出会い(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
「何度もいいますが、その呼び方やめていただけませんか?」
現れた天敵を睨んで芳乃は言う。
「いいから、サッサと仕事をしろ」
「分かっています。これからお使いに行くところです」
沖田に頼まれて菓子屋に行くのだ。
後には、夕餉の支度やら仕事が山とある。
「なら、そんなところで欠伸をしている場合じゃねぇだろうが」
「土方さんこそ、仕事はないんですか?」
「山とあるさ。けどな、仕事をしない隊士を注意するのも仕事のうちだ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうですか。それじゃあ、私は忙しいので行きます!」
芳乃はスタスタと歩き出す。
「外で油を売るなよ、芳坊」
「~っ!」
芳乃が嫌がるのを知っていて、土方はワザとそのあだ名で呼ぶ。
土方曰く
『男を打ち負かすなんざ女じゃねぇよ。芳乃なんて女っぽい名前はもったいねぇ。芳坊で十分だろう』 だそうだ。
近頃は幾人かが真似て『芳坊』の名が定着しつつある。
その一件の所為もあり、芳乃の土方嫌いは益々強くなるのだった。
外は太陽がジリジリと照りつける。
普通に歩いているだけでも、汗がジットリと滲んでくる。
額の汗は拭っても拭ってもキリがない。
「どうしてこんなに暑いのよ」
芳乃は八つ当たり気味に空に向かって言い放つ。
何だかクラクラする。
寝不足な上にこの頃疲れ気味で、食事もあまりのどを通っていない。
元気がとり得の芳乃だが、新撰組入隊してから体調はいいとは言い難い。
けれど弱音を吐いている場合ではない。
無理に入隊を頼んだのは自分。
ここで泣き事をいえば、土方や自分をよく思わない一部の隊士はここぞとばかりに自分を追い出そうとするだろう。
「よし! がんばるぞ」
萎えてしまいそうな気分を奮い立たせ、芳乃はグッと両手に力を入れる。
「えっと。どこの道だっけなぁ」
気合を入れたのはいいが何も考えずに歩いていた。
目的の菓子屋への道順を一生懸命思い出そうとする。
なにせ、京に来て数日。
やっと屯所内の造りを覚えたところで、京の街中は不慣れだ。
それでなくとも芳乃はけっこうな方向音痴でもある。
沖田に前にも一度お使いを頼まれて、昼近くから出て帰りは夕暮れになってしまったということもあった。
それ以来、沖田は事細かに道順を教えてくれるようになっていた。
今日もじっくりと菓子屋までの道順を教えてもらったはずだ。
それなのに寝不足でボゥッとしていた所為か、その説明の記憶は薄い。
「えっと。確か、一度大通りに出て……きゃあっ」
慌てて曲がり角を曲がった芳乃は、前から来た男と出会い頭に衝突しとしまった。
芳乃はそのまま弾かれて、その場に尻餅をつく。
「無礼者!」
倒れた芳乃に向かって男が仁王立ちのまま怒鳴る。
「痛たっ……」
倒れた拍子に付いた手のひらに痛みが走る。
「ふんっ。小娘が余所見をしているからだ」
そんな芳乃に向かって、ぶつかった浪士風の男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「どうしたんですか?」
後から数人の袴姿の男たちが現れる。
「この小娘が、人にぶつかってきたのだ。まったく失礼極まりない」
倒れて怪我をしたのは芳乃の方だ。
相手は無傷で大した衝撃も受けてはいない。
それなのに倒れたままの芳乃を見下して、男は手を差し伸べることもしない。
「確かに私も余所見をしました。けれど、あなたも不用意に飛び出して来たではありませんか」
ゆっくりと立ち上がり芳乃は噛み付くように男に言う。
「なんだと?」
「謝ります。だから、あなたも謝ってください」
寝不足の頭がズキズキと痛み出す。
気持ちがイライラとする。
汚れてしまった着物と手のひらの痛みが、苛立ちを一層強くする。
「ふざけるなっ。俺を誰だと思っている!」
「小娘が生意気なっ」
後ろにいた男たちも芳乃をグルリと取り囲みギロリと睨む。
幾人かは腰に差した刀の柄に手をかけている。
通りすがりの者たちはチラリと視線を走らせてから、逃げるように足早にその間を通り抜けていく。
下手に巻き込まれたら自分の命も危ない。
京では日常的に、斬るの斬られるのということが、町並みで平然と起きていた。
刀を持たない町人たちが身を守るには「関わらないこと」だ。
芳乃の姿を気の毒そうに見ながらも、誰も間に入って止めようというものはいない。
(私は間違っていない)
芳乃はキュッと下唇をかみ締める。
相手が誰だろうと間違っていることは間違っている。
芳乃は引くつもりはなかった。
一歩も引かず、にじり寄ってくる男たちをただ睨むように見ていた。
いざとなれば芳乃も短刀を抜くつもりだった。
いつなにがあるか分からない。
江戸を出る時に買い求めたものだった。
まだ一度も使ったことはないが、いつか使うことはあるだろうと覚悟はしていた。
無意識に手を胸元に持っていく。
「どうなされたのですか?」
一触即発の雰囲気の中、妙にその場にそぐわない明るい声が響いた。