出会い(5)
「大丈夫?」
気遣わしげな優しい声。
目を開けると、そこに険しい顔の藤堂がいた。
「私……」
額に冷たい感触があった。
「手ぬぐいを井戸水で冷やさせてもらってきた。少しは涼みの足しになるだろ?」
覗き込む藤堂の顔から汗が滴り落ちていく。
どうやらこの炎天下の中を走って戻ってきてくれたらしい。
「ありがとうございます。すごく気持ちいいです」
その心遣いが嬉しくて、芳乃から自然と笑みが零れる。
「あれ? あの方は……」
先ほどまでの場所に斉藤の姿は無い。
「ああ。俺が帰ってきたらすぐ『用事があるから』と帰った。あの人も忙しい人だから」
そう言って藤堂は苦笑する。
芳乃は斉藤の言葉を思い出していた。
『知ったようなことを言うな』
斉藤は確かにそう言った。
あれはどういう意味だったのか。
自分はあの人を傷つけてしまったのだろうか?
斉藤の瞳がひどく心に突き刺さっていた。
「しかし、いくらこの暑さとはいえ倒れるなんて、相当無理をしてきたんじゃないか?」
ぼんやりと考えていた芳乃は、藤堂の言葉に我に返る。
「そうかもしれません。まだ京に来て日が浅く馴れないことも多くあるものですから」
「ああ、そうか。どうりで、君には京訛りがないと思った。それで、お芳さんはどうして京に? 住まいは何処なんだい?」
その言葉に一気に現実に引き戻され、サーと青くなる。
一連の騒ぎで忘れていたが、こんなところでのんびりとしていられる身分ではなかったのだ。
「私、お使いの途中で。どうしようっ。早く帰らなきゃ!」
鬼副長の眉間に皺を寄せた顔が思い浮かぶ。
まだ洗濯が半分以上残っているし、夕飯の下ごしらえだって何もしていない。
やることを思い返して芳乃は青くなる。
「もう少し安静にしていなければ」
立ち上がりかけた芳乃を、藤堂は慌てて押さえ込む。
「いえ。もう本当に平気ですから! まだ店にも行っていないのに……」
気が付けば日が少し和らいできている。
今どれくらいの時間なのか、とりあえず一刻はたっているはずだ。
これ以上休んでいる時間はない。
「うむ。分かった。俺が君のお使いをしてきてあげるから。その時間だけでも、休んでいてくれよ」
ほんの少し考え込む仕草をしてから、藤堂はニッコリ微笑んで言い放つ。
「えぇ!? そんな」
藤堂の言葉に芳乃は目を丸くする。
「いいから。ほら、どこに行けばいいだ?」
「だめです! こんなよくしてもらって、更に迷惑なんてかけられません」
「俺がいいって言ってるんだ。このまま君を行かせて、途中で行き倒れ。なんてことになったら、余計に迷惑なんだ。ほら、早く言って」
強い口調でそう言われて、とうとう芳乃は根負けする。
仕方なく、行くはずの菓子屋の名前と、買ってくるように頼まれた饅頭を告げる。
「饅頭か」
藤堂は一瞬、妙な顔をする。
「あの……」
「いや。昔の知り合いを思い出したんだ。男のクセに甘いものが大好きなやつでさ。普段は元気なくせに、時々体調を崩して寝込むんだ。そんな時、可哀想に思って何かほしいものがあるかと聞くと、決まって甘い物が食べたいと言い出してさ。よく買いにいったんだよな、饅頭だとか団子だとか菓子類をさ」
そう言って、少し寂しそうに笑う。
「その方、今はどうしてらっしゃるんですか?」
その表情が気になって、芳乃は藤堂に尋ねる。
「さあ。今は全然会っていないから。でも、元気なんじゃないかな。きっとそのうち、再会することになるだろうさ。その時は……」
そこまでで言葉を止めて、藤堂は晴れた空を仰ぐ。
「……」
「いけない! 余計な話をしてしまったね。すぐに戻って来るから」
そう言うと、藤堂はまたも走り去っていった。
藤堂の姿が見えなくなると、芳乃は額に乗せられた手ぬぐいにふれる。
一時の休息。芳乃は心地よさに身を任せ目を閉じた。