回顧(3)
風が通り抜け、髪に差した簪を揺らしていく。
あの時は夏の終わりの肌寒い季節だったが、今は夏真っ盛り。
外に出てもさほど寒さは感じない。
十年前の時には、あの後芳乃も鉄之介も風邪をこじらせ大変だった。
それを思い出し芳乃はクスリと笑う。
「お芳ちゃん?」
と、その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、鉄之介が立っていた。
「鉄ちゃん?」
まさか会えると思っていなかった芳乃は、一瞬幻なのではないかと疑ってしまった。
「お芳ちゃんも星を見に来たのですか?」
「うん。ここからは星が綺麗に見えるって聞いたから……」
そう言って空を仰ぐ。
そこにあるのは、小さな頃と同じ満天の星空。
「綺麗ですね」
「うん」
どんなことがあろうとも、瞬く星の美しさは変わらない。
時代が変わり、人が変わろうと、やはり星を見て美しいとそう感じることは変わらないだろう。
「憶えていますか?」
空を見上げたまま、不意に鉄之介は芳乃に訪ねる。
「え?」
「ちょうど十年ほど前に、お芳ちゃん夜中に裸足のまま、うちから自分の家に帰ろうとしたことがあったんですよね」
「……憶えていたの?」
てっきり鉄之介は忘れていると思っていた芳乃は、顔を赤くする。
「はい。あれはけっこう思い出深いことでしたからね」
クスクスと鉄之介は笑う。
「何よ。追いかけてきた鉄ちゃんだって、半べそをかいていたじゃないの」
「そ、それは……まだ幼い時の話だし……」
負け時と言い返した芳乃の言葉に鉄之介も赤くなる。
「お互い様」
口を曲げて芳乃は言い放つ。
「そうですね」
鉄之介は何とも言えない顔で頬を掻く。
「あの後、熱を出して大変だったわよね」
「ええ。父上には怒られるし、母上には泣かれるし」
戻る頃には夜が明けていて、家ではものすごい騒ぎになっていた。
その時の光景を思い起こして、芳乃と鉄之介は同時に笑い出す。
なにせ、二人同時に消えたのだ。
やれ神隠しだ駆け落ちだと、話はおかしな方向へと飛んでいて、後一歩で捜索隊が出動するところだったのだ。
「あの時は、鉄ちゃんに本当に迷惑をかけたと思うわ。今更だけど、ごめんなさい」
「いいえ。あの時から、お芳ちゃんは心を開いてくれるようになったんですから。僕は、とても嬉しかったんですよ」
一人でこもっていることの多かった芳乃は、それから鉄之介と外に出るようになった。
そしてそこから、徐々に鉄之介以外とも言葉を交わすようになった。
と言っても、やはり誰よりも鉄之介になついており、もっぱら遊び相手は鉄之介だった。
その所為かどうか、鉄之介と出会って半年で、芳乃はかなり男勝りで活発な少女になっていた。
「あれからもう十年も経つんですよね」
鉄之介の言葉に芳乃は小さく頷く。
離れ離れになって十年。
一緒にいた期間はたったの半年。
それでも、鉄之介の性格はよく知っている。
少し気弱で、けれど優しくて正義感があり真っ直ぐな人。
そしてなにより誰よりも温かい少年。
「あの……」
ずっと聞きたかったことがある。
それを聞くために、芳乃は口を開いた。