出会い(4)
(困ったなぁ)
藤堂が駆けていってしまって、後には芳乃と斉藤の二人が残る。
グルグルと回る意識の中、言葉一つ発さない寡黙な男を前に、芳乃はどうしようもない居心地の悪さを感じていた。
間違いなく斉藤の存在がこの場の空気を更に重たいものにしている。
「……」
「……」
まるで何かの我慢比べのようだ。変に張り詰めた空気がその場を支配している。
「……俺のことは気にするな」
「……」
その場の気まずさを感じ取ったのか、斉藤がボソリという。
気にするなと言われれば、余計に気になってしまうのが人の心理というものだ。
一言発した後、斉藤は芳乃には目もぐれずその場に立ったまま、どこか遠くを見ている。
芳乃の存在を忘れ去り、自分の思いにふけっているようだった。
その瞳は相変わらず暗く冷たい。
斉藤はすべてを包み込む闇夜を思い出す。
光とは決して交わることが出来ない闇。
好もうが好まないが闇は光とは交われない。
それをこの男は愁いでいるのだろうか。
芳乃には斉藤が何か黒く重いものを背負い込んでいるように見える。
藤堂が生粋の明るさを持つように、斉藤は元来の闇を持ち合わせている。
けれどそれ以外に、もっと違う何かが斉藤にはある。
暗さ冷たさ。
その奥に秘められた愁い。
「……どうしてそんなに悲しそうなの?」
その姿を見てぼんやりと芳乃は呟く。
口に出すはずではなかった。
というか、芳乃自身は声に出したつもりもなかったのだが、それは言葉として外に飛び出していたらしい。
斉藤は始めて芳乃に顔をを向け、愕然とした表情で目を見開く。
(ああ、そうか)
その表情を見て思い出したのは、死んだ父のこと。
斉藤はどこか父に似ている。
姿かたちではない。
その雰囲気がだ。
母が死んでから父もこんな風に、ふとした瞬間に遠くを見る時がある。
そんな時、芳乃は決まって怖くなる。
遠くを見る目はどこか暗く、いつも陽気な父とは別人に見えた。
芳乃が見えない何かを見ている。
それがどうしようもなく怖くて寂しかった。
斉藤を見ていると、思い出したくない父のその姿を思い出してしまう。
だから、斉藤に向けた言葉は、芳乃がいつも心の中で父に問いかけていた言葉だった。
「……知ったようなことを言うな」
斉藤がそうはき捨てる。
「あ……」
何か答えようとしたその時、視界が遠のく。
暗転。
芳乃はそのまま意識を手放していた。




