入隊試験(4)
「構え」
土方の鋭い声を合図に、芳乃と石田は竹刀を交える。
「始め!」
その言葉と共に芳乃は一旦後ろに引く。
間合いを取るためだった。
だが、相手はそのまま一歩踏み込んできた。
引くだろうと鷹を括っていた芳乃は虚を突かれる。
相手の振り上げられた竹刀を寸でのところで受け止める。
バシッ。
その場に竹刀がぶつかる音が響く。
「痛っ」
強い力だった。
受けるには受けたがその衝撃は竹刀を伝い、芳乃の手に鈍い痛みをもたらす。
力の強さは決定的。
石田は尚も、強い打ち込みを続けざまに向けてくる。
少しでも気を抜けば、竹刀は吹き飛ばされてしまいそうだった。
四方八方からの打ち込みを、芳乃は辛うじて受けている。
受けることが精一杯だった。
打ち込む隙がない。
「時間の問題か」
土方はそれを見るに付け、ボソリと言葉を吐く。
「しかし、よく受けているな。いい筋をしている。大したものだ」
近藤は感心したように言う。
最初の一打で、竹刀を飛ばしていてもおかしくはない状況だというのに。
「お芳ちゃん」
鉄之介は祈るような気持ちで固唾を呑んで見守っている。
バシッ、バシッ、バシィッ!
一定のリズムを作り竹刀は振り下ろされる。
芳乃は徐々に後退し、追い詰められている。
相手は自分をいたぶって楽しんでいるのだ。
何度も竹刀は振り下ろされているのに、どこか決定打にかける。
それは決定打を打てないのではなく、打たないのだ。
とことん嬲って、弱ったところを打ち込むつもりだ。
それが手に取るように分かって芳乃に悔しさがこみ上げてくる。
だが、ここで冷静さを無くしたら、相手の思うツボだ。
芳乃は自分自身を宥める。
隙はきっとある。
相手の竹刀を受け取りながら、必死に間合いを計る。
一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
後一歩下がれば、場外となるその時、一筋の光が差し込む。
相手がほんの一瞬、勝機を見て取り油断が生じたのだ。
竹刀を振り下ろす動きが鈍った。最初で最後の好機。
(いまだっ)
「やぁっ!」
芳乃は竹刀を素早く突き出す。
渾身の一撃だった。
その一撃は、見事に石田の胴を捕らえていた。
「一本!」
振り上げられた手と確かなその言葉が芳乃の勝利を宣言した。
その場にザワメキが広がる。
当の芳乃は未だに信じられず呆然としている。
打ち込まれた石田も、まさかの出来事に固まっている。
「私、勝ったの?」
声に出してみても実感がない。
「お芳ちゃん!」
声に見てみると、高揚した顔の鉄之介が大きく頷いて見せた。
それを見て、やっとジワジワと喜びが広がっていく。
芳乃は鉄之介に小さくお辞儀を返す。
「おいっ! ちょっと待て」
戻ろうとした芳乃を、石田は肩を掴んで乱暴に引き止める。
「何ですか?」
芳乃は冷やかな目で相手を見る。
「今のは油断していたのだ。本気を出せばお前など……」
「その台詞、実戦の時にも言うつもりですかねぇ」
「何だと!?」
皮肉を込めた言葉が聞こえて、石田は声の主を捜して鬼の形相で辺りを見回す。
「誰だ!」
「僕ですよ」
その答えと共に人垣の奥から姿を現したのは、何とも不可思議な青年だった。
肌が恐ろしく白い。
祇園の舞妓らは白粉を塗りたくるというが、そういった類の人工的な白さとは違い、透き通るような白さだった。
身体も細くどこか弱々しい。
それなのに妙に強い存在感がある。
それはきっと、瞳の所為だと芳乃は思う。
黒いその瞳には力強い炎が宿っている。
顔立ちは整っており、間違いなく芳乃や鉄之介より年上だというのに、どこか悪戯好きな子供のようなあどけなさがある。
強いのか弱いのか。
子供なのか大人なのか。さっぱり分からない。
「勝ちは勝ちだよ。今のが真剣ならば君はわき腹を突かれていた。死なないまでも大怪我だ。そんな状態で、果たしてその台詞がいえるかい?」
ニコニコと微笑んでいるのに、その声音には有無を言わさない力強さがある。
「……」
石田は眉根を寄せて押し黙り、青年に一礼すると道場から出て行った。