出会い(6)
「本当に何から何まですみませんでした」
「もういいってば。俺が勝手にやってることなんだし」
帰り道すがら、芳乃は幾度と無く藤堂に礼を言う。
「でも、何度言っても言いたりません」
危ないところを助けてもらった上に、倒れた自分を介抱してくれて、その上お使いまで代わりにしてきてくれた。
そして今は、「心配だから」と途中まで送ってくれている。
「ところで家はどこなんだい? さっき聞きそびれてしまったからね」
「はい。新……」
”新撰組の屯所”
と言いかけて、芳乃は慌てて口を噤む。
「滅多なことでは新撰組の名を出すな」
土方にきつく言われていることだった。
新撰組は、常に倒幕派や尊皇攘夷派に目の仇にされている。
下手に新撰組の名を出せば、それだけでいらぬ争いの種になる。
今はまだ「仮隊士」である以上、おいそれと新撰組隊士であることを触れ回るべきではないという。
「しん?」
途中で言葉を切った芳乃を見て藤堂は首を傾げる。
「あ、えーと。しん……そう! 親戚に厄介になっていているのです」
頭の中で考えを巡らせ、芳乃はそう結論付ける。
しかし、あんなによくしてくれた藤堂に嘘を付くことに少しばかり罪悪感が生まれる。
いっそのこと本当のことを話そうかとも思う。
藤堂はいい人だ。
例え本当のことを話しても害になるとは思えない。
「お芳さんは一人で京まで?」
「あ、はい。父も母ももう亡くなりましたから」
「そうか。苦労しているんだな」
しみじみと言う藤堂。
「あの!」
「お芳ちゃん!」
意を決したその時、芳乃の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
見ると、声の主が前から駆けてくる。
「鉄ちゃん」
声の主は鉄之介だった。
「どうしてここに鉄ちゃんが?」
「お芳ちゃんがあまりにも遅いので迎えに来たのですよ。出たのは昼過ぎだというのに、こんな時間までどうしていたのですか?」
「あの」
「待ちたまえ。君は彼女が世話になっているという家の者か?」
「え? ええ」
芳乃の隣にいる藤堂の存在に気が付いて、鉄之介は面食らったように目を開く。
「俺が口出しすることではないが、彼女にもう少し気を使ってあげてほしい。彼女は先ほど倒れたのだ」
心ばかり口調をきつくして、藤堂は鉄之介に言葉を向ける。
「え!? それは本当なのですか?」
「あ、それは……」
咄嗟に言い訳しようとした芳乃だったが、鉄之介の真摯な眼差しと瞳がぶつかり口ごもる。
もともと嘘を付くことは苦手な性分な上、相手は鉄之介。
容易に言葉が出てこない。
「幸い、大事には至らなかったが、あまり無理はさせぬほうがいいだろう」
「あなたが彼女を助けてくださったのですね。ありがとうございました」
「いや、行きがかり上……な」
「行きがかり?」
「あ、そ、それはっ」
謝れ謝らないで、通りすがりの浪士と口論になった上、乱闘になりかかった。
など、とても鉄之介の耳にはいれられない。
そんなことを聞いたら鉄之介は卒倒するかもしれない。
慌てる芳乃の姿を見て藤堂はクスリと小さく笑いかがみこむ。
(あのことは二人だけの内緒ということで)
耳元でそう囁かれ、あまりの至近距離に芳乃は顔が火照るの感じた。
「まあ、ともかく。迎えも来たことだし俺は帰るよ。それじゃあ」
顔を上げると、藤堂はそういい残してすでに芳乃たちに背を向けていた。
「ありがとうございました!」
慌てて礼を言う芳乃に、藤堂は振り返らずヒラヒラと手を振って答えた。