それ、王命違反だとご理解なさってますか?
ここのところ、殿下が一人の平民少女を気に掛けているのは存じておりました。殿下に妙なお気持ちがないことも。
「平民って、こういうことを思うらしい」
「こういうことをするのが平民では当然らしいよ」
そんなことを日々の逢瀬のときに仰るのですもの。殿下の平民情報は全て、学院に編入してきた平民の少女オハーナ・バータケノゥさんによるもの。バータケノゥ村からやって来たオハーナさんは聖属性の治癒魔法を発現したとのことで、急遽領主であるシタゴーコロ伯爵の後見を得て王立魔術学院に入学したのですわ。
治癒魔法は聖属性・光属性・水属性にある魔法の系統です。特にどれが優れているといった格差はございませんの。魔法属性も聖属性や光属性が特別といったことはございませんし。巷間で流行っているロマンス小説ですとか冒険小説ですと、聖属性は聖女が持つ希少属性で光属性は勇者が持つ希少属性と言われますが、貴族にとっては珍しいものではございません。王族は聖属性と光属性と魔属性と闇属性と無属性のうち3つか4つを持っているのが普通ですし、高位貴族も大抵はそのうちの2つか3つは所持しています。中位・下位でもどれか1つは持っております。勿論、基本属性と呼ばれる地水風火の属性は皆持っておりますの。因みにユーノー殿下は全属性所持、わたくしチューシン公爵令嬢サイージョは聖・光・無属性の3つを所持しておりますわ。
聖属性が希少だと言われるのは、平民には中々発現しない属性だからですわね。基本的に量が少なく質も悪い平民の魔力ですと、基本属性のどれかが使える程度のようです。ですが稀にオハーナさんのように希少属性(平民にとっては)を発現する方も出ます。そういう方は平民にしては魔力量も多いので、魔力制御を学ぶために貴族が後見人となり、王立魔術学院に編入されるのです。特に聖属性や光属性の治癒魔法は平民には受けがいいので、一通り使えるようになれば、王都や領都で『聖(光)属性の治療院』を開業できますから、一家揃って富裕層の仲間入りも可能なのだとか。
「それでね、サイージョ、オハーナが言うには」
「ねぇ、ユーノー様、わたくし、いつまで他の女の話を聞かなければなりませんの?」
折角久しぶりに二人きりの時間が持てましたのに、と怨ずるように申し上げれば、ユーノー様は満足そうに笑まれます。
「妬いてくれたんだね、サイージョ。本当に私の恋人は可愛いなぁ」
そう言ってユーノー様はわたくしの頬にキスの雨を降らせます。徐々に唇が下に移動し、首筋からデコルテへと移ろうとしたとき、咳払いが聞こえました。ユーノー様の侍従ノウーリ様です。
「ユーノー様、そこまでですわ。それ以上は婚礼の後に」
「あーあ、早く婚礼を挙げたいなぁ。早くサイージョを私だけのサイージョにしたいよ」
名残惜し気に唇を離し、そんなことを仰るユーノー様。数年前なら『わたくしの体が目当てですのね』と腹も立てましたが、今ではそうではないことを充分に理解しておりますから、ユーノー様の溺愛と執着の言葉だと判っております。ユーノー様は魔属性と闇属性が強めでいらっしゃるから、独占欲や執着心がお強いのです。
そんなユーノー様ですから、巷間のロマンス小説のような展開は心配しておりませんの。慢心しているわけではございませんけれど、ここまでの恋着を毎日毎時示されては疑うほうがおかしゅうございましょう?
