入隊試験(5)
「やれやれだね」
出て行った石田を見て、青年は芳乃に微笑みかける。
「あの、ありがとうございました!」
「いえいえ。別に僕は何もしていないよ」
礼を言った芳乃に青年は驚いたように首を振る。
「でも」
「総司。起きて平気なのか?」
芳乃の言葉を横取り土方が眉根を寄せる。
土方の台詞に改めて青年の様子を見ると、確かに浴衣の寝間着姿だ。
「やだなぁ。僕は元々本当にそんなに悪くないんですよ。それなのに、みんなが大げさに言って。もう直っちゃいましたよぉ」
パタパタと手を振りながら、茶目っ気を含んだ笑いで軽く答える。
「阿呆が。そんな簡単に直るか。サッサと戻って寝ろ」
笑み一つ浮かべず土方は睨むように青年を見る。
「困ったな。土方さんてば、すっかり世話女房になっちゃって。どうせ世話を焼いてくれるなら、もっとかわいい人にお願いしたいのに」
土方の睨みをまったく意に介さず、青年は腕組をしてうんうんと頷いている。
(何なんだろこの人……)
会話がかみ合っていない。
というか、ワザと話の筋を曲げている。
まるで、土方をからかっているのかようだ。
「お前は……」
「そんなことより、試合の結果が出たんですよ」
「あ!」
その言葉に芳乃は思い出す。
そうなのだ。
自分は試合に勝った。
試合に勝ったということは、もちろん試験に合格したということだ。
晴れて、新撰組に入隊できる。
そういうことだ。
「これで、入隊を許可してくださるんですよね?」
「……」
問う芳乃に土方は無言になる。
「ダメですよ~土方さん。武士に二言はないですよね?」
青年がダメだしするかのように土方に言う。
「……あぁ。武士に二言はねぇ。許可してやるよ」
土方は深いため息を付いて答えた。
「悪い。近藤さん。そういう訳だから、いいかい?」
振り返り、近藤に同意を求める。
「仕方あるまい。約束は約束だ。宮崎芳乃。新撰組への入隊を許可する」
局長である近藤のその言葉に、周りからひときわ大きいザワメキが起きる。
「よかったですね、お芳ちゃん!」
駆け寄ってきた鉄之介は思わず芳乃の手を強く握り締める。
「うんっ!」
芳乃は、鉄之介の温かな手を取り赤くなりながらにっこりと微笑む。
「すげえよ、お前。俺ぁ、気に入ったぞ」
と、いつの間にか芳乃の目の前に来ていた原田が、芳乃の背中をバシバシと叩く。
「きゃっ」
その強い力に、芳乃はよろめき、こけそうになるのを鉄之介が慌てて支える。
「あ? 悪ぃ。そういえば、あんた女だったんだよな。力の加減すんの忘れちまったぜ」
ガハハッと豪快な笑いを飛ばす。
(全然、悪いと思っていないじゃないのよ)
芳乃は恨めしげに大男を見る。
「コホン。ただし、暫くは仮隊士として様子を見る。剣の稽古はしてもらうが仮隊士として、主に屯所内での雑務をしてもらうことになるから、そのつもりで」
大騒ぎのその場の空気を諌める様に、近藤は咳払い一つしてから言う。
「分かりました」
今はともかく、ここに鉄之介の側にいられるということだけでいい。
どんなことでもやっていける。
芳乃は高鳴る胸に手を置く。
「と、いうわけで話が決まったところで、一つお願いがあるのですが」
相変わらずニコニコと微笑む青年が人差し指を立てる。
「何だ?」
「お芳ちゃんを僕に下さい」
にっこり笑顔で、青年はその指を芳乃に向ける。
「はぁ!?」
思わず土方は素っ頓狂な声を上げる。
芳乃も鉄之介も驚いて青年を見る。
周りの野次馬たちも、一斉に青年に視線を送る。
「あ、やだなぁ。変な意味に取らないで下さいよ? だから、僕も市村君のような子がほしいんです」
一瞬キョトンとした顔をしてから、青年はケラケラと笑い出した。
「小姓に……ということか?」
近藤は合点がいったとうように、言葉を漏らす。
「そうです。だって土方さんには市村君ていう小姓がいるし、近藤さんにも野村君がいるでしょう?」
(鉄ちゃんが土方さんの小姓?)
沖田の言葉に芳乃は驚いて鉄之介を見る。
鉄之介は芳乃の視線には気付かず、丸い目をして青年を見ている。
「ほら、特に僕の場合はこの頃療養中で、身の回りの細々したことを頼む相手がほしいわけです。だって、いきなりお菓子が食べたくなる時だってあるじゃないですか」
「それはお前だけだろうが」
何の脈略もなさそうなその台詞に、あきれ返った顔で土方が突っ込みを入れる。
「ともかくどうも皆、菓子を買ってきてくれと頼むと嫌そうな顔をするし。その点、お芳ちゃんは女子だしとても頼みいいわけです。もちろん、その他諸々お願いしたいこともありますし。どうでしょうか?」
「ふむ。まあ、よかろう。確かに一理ある。そういうことでいいかな。お芳さん」
「はい。私は構いません」
近藤の視線を受けてとり芳乃は頷く。
いいもなにも、芳乃には拒む権利はないはずだ。
「ふふ。じゃあ、これからよろしく。お芳ちゃん」
「は、はぁ……」
青年が差し出した手を芳乃は取る。
(ところでこの人って何者?)
にこにこと微笑む青年を前に、芳乃は首を捻る。
こうして芳乃は無事(?)に新撰組入隊を果たし、小姓兼雑用係となったのだった。