狼の住処!?(1)
注意!<必読>:歴史上の人物が登場していますが、完全フィクションです。
歴史的事実・年代については、一部差異があることをご了承ください。
また、ぬるめですが残虐な描写があります。
作者のかなり偏ったイメージと知識のもと作られた作品です。
それでも構わないという心の広い方のみ、ご観覧いただければと思います。
世の中は厳しい。
そう実感するのに、芳乃は三日とかからなかった。
「沖田先生っ! 何をしてらっしゃるんですか!?」
スパーンと障子を開け放ち、芳乃は外にいる沖田に向かって叫ぶ。
どうも静かすぎると、部屋を覗いてみれば案の定だ。
「鬼ごっこですよ。お芳ちゃんも入りますか?」
まったく悪びれる様子もなく沖田は上機嫌で言葉をかける。
「入りません! お願いですから、ちゃんと寝ていてください。薬もちゃんと飲んでくださいよ!」
近所の子供らと駆け回っている沖田に芳乃は懇願する。
沖田総司。
新撰組一番隊隊長。
道場にやってきた青年のことを、そう説明してくれたのは鉄之介だった。
「沖田先生は、新撰組一の剣の達人でいらっしゃるんですよ。近藤局長や土方先生とは、新撰組結成前からの旧知の間柄で、皆が一目置いている人なんです」
そう言う自分も憧れているのですが、と、鉄之介は照れくさそうに笑った。
「けれど、今は胸を患ってらっしゃって療養中なのです。幾度か喀血されたこともあって、今は絶対安静だとか」
鉄之介のその言葉で合点がいった。
沖田のあの尋常ではない白さは、病からきているのだ。
芳乃は曲がりなりにも医者の娘。
いくら元気そうに見える沖田でも、それがどれほど悪いのか、その顔色を見れば分かる。
喀血を何度もしているとなれば、甘く見ていい状態ではない。
ないのだが、沖田は大人しく寝ていてはくれない。
医者からだされた薬も、素直に飲んだためしがない。
今も枕元に手付かずの薬の包みがあった。
沖田はちょっと目を離すと、飲まずに捨ててしまう。
その行動はまるで子供そのもだ。
そんな人が隊の隊長。
その上、剣の達人などとは到底信じられない芳乃だった。
「沖田先生!」
一向に鬼ごっこをやめない沖田を、芳乃は鬼の形相で睨む。
「怖いですよ、お芳ちゃん。何だか土方さんに似てきましたね」
やっと戻ってきた沖田は縁側に腰をかけてクスクスと笑う。
「それだけは嫌です……」
土方歳三。
彼が鬼副長と呼ばれ、隊員の間でも恐れられているということもだんだんと分かってきた。
ただし、恐れているほかに憧れている者もいる。
例えば、市村鉄之介。
芳乃にしてみれば、土方はとても印象のいい相手ではない。
今も土方は芳乃の一番の天敵だ。
はっきりいって嫌いな相手。
それなのに、何の因果か鉄之介は土方を心底心酔している。
「あの方は僕の理想なんです」
そう熱く語る鉄之介の瞳は輝いている。
「鉄ちゃんがあんな風になるのは絶対に嫌だわ……」
それを思い出して芳乃は思わず呟く。
「ふーん。この頃、市村君に会えないからお芳ちゃんは怖い顔になっているのかな」
「なっ!? ち、違いますよ」
と、慌てて首振ったが、それが不満の一つであることは確かだ。
新撰組に入隊して暫くは、鉄之介も気にかけてちょくちょく顔を出してくれていたのだが、ここ暫くは言葉すら交わしていない。
「いいですよ。隠さなくても。お芳ちゃんは市村君を好いているのでしょう?」
芳乃の顔を覗き込んで、沖田はすんなりと言い放つ。
「そ、そんなことは! 鉄ちゃんとは幼馴染でそれだけのこと……です!」
シドロモドロになりながら、芳乃は言葉を吐き出す。
「そんな真っ赤な顔をしていっても、説得力にかけるんですけどねぇ」
誰が見ても分かるほど赤い顔をしている芳乃を見て、沖田は耐え切れずに噴出す。
「お、沖田先生!」
「ごめん、ごめん。でも、そうだよね? もしかして、新撰組に入ったのも市村君のためじゃない?」
「……」
沖田の瞳を受けて芳乃は答えに詰まる。
「おかしいと思ったんです。いくら身寄りがないからといって、新撰組に入隊しようだなんて。こういっちゃあなんですが、ワザワザ江戸から来てまであなたのように若い女子が身を寄せるような場所じゃない。最初は、どこからかの間者かなにかだと思ったんですがね」
「違います!」
思わぬ言葉に芳乃は強い口調で否定する。
「分かっていますよ。見る限りそれらしい動きはまったくないですし、お芳ちゃんのその性格じゃあ、馬鹿正直すぎて到底務まらないでしょうしね」
「それってどういう意味ですか?」
芳乃は頬を膨らませ沖田を見る。
「怒らないでくださいよ。それにしてもこんなとこまで追いかけてきちゃうなんて、お芳ちゃんは本当に市村君が好きなんだね」
そう言った沖田は柔らかい笑みを浮かべている。
からかいや嘲りではない、温かな笑顔だった。
それを見て思わず芳乃はポロリと言葉を零す。
「……鉄ちゃんは私にとって『特別』なんです」
「特別?」
「あ! それより、薬を飲んでくださいよ。話をすり替えて誤魔化してないですか?」
「あはは」とわざとらしい笑い方をする沖田に薬の包みを手渡す。
「だってすごく苦いんですよ、コレ」
二十歳すぎの男とは思えない情けない目で沖田は芳乃に訴える。
「良薬は口に苦しです。沖田先生だって、一日も早く直りたいでしょう? そのためには、きちんと薬を飲んで安静にすること。それが一番なんですから」
子供を諭すような柔らかな口調で、芳乃は言う。
「直りますかね」
フッと表情を翳らせ、沖田は小さく笑う。
「直ります! 弱気は損気です! ダメですよ。絶対に直すんだって、強い意志がなければ」
芳乃は両手をグッと握り締めて力説する。
「あはは。そうですね。お芳ちゃんの言うとおりです。がんばります」
そう言うと、沖田は薬の包みを開き一気に飲み下した。