副長命令(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
「さあ! 早く食べてくださいよ。やることが山積みなんですから」
湯気の立つ朝餉を沖田の前に差し出して、芳乃は早口でそう告げる。
「いやぁ、今日は朝から気合が入っているのですね。昨日は、何かいいことでもありましたか?」
キビキビと部屋の片付けをしている芳乃に沖田はクスクスと笑いながら言葉をかける。
「うーん……半分当りで半分はずれです」
『あなたの姿を見ると安堵するのです。誰よりも元気に仕事をこなしているお芳ちゃんを見ると、僕もがんばらなければと勇気付けられている』
昨夜の鉄之介の言葉を思い出し、思わず芳乃の口元は緩む。
我ながら単純だと思うけれど、鉄之介の言葉だけで、いつもの仕事にも数倍張りが出ている。
が、嫌なこともあった。
『土方さんと出会ってあの方の戦いを見たとき、『この人に付いていきたい』 心の底からそう思ったんです』
あの言葉で、鉄之介が土方に心底ほれ込んでいるということが嫌というほど分かった。
土方には負けたくない。
そんな闘争心から気合も入るというものだ。
もっとも、こんな場所で気合を出しても、土方には到底勝てないというところが悲しいところだが。
「ふぅん。何はともあれ、市村君の力は偉大ですねぇ」
ボソリと呟いて沖田は、うんうんと納得したように頷く。
「え?」
沖田の言葉を耳にした芳乃は、世話しなく動かしていた手を止める。
「いや、こちらの話です」
そうは言うが、沖田の言葉はしっかり芳乃の耳に届いていた。
「……もしかして、沖田先生が鉄ちゃんと会えるようにして下さったんですか?」
もしかしなくてもその通りだろう。
どう考えてもおかしな話だ。
あんな時間に出会うなど偶然にしては出来すぎている。
どうしてすぐに気が付かなかったのだろう。
「沖田先生って、おかしな人ですけど意外にいい人ですよね」
芳乃はしみじみと言う。
「えー。『おかしな人』と『意外に』は余計ですよぉ」
褒められたのだか貶されたか分からないその台詞に苦笑をする沖田。
「だって新撰組幹部なのに全然偉そうではないし、すぐに子供たちを集めて遊びに行っちゃうし、お酒なんかより甘い物が好きだし、その上苦い薬は飲みたくないと駄々をこねるし。おかしな人じゃないですか」
「そんな別に、駄々をこねるなんてそんなことしやしませんよ」
ケラケラと軽く笑い沖田はピラピラと手を振る。
「そうですか。それなら助かります。朝餉の後のお薬、ここに置きますね。食べ終えたら難癖つけずにすぐに飲んでくださいね」
にっこりと微笑み、小さな包みをお膳の端に置く。
「うっ」
沖田は「しまった」と一瞬顔を顰める。
いつもならば忘れたフリをして逃げ出すか、こっそり捨てるか。
はたまた理由を付けて回避するのだが、言ってしまった手前、呑まない訳にはいかない状況になっている。
「それでは、お膳は後で片付けに来ます」
「あ、そうそう。言い忘れていましたが、部屋に来るようにと土方さんが言っていましたよ」
立ち上がりかけた芳乃に向かって、沖田は何気ないことのように言い放つ。
「え、えぇっ! な、何でですか!」
「さぁ? 僕はただ、お芳ちゃんにそう言えといわれただけですので」
お返しと言わんばかりに、にっこり満面の笑顔の沖田。
「さっきの『いい人』は撤回させてもらいます」
天使のような笑顔を向ける沖田に向かって芳乃は恨めし気な目を向けた。