回顧(4)
「どうして鉄ちゃんは新撰組に入隊したの?」
どこからか一匹、蛍が迷い込んできた。
二人の間を淡い光を放ち通り過ぎやがて消える。
「魂が震える感じって分かりますか?」
蛍が消えた空を見つめたまま、鉄之介は静かに口を開く。
「魂?」
「心よりもっとずっと奥の方が熱くなって、体中が沸き立つような……そんな感じなんです」
「それが、新撰組?」
問いに鉄之介は頷く。
「兄が新撰組に入隊すると聞いて、僕はただそこに付いていっただけなんです。最初は入隊する気などなくて、ただどんなところなのだろうと、興味本位でした」
苦笑を浮かべて鉄之介は頬を掻く。
「けれど土方さんと出会ってあの方の戦いを見たとき、『この人に付いていきたい』 心の底からそう思ったんです。心が……いいえ、魂ごとあの人に惹き付けられ、体中が震えました」
そう言った鉄之介は今までに見たことがないほどに瞳を輝かせている。
その瞳は芳乃を映さず、ここにはいない一人の男を見ている。
ズキリ。
小さく心が疼く。
モヤモヤとする。
どうしようもなく心がトゲトゲしくなっている。
今が夜でよかったと芳乃は心底思う。
自分の歪んだ顔を見られずにすむのだから。
「それじゃあ、鉄ちゃんは土方さんのそばに居たいから、新撰組にいるの?」
思わず少しきつい口調でそんな言葉が口をついてしまう。
言ってから、我ながら馬鹿げた質問だと後悔する。
「もちろん近藤先生や沖田先生その他にも、新撰組にはすばらしい方々がいらっしゃいますし、僕は新撰組が好きだからいるのです。その、もちろん土方先生の側に居たいというのもありますが」
芳乃の問いに鉄之介は少し驚いたように目を見開いてから、穏やかな口調でそう答える。
「ごめんなさい。何だか、おかしなことを聞いちゃったよね」
「いいえ。その、お芳ちゃんは夕刻に見たことを気にしているのではないですか?」
「……」
鉄之介の言葉に、平然と血まみれになっていた原田や永倉の姿を思い出す。
「でも分かってください。京の平和を守るためには、決して奇麗事だけでは成り立たないのです。誰かが汚れた役をこなさなければいけないのですから」
眉を顰め苦渋の表情で訴えるように芳乃に瞳を向ける。
「分かってる。あの時はちょっと驚いただけ。あのくらいで怯んでいては、ここにはいられないもの」
鉄之介に、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を吐き出す。
「そうですか。よかった。もしかしたら、帰りたいと言い出すのではないかと思っていたんです」
鉄之介は安堵したように息を吐く。
「……鉄ちゃんは、私がここにいることを反対ではなかったの?」
鉄之介の言葉に目を丸くする。
散々、ここにはいない方がいいというような趣旨の言葉を口にしていたはずなのに。
芳乃の言葉に、鉄之介は「しまった」というような顔をしてから、観念したように口を開く。
「本音をいえばココに居てほしいんです。僕は」
「え?」
思っても見なかった告白に、芳乃はキョトンとして鉄之介を見返す。
「最初は正直、女子がココにいるということ自体妙に抵抗を感じて、それに絶対にココで生活していくなど無理だと思っていたんです……けど」
「けど?」
「この頃は、あなたの姿を見ると安堵するのです。誰よりも元気に仕事をこなしているお芳ちゃんを見ると、僕もがんばらなければと勇気付けられている」
言いながら照れくさいのか、芳乃の視線を避けるように在らぬほうへと視線を持っていく鉄之介。
「私はココに居ます。出て行けって言われたっていきません。ずっと……」
(鉄ちゃんと一緒にいます)
芳乃はそっと心の中で呟き微笑んだ。