ですが、ユーノー様がそうであっても、もう一方がそうとは限りませんのよね。オハーナさん、ロマンス小説愛読者で、夢見る夢子ちゃんでいらっしゃるようですから。あ、因みに『夢見る夢子ちゃん』は友人のマートモ様から教えていただきましたの。マートモ様、色々な面白い言葉をお作りになるのです。これも一種の才能ですわね。
「サイージョさん! いい加減、ユーノー様を解放してあげて!」
学院の中庭の四阿で友人であるチューセイアツイ侯爵令嬢マートモ様とお茶を楽しんでおりますと、突然声をかけられました。そちらに目を向けると、平民学生用の制服に身を包んだローズダストの髪の少女がわたくしを睨んでおりました。ああ、彼女がオハーナ・バータケノゥさんですわね。現在学院には平民は彼女一人ですもの。だからこそ、ユーノー様が興味を持たれたのですけれど。
知り合いでも友人でもない者に無礼にも声をかけられ、許してもいないのに名前を呼ばれ、敬称も正しく使えていない。貴族のルールとしてはここは無視するのが正解です。護衛騎士か侍女が排除するのを待てばいいのです。ですが、ロマンス小説を現実と思い込んでいる彼女にそれをすれば、大袈裟に騒ぎ立てるでしょうから、そうなると後が面倒ですわ。シタゴーコロ伯爵は我がチューシン公爵とは対立派閥の慢心貴族派の過激派ですもの。我が家は王家忠言派の中の穏健派ですわ。
咎めようとする侍女(我が家の侍女)と護衛騎士(ユーノー様配下の女性騎士)を手を軽く上げて止めると、二人は何も言わず一礼して元の場所に戻りました。侍女は少し不満げですけれど。彼女、忠誠心が強くてマートモ様に言わせると『ゴーカタン』なのだとか。そのマートモ様は不快げに扇で口元を隠していますが、目は好奇心で輝いております。こういうところが、仲良くできる大きな理由ですわ。
「確か……平民特例生のバータケノゥ村のオハーナさんでしたわね」
特待生ではございません、特例生です。特待生は成績優秀な下位貴族が学費免除される制度ですから。単に平民にとっての希少属性に目覚めただけの方は特例で編入学を許可されただけですので、区別されますのよ。
「平民だからって馬鹿にするんだ! ホント、悪役令嬢って嫌味だよね!」
平民って、敬語を使えないのでしょうか? いいえ、うちに出入りする職人も商人もとても丁寧な言葉遣いをなさるから、そうではありませんわね。彼女に常識がないというだけでしょう。
それにしても『悪役令嬢』ですか。ロマンス小説でヒロインとヒーローの恋路の邪魔をする令嬢のことでしたかしら。恋仲の二人を邪魔する令嬢というのでしたら、わたくし当て嵌まらないと思うのですが。ユーノー様、オハーナさんのこと、珍獣としか見ておられませんもの。それをいうなら、ユーノー様とわたくしという相思相愛の婚約者の邪魔をするオハーナさんこそが悪役令嬢……令嬢ではありませんわね、悪役平民女ということになると思いますの。
「まあ、いいわ。あんたさ、さっさとユーノー様から離れなよ。ユーノー様はあたしのことを愛してんの!」
そうして出るオハーナさん主観のユーノー様との愛の日々。会えば声をかけてくれる(→つまり、会わなければ声をかけない)、毎日会いに行ったら笑顔で迎えてくれる(→つまり、ユーノー様から会いに行くことはない)、あたしの話を聞いてくれる(→民の声を聴くのは王侯貴族の義務です)、優しく微笑んでくれる(→王族のデフォルト表情アルカイックスマイル)、聖属性の治癒魔法を褒めてくれる(→シタゴーコロ伯爵領には聖属性の治癒院がないから、期待しているのは事実)、だから、ユーノー様はあたしを愛してるの!(→どうして『だから』なのか不明。これがロマンス小説に毒された夢子ちゃんですのね)
自慢げに滔々と語るオハーナさんにわたくしは『はぁ……?』と相槌ともいえぬ相槌を打つだけ。それがご不満のようです。
