出会い(2)
その場の者が皆、声の主を振り返る。
目元の柔らかい優男風の若者。
年の頃は二十半ばくらいか。
細身の身体をしているが、鍛えられた引き締まった体躯。
周りの男たちと大差ない格好をしているのに、どこかの若旦那かそれとも旗本のお坊ちゃまか、というようなそんな余裕のある雰囲気を持っている。
独特の雰囲気を持った青年だった。
「ああ。藤堂君。いやなに、この小娘が無礼を働いたものでな」
芳乃とぶつかった男がそう言い放つ。
「違います。無礼というのならあなた方でしょう。お互いの不注意でぶつかったのです。お互いに謝りましょうというのに、刀を抜くなどと!」
臆することなく芳乃は周りの男たちを見回す。
「えぇいっ、うるさい! 小娘ごときに下げる頭など持ち合わせておらぬわっ。我を張るというなら、叩き斬ってくれるっ」
男は刀を鞘から半身抜きかける。
「待ってください」
それを藤堂は上から素早く押さえつけて止める。
「藤堂君っ」
男はギロリと藤堂を睨む。
「分かりました。ここは俺がかわりに謝りますから」
「何?」
藤堂の申し出に男は目を丸くする。
「待ってください! あなたにはっ」
関係ない。
そう言い掛けて、芳乃は言葉を止める。
向けられた藤堂の強い眼差しに圧倒されたのだ。
『黙っていろ』
言葉に出さなくても鋭い目がそう言い放っていた。
(なんて人だろう)
その場の空気を和ませるかのような雰囲気を持ち合わせながら、同時に人を飲み込むほどの圧力を持ち合わせている。
一瞬、芳乃は怒りを忘れて藤堂に見入っていた。
「お嬢さんにも俺が謝ります。どうか、俺に免じて双方引いていただけませんか?」
口調や表情は柔らかでありながら、その目は鋭く相手をけん制している。
「むっ」
その目を向けられて、男は小さく呻き眉を顰める。
その場の空気が一瞬止まる。
「こんなみっとも無い騒ぎ。伊東先生のもっとも嫌うことではないか?」
低い声がその場を一突きする。
見れば藤堂の後にもう一人男がいた。
目元の鋭い冷たい雰囲気の男だった。
藤堂を「陽」とするならば、この男は「陰」
まったく正反対の印象を受ける。
陰のこの男を見たときその冷たい風貌に、芳乃は一瞬ヒヤリと冷たいものを感じた。
容姿そのものは、目元の鋭さ以外際立ったものはない。
ただ、男が纏う空気。
それがどうしようもなく陰気でひどく暗いものに感じた。
それになぜだろう?
鋭い目の先に、どうしようもない憂いを含んでいる。
「斉藤君っ」
男は真っ赤な顔で斉藤と呼んだ陰の男を睨みつける。
「斉藤さんの言うとおりです。周りを見てくださいよ」
声を潜めて、藤堂は男に耳打ちする。
見ると、いつの間にか遠巻きに見物人が出来ている。
その様子に気が付いた男は、ひどくバツが悪そうに言葉を吐き出す。
「ふんっ。馬鹿馬鹿しい。行くぞ!」
今だ柄を押さえつけている藤堂の手を払いのけ、男は踵を返しその場を後にした。
他の者たちもすっかり毒気を抜かれ、苦笑をしつつその後に続いた。