クソ婚約者さん、素敵な婚約式をありがとう〜あなたが地獄に落ちるのを特等席で見れました〜
ゴーン、ゴーン。教会の鐘が鳴り響いている。
白いウェディングドレスを着た花嫁が入ってきた。
老年の男性に連れられてヴァージンロードをゆっくりと進む。
まだ五歳のミランダは、思わず息を忘れて、その光景に見入った。
(綺麗)
青く澄み渡った空。赤い道。白いドレス。
全てがキラキラしていた。
(私、絶対に結婚式を挙げる。こんな素敵な結婚式をやるんだ!)
その日、ミランダに一つの夢ができた。
♦︎
夢を見ていた。幼い時の夢だ。
ミランダは豪華な白いベッドから、いつもの天井を見つめた。
体を起こす。
侍女が扉を叩く音がした。
「お嬢様、起きられましたでしょうか?」
「ええ、今起きたわ」
「では、準備のため入りますわね」
年老いた侍女が部屋の中に入ってきて、ミランダの身支度を始める。
「それにしても、喜ばしいことです。あの、グレイス侯爵家の嫡男様と結ばれるなんて」
侍女が感慨深そうに言う。
「お嬢様が縁を結ばれることで、我がキャンベル伯爵家の未来も安泰ですね。お嬢様!」
「ええ、そうね」
私はコルセットをキツく結ばれるのに耐えながら、侍女のおしゃべりに曖昧な表情を浮かべた。
「今日はお嬢様の婚約式、いつも以上に気合いを入れませんと! きっちりと人生で一番素敵になるように身支度させていただきます」
「ええ、そうね。今日はめでたい日ですもの。」
そう言ってミランダはにっこりと微笑んだ。
(そう、今日はめでたい日。あの男が地獄に落ちる様がやっと見られるんだから)
♦︎
十一歳の時に初めて参加した夜会で、ミランダはその男に出会った。
それは両親と共に、グレイス侯爵家挨拶に行った時のことだった。
グレイス侯爵夫妻に、両親と共に挨拶をする。
侯爵夫妻から声がかけられる。そして彼からも。
「初めまして。私は、レオン・グレイス。グレイス侯爵家の嫡男です」
「ミランダ・キャンベルと申します。キャンベル伯爵の長女ですわ」
そこには、金髪に青眼の細身のスラットした青年がいた。
年齢を聞くと、ミランダの三つ上らしい。
年上のかっこいいお兄さん。兄がいたらこんな感じだったのだろうか。
ドキリと高鳴る胸を抑えながら、ミランダはレオンの方を見た。
目が合うと、レオンはニッコリと微笑んだ。
その笑顔を見て、ミランダの心臓の鼓動はさらに早くなった。
そんなミランダのことを知らずだろうか、レオンがそっとミランダの手を取った。そして、ミランダの目をじっと見つめながら言った。
「僕と一曲踊ってくれませんか?」
それはミランダにとって初めてのダンスの申し出だった。
ミランダは、唐突な申し出に戸惑った。
そして、小さな声で、頬を赤く染めながら答えた。
「ええ、喜んで」
それが彼との出会いだった。
♦︎
レオンとミランダはそれから一気に距離が近くなった。
手紙のやり取りを毎日のようにした。
それだけでなく、一緒に色々なところにもこっそりと出かけた。
劇場、王都で噂のカフェ、変装して平民街に出ることもあった。
「ミランダ、一生をかけて君だけを愛するよ」
「レオン、私もあなただけしかいらない。あなただけを愛すわ」
そんな二人の関係に、二人の両親は自然に気がついた。
それにより、二人の婚約の話も自然と進んだ。
けれども、いっときの恋かもしれない。
だから侯爵家は、婚約を保留にした。
侯爵家としては、もっと良い縁談が見つかるかもしれない。
だから、二年間、関係が変わらなかったら正式に婚約することにすることになった。
レオンは貴族学院を卒業し、修行のために王宮の官吏として働き始めたばかり。
ミランダも、貴族学院に入学したばかりで、まだ慣れない環境にあると判断されたこともあった。
そうして最初の一年、ミランダは幸せだった。
けれど……。
段々と、貴族学院を卒業してから、レオンからの手紙は減っていった。
最初は毎日だったのが、三日に一度に、そして一週間に一度、月に一度と、その間隔は伸びていった。
また、会うことのできる日も減った。
週に一度は会えたのに、それも減っていった。
最初はミランダも疑わなかった。
慣れない仕事で忙しいのだろうと思っていた。いや、思い込もうとしていた。
彼の愛が冷めたなんて、信じたくなかった。
そんな時だった。
ミランダの友人が、息抜きに王都で新しくできたカフェに行こうと誘ってくれた。
なんでも予約を取るのが貴族でも難しい、高級カフェとのことだった。
ミランダは友の気遣いに感謝すると共に、カフェで食べられるケーキにワクワクして、承諾した。
約束の日、そのカフェに行くと、グレイス侯爵家の馬車があるのに気がついた。
(誰か買い出しに来ているのかな。レオンにもお土産で何か買っていってあげようかしら)
そんなことを思いつつ、ミランダは店に入った。
ケーキは絶品だった。
チョコレートソースが、木苺のムースの上にかかっており、紅茶ともばっちりと調和していて、至福の時間だった。
そうしてケーキを楽しんで、化粧直しに行こうとした時だった。
「リリアージュ、階段がありますので気をつけてください」
声が聞こえた。レオンの声が。
心臓の音で一気に何も聞こえなくなった。
(なんで? 今日は侯爵家の仕事って言っていなかった? 本物?)
