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狼の住処!?(2)

 沖田の部屋を出て芳乃はソッとため息を付く。


 新撰組に入隊して数日が経とうとしていた。

 ココで暮らすのは想像していたよりずっと大変だ。

 ともかく雑務が多すぎる。

 沖田の身の回りの世話から、その他の隊士の食事の支度。

 掃除や洗濯。

 江戸に居た頃は、父と自分の二人分でよかった。

 それがここではその数倍。

 半端な仕事量ではない。

 そして加えて……。


「お芳ちゃん」


(来た)


 芳乃は大きくため息を付く。


「どうしたの元気ないな。そうだこれから茶店にでも……」

「行きません」

「じゃあ、そこいらに散歩に……」

「まだ仕事が残っているので失礼します」


 男の言葉を遮って、芳乃はスタスタと歩き去る。


 そう。屯所に入ってから、やたらと馴れ馴れしく言葉をかけられる。

 昼間はまだいい。

 問題は夜だ。

 芳乃の寝間は建物の奥にある。

 近くには近藤や土方。沖田など、幹部クラスの部屋が連なっている。

 始めは新入隊士である自分の部屋がなぜ? と首を傾げたが、その理由はすぐに発覚した。

 初日、部屋に戻ろうとしたその時土方が芳乃にこう言った。


「言っておくが自分の身は自分で守れ。とりあえず、短刀の一つも布団に忍ばせておくんだな」

「はい?」


 わけが分からない芳乃に、土方はそれだけ言い残し自分の部屋に帰っていった。

 ネズミでも出るのかと思い、芳乃は首を傾げつつ短刀を握り締めて寝た。

 と、その日の夜に障子越しに小さな悲鳴が聞こえた。

 驚いて芳乃が出てみると、そこには土下座する若い一人の隊士と、それに刀を突きつける土方の姿あった。


「も、申し訳ありせん!」


 若い隊士は床に頭を擦り付けてガタガタと震えている。


「あの、一体どうしたのですか?」


 驚いて芳乃は土方に問う。


「夜這いだよ」

「え!? 土方さんにですか?」


 土方の答えに、芳乃は驚きの声を上げる。


「馬鹿か。お前にだ」

「…………わ、私!?」


 思わず自分自身を指差して確認を取る。


「へぇ。ここなら、僕も土方さんもいるし来る人もいないと思っていたんですが、いい度胸ですねぇ」


 同じく起き出して来た沖田が、クスクスとおかしそうに笑う。


「たくっ。来るなら来るで、もっとうまく忍び込めばいいものを。気配で目が覚めちまったじゃねぇか」


 不機嫌極まりない様子で土方が言葉を吐く。


「ちょ、うまく来ればいいものでもないでしょう!?」


 思わず芳乃は叫ぶ。

 下手をしたら、自分は襲われていたのかもしれないのだ。

 そう考えて芳乃はゾッとする。


「だから言っておいただろ。自分の身は自分で守れと」


 平然と土方は言う。


 その台詞で、土方の言ったことを思い出す。

 なるほど。そういうことだったのか。

 短刀で戦う相手は夜這いをしにくる不届き者。

 それにしても、自分に夜這いをかけようなど考える輩がいるとは思いもしなかった。


「けっこう目を付けられてますから、気を付けて下さいね」


 首を傾げる芳乃に、沖田がコソリと耳打ちする。


 今まで男所帯だった屯所に、突然女子が乱入してきたのだ。

 色めき立つのも無理はない。

 それなりの地位にある者は祇園や色町で女には不自由はしていないのだが、問題は入隊してまもない下っ端たちだ。

 京に不慣れな者たちは、特定の恋人もおらず、祇園など高級すぎて足を踏み入れることも出来ない。 まして、女を買うことなど到底無理な話。

 そんなところに飛び込んできた芳乃は、まさしく鴨が葱をしょってやってきたようなもの。

 幼さは残るものの、本人に自覚はないが芳乃はそれなりに整ったかわいらしい容姿をしている。

 若い隊士たちにとっては、捨て置けない相手というわけだ。

 それを見越して、土方や沖田の配慮によって、芳乃の部屋は平隊士がおいそれと足を踏み入れられない、幹部の連なる一角に置いたのだった。


「とりあえず、今回だけは見逃してやる。ただし次に来た者は、士道不覚悟で叩き斬るから、そのつもりでいろ」


 刀を鞘に収め、土方は低い声音で言い放つ。


「は、はい!」


 若い隊士は、転がるように逃げていった。


「どうやら近藤さんは起こさずに済んだようだな。まったく。てめぇらも、戻って寝ろ」


 そう芳乃たちに言葉をかけ、不機嫌面を下げて土方は部屋に引き上げる。


「それじゃあ、くれぐれも気をつけて」


 くすくすと笑いながら、沖田は芳乃の肩をポンポンと叩く。


「気を付けるといっても……」


 芳乃は途方に暮れる。


 それから、芳乃は安眠出来ない日々が続いている。

 土方の脅しが効いたのか、それ以来不埒者は現れていないが気は抜けない。

 おかげで寝不足は否めない。

 芳乃は思わず欠伸をする。

 と、背後に人の気配を感じた。


「いい身分だな。芳坊」


 その声が誰なのか。

 芳乃には分かっていた。

 振り返ると、想像通りの人物。

 なるべく出会いたくないその相手の姿に思わず眉を顰めた。


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