出会い(3)
見物人もバラバラと消え去り、後には芳乃と藤堂それに斉藤が残される。
「すまない」
唐突に藤堂は芳乃に頭を下げる。
「え!? あ、あの?」
芳乃は面食らう。
謝るのは芳乃の方であるはずだ。
あのままいけば、殺傷事件に発展していたのを止めてくれたのだ。
「あの人も決して悪い人ではないんだ。ただ先ほどの集会で不本意なことがあって、少しイライラしていたのだと思う。だからあの人を許してやってほしい」
「あ、いえ。私も少し……というかかなり、意地になってしまって。反省しています」
相手も悪いが、自分に非がないのかといえばそうでもない。
もう少し言い方を変えていれば、あんな険悪にならずに済んだかもしれない。
しゅんとなる芳乃を見て藤堂は小さく笑う。
口の端に八重歯が除く。
「?」
その笑みの意味を捉えかねて芳乃は小首を傾げる。
「いや、先ほど啖呵を切るあなたを見た時、なんて度胸の据わった子だろうと思ったけれど、こうして話をしてみれば、普通の可愛い女子なのだなと思って。あなたはおもしろい子だね」
そう言った藤堂の目は柔らかく人懐っこいものに戻っている。
(人のこと言えるのかしら?)
あの場を丸め込んだ気迫。
今の藤堂の姿からは想像も出来ない。
今目の前にいる藤堂は、気のいい好青年といった感じで、争いごととは無縁の平和そうな雰囲気を醸し出している。
「自己紹介がまだだったね。俺は藤堂平助。こう見えても、津藩主藤堂和泉守の落胤ていう、由緒正しき血筋なんだ。今は高台寺でさっきの方々なんかと、ある先生の下で生活をしている」
好青年の言葉に芳乃は驚いて目を見開く。
「落胤」
つまりは津藩主の子供だということだ。
はっきりとした身分はもらえないにしろ、半分は高貴な血が流れていることになる。
そんな大それた話、とても信じられるものでもない。
それでも、「もしかしたら」と思ってしまうのは、藤堂のすれた雰囲気のない屈託のなさと、人を魅了する生まれながらの雰囲気を目の当たりにしている所為かもしれない。
「藤堂君。あまりそういうことは……」
横から斉藤と呼ばれていた男が苦い顔をしている。
「なんだい。いいだろ。本当のことなんだし。といっても、斉藤さんは信じてないんだよな俺の話」
「いや、そうは……」
「目が言ってるよ。誰も知らないのをいいことに、でかい話をでっち上げたもんだって」
「だから、そんなこと……」
「いいさ、いいさ。信じなくても何でも事実は事実なんだしな」
斉藤の言葉は最後まで続かない。
藤堂が最後まで聞かないのだ。
おかげで斉藤の言葉は中途半端に終わっている。
ついには言葉を口にすることを諦め、斉藤はため息で話を切り上げる。
「あ、そうそう。この人は斉藤一さん。この人も俺の仲間なんだ」
「……」
斉藤はただ無言でいる。
芳乃に視線を向けようともしない。
「この人は無口だから。あんまり気にしないで」
何も反応を示さない斉藤の代わりに藤堂が苦笑して言う。
けれど、無愛想だとかそういうことではない。
はなっから芳乃という存在を無視しているのだ。
気分がいいはずがない。
好かれたいわけではないにしろ、無視されるとなると腹立たしい。
(別にいいけれど)
人にはそれぞれ相性というものがある。
どうやら芳乃と斉藤の相性はよくないらしい。
それならばそれで、無理をして仲良くする必要も無い。
芳乃も無言のまま、斉藤から視線を外す。
「君の名前も教えてもらっていいかな」
「はい、私は宮崎芳乃といいます」
軽く頭を下げて芳乃は名を告げる。
「そうか。お芳さんか。良い名だ。時にお芳さんは……」
グラリ。
唐突に視界が曲がった。
足に力が入らず芳乃はその場に崩れ落ちそうになる。
「大丈夫かい!?」
素早く藤堂は芳乃に手を差し伸べ、引きとめる。
「すみません……」
頭がクラクラとして自分の声が遠くに聞こえる。
気持ちが悪い。
遠ざかりそうな意識の中、芳乃は必死に立ち上がろうとするが、手に足にもまったく力が入らない。 支えてくれている藤堂の腕がなければ、芳乃は間違いなくその場に倒れ込んでいただろう。
「まだ動かない方がいい」
有無を言わさない力強さでそう言い放つと、藤堂は近くにあった大きな木の下まで芳乃を運び、幹に寄りかからせる。
「ちょっと待っていたまえ。斉藤さん。彼女を見ていてくれますか?」
斉藤は小さくため息を付く。
それを返事と受け取って、藤堂はサッと駆け出していった。