「だから! 愛し合ってるあたしとユーノー様の邪魔すんな! さっさと婚約破棄して、ユーノー様の前から消えろ!」
婚約破棄ということは、ユーノー様有責。しかも彼女の主張だと原因は彼女なので、彼女にも損害賠償請求が行きますわね。そうなると後見人のシタゴーコロ伯爵も責を問われます。あら、慢心貴族派の力を削ぐいい機会。まぁ、これまでの暴言と無礼で充分シタゴーコロ伯爵に問責できますから、婚約をどうこうする必要は皆無ですけれど。
でも、彼女、何を言ったか解っていませんわね。隣でマートモ様も溜息をついておられます。ちらりと護衛騎士を見れば、魔道具で何処かに連絡を入れております。学院の警備騎士ですわよね? ユーノー様に、ではありませんわよね? ユーノー様に知られたら、闇属性が暴走しそうですわ。
「バータケノゥ村のオハーナ。そなた、何を言ったか解っておるのか」
公爵令嬢として、次期王太子妃として、言葉遣いを改めます。
「はぁ? 何よ偉そうに」
『偉そうではなく、偉いんですよ』と隣からボソッと呟く声。マートモ様、笑わせないでくださいませ。笑いそうになる表情を見せぬよう、目元以外を扇で隠します。笑ってしまっては火に油を注いでしまいますもの。
「そなた、今、わたくしと王太子殿下の婚約を無くせと申したな。我らの婚約が王命によるものと理解しておるのか」
まぁ、実際には王命としての命令書が出たわけではございませんけれど、一般に王族の婚姻は王命によって為されるのが慣例です。面倒な横槍を入れられないためにも王命という強権発動をするのです。つまり、わたくしたちの婚約に異を唱えるということは、王命拒否をするということ。即ち王命違反、国家反逆罪に相当するということです。
「何言ってんのよ! 政略結婚なんでしょ? そんなのあたしたちの真実の愛の前には意味ないし! さっさと身を引けっつってんの!」
あー、駄目ですわね。マートモ様も『処置なし』とばかりに首を振っていらっしゃいます。
「王命を破棄せよと申すか」
「そうだっつってんでしょ! あったま悪いなぁ」
「悪いのは貴様だ、バータケノゥ村のオハーナ」
ああ、来ちゃった。護衛騎士、殿下には全部終わって事後報告にしていただきたかったわぁ……。尤も事後報告なんてしたら、騎士が叱責とお仕置きをされるだろうから、仕方ありませんけれど。でも、ユーノー様、わざわざ転移魔法で来なくてもよろしいのでは? 直ぐに来てくださったのは嬉しいのですけれども。
わたくしとマートモ様は立ち上がり、殿下に立礼いたします。学院では簡易礼法が許されておりますから。
「よい、サイージョ、チューセイアツイ侯爵令嬢、顔を上げよ」
わたくしとマートモ様に優しい笑みを浮かべて許可を与えたユーノー様は厳しい表情でオハーナに向き直ります。王族としてのお顔……ですが、9割8分1厘くらい、私的な怒りが出ているようですわね。ああ、ユーノー様の背後に東の島国の国宝の彫像仁王像が見えるようです。中々に恐ろしい鬼神様ですわぁ……。
「我が最愛のサイージョへの暴言許し難し。更に王命による婚約を破棄せよと押し付けたとか。我が最愛に王への反逆を唆したその罪、その命を以て償え」
余りの冷たい目と声にオハーナは顔面蒼白です。がたがたと震えています。ユーノー様登場時は喜色満面でしたのに。あのセリフで登場したユーノー様に喜色満面になれるって、夢子ちゃんの思考は理解できませんわ。え、理解しなくていい? そうですわね、マートモ様。というか、心読めますの?
ユーノー様はオハーナに向かって掌を向けます。そして、魔法が発動。オハーナは黒い闇に覆われ、姿を消しました。
「ユーノー様……今のは」
まさか、命を奪った? あれは闇属性魔法の煉獄の門ではなくて!? 確かに王命違反ですし、国家反逆罪相当ですけれど! まだ王太子のユーノー様にはたとえ平民とはいえ裁く権利はございませんわ!
