 力で優位に立とうとする者たちを、言葉で打ち負かしてきたのだ。

 口三寸はお手の物。


「いいかげんに……」


 落ち着き払った芳乃の態度に、男の顔が怒りのため朱に染まる。


「何の騒ぎだ」


 重なる声。

 芳乃は後ろに気配を感じ振り返る。

 真後ろに男が二人立っていた。


「何だ? その刀は」


 一人が、男が振りかざしている刀を見て形のいい眉を顰めている。

 背の高い男だった。

 髪は総髪で一つにまとめて下げている。

 目元は涼しげで、つい眼がいってしまうような美男子だ。


「あ、いえ。土方先生。その……」


 男は見る見るうちに顔色を変えていく。


「何か騒ぎかね?」


 背の高い男……土方と呼ばれた男の横にもう一人。

 厳つい顔をしたどこか威厳ある風貌。

 髪は総髪ながらきちんと結い上げている。

 落ち着いた様子で目の前の光景に動じる風もなく、やんわりとした口調で尋ねる。


「こ、近藤局長」


 その人物に、男の顔色は更に悪くなった。


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