「ああ、王城の地下牢に直通で送り込んだ。煉獄の門を改造して地下牢の門……なんか格好悪いな。マートモ嬢、何かいいネーミングを頼む。サイージョ、いくら君を侮辱されて怒り心頭とはいえ、流石に王権を侵したりはしないよ。そんなことをしたら廃嫡されてサイージョと結婚できなくなるじゃないか」
「そこですの!?」
もう、ユーノー様ったら。ご冗談なのは判りますけれど。……ご冗談ですわよね?
「殿下、絞首台への扉、など如何でしょう」
「ふむ。確かに地下牢なら絞首台の最短ルートか」
……絞首台への扉、って、ユーノー様的には『格好良い』ネーミングなのでしょうか? わたくし、時々ユーノー様の思考が解りませんわ。まあ、でも、お慕いしている気持ちに一切の揺らぎはございませんけれど。
「取り敢えず、王城に戻り父上に報告する。シタゴーコロ伯爵の被後見人がやらかしたんだ。奴にも何らかの責を負わせることも出来ようし」
確かにそうですわね。最近ちょっと慢心貴族派がその名の通り慢心して貴族としての品位に欠ける行いが増えておりますし、一度キュっと絞めたほうがよろしいですわね。帰宅したらお父様にもご報告して、王家忠言派としても何らかの対応をすべきでしょう。
「さぁ、行こうか、サイージョ。君からも何があったか直接陛下に報告して。その後、気分直しに私とお茶会だ」
エスコートなさるかのようにすっと手を差し出されるユーノー様。表情はいつも通り穏やかなものに戻っていらっしゃいました。マートモ様曰く、いつも通り蜂蜜を溶かしたようなデロ甘顔とのことですが。
「はい、ユーノー様」
わたくしはユーノー様の手を取り、マートモ様に別れを告げ、王城へと転移したのでございます。目の端に慌てる侍女と護衛騎士を捕らえながら。ごめんなさい、我が家の高速馬車で王城まで迎えに来てね。
その後、地下牢に送られたオハーナは国家反逆罪相当の不敬罪で絞首刑となりました。厳しいようですが、一罰百戒の意味もございます。平民の不敬罪であれば一家及び5親等までの親族と姻族が縛り首になりますが、今回は親元を離れシタゴーコロ伯爵の保護下におりましたので、咎めは両親に鞭打ちと後見人のシタゴーコロ伯爵の男爵降爵となりました。両親は教育の責任を取る形ですわね。
シタゴーコロ伯爵改めシタゴーコロ男爵には我が家から慰謝料請求も致しました。後見下にある平民がやらかしたのですもの。当然ですわね。シタゴーコロ伯爵は男爵への降爵の際に領地の3分の2を召し上げられておりましたので、先祖伝来の様々な宝物を売り払って慰謝料を支払ったとのこと。お父様が『我が家への慰謝料を用立てるのに領民への増税など罷りならん』と通達して、それを王家も支持してくださいましたから、泣く泣く数多の宝物を手放したそうですわ。これで、慢心貴族派にもある程度の掣肘を加えることが出来ましたかしら。
「サイージョ、今度の件で少しは嫉妬してくれたかい?」
「あら、嫉妬してほしかったのですか?」
定例のお茶会でユーノー様がそんなことを仰います。
「うーん、どうだろう。でも、嫉妬するサイージョも見てたかった気もするなぁ」
首を傾げながら仰るユーノー様。まるで子犬のようですわ。髪をわしゃわしゃと掻きまわしたくなってしまいます。
「ユーノー様の溢れるほどの愛情を日々感じておりますので、不安になる暇もございませんの。わたくし、幸せ者ですわ」
「そっか。それならいい。これからも不安なんて感じさせないからね」
ニッコリと微笑むユーノー様に、わたくしも微笑み返し、恥ずかしながら初めて自分から頬にキスをしたのでした。
……溺愛してくださる殿方を不用意に煽ってしまったようで、後から侍女と乳母とお母様に叱られてしまいましたの。お父様とお兄様はユーノー様にいたく同情なさっておられましたわ。
反省、ですわね。