慌てて、空いていた個室に入り、ドアを閉める。
そうして、ドアを少しだけ開け、外を覗いた。
すると声が聞こえてきた。
「ええ、大丈夫ですわ。レオン様、今日も優しいのね」
「あなたにだけですよ、リリアージュ」
廊下を歩いて、ミランダのいた部屋を通り過ぎようとしていたのは、間違いなくレオンだった。
「この後どうします?」
「二人っきりになれるところに行きましょう。いつものように、いじめて差し上げましょう」
「まあ、レオン様。まだ日が高いですわよ。もう、想像しただけで体が火照ってきましたわ」
「ふふ、君だけだよ、こんなことを言うのは」
「あら、いいの? 婚約者が泣くわよ」
「婚約者候補だし、いいんです。あいつは世間体のためだけのキープみたいなものですから。あいつとは、しょうがなく結婚してあげるんです。本当に愛しているのは、あなただけですよ」
「まあ、口が上手いこと。や、まだ手を出すのは早いわよ。まだお店じゃない」
そんな声が遠のいていった。それから数十秒が経っただろうか。
やっとミランダは体が動くようになった。
(なぜ? なにが起こっているの? あれは本当にレオン?)
ミランダは、今見たものが、聞いた言葉が信じられなかった。
知らない女とレオンが一緒にいた。
そして、二人は関係をすでに持っていた。
それだけは間違いなかった。
ミランダは、その後どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。
貴族として、側室を迎え入れるために、他の方と関係を持つ可能性があることは、ミランダだってわかっていた。
けれど、婚約を約束している相手がいるのに、婚約前に他の女と関係を持つのはあり得なかった。
嘘で隠蔽しようとしていたのも後ろ暗いからだ。
ミランダは自室で涙を拭うと、震える声で執事を呼んだ。
そしてやってきた執事に命じた。
「私の私財を使って、レオン様の動向を徹底的に調べて。特に他の令嬢と会っていないかを調べて」
♦︎
そして婚約式の日。
「お嬢様! できましたわよ!」
「ありがとう」
部屋で準備をしていると、トントンと扉を叩く音がした。
「レオン様が参りました」
「入れてちょうだい」
扉を開くと、そこにはタキシードを着たレオンがいた。
「本当に綺麗だ、ミランダ」
目をうるっとさせ、涙ぐむレオン。
それを見てにっこりとするミランダ。
「こうして無事に、婚約式の日を迎えられてよかった。君と結ばれるのが楽しみだよ」
「私も、今日という日を楽しみにしていました。今日は一緒に楽しみましょう」
「ああ、我が家の親戚だけでなく、王家からも王太子殿下まで来てくださっている。良い日にしよう」
「ええ、忘れられない日にしましょう」
そう言ってミランダは、輝くような笑顔を見せた。
「さて、レオン。これをいく前に見てほしいの」
「なんだ、この書類の束は?」
「頑張ってまとめたの。今から式に行く前に、目を通して」
「ああ、わかった」
そうして書類の束を読んでいくと、レオンの顔色はだんだん悪くなっていった。
「こ、これは何かの出鱈目だ」
「九人」
「な、なんの数字?」
「わかっているだけで、あなたが私に嘘をついて密会をしていた女性の数よ」
「ち、違うんだ。仕事の付き合いで、密室で二人で話す必要があったんだ」
「あら、『密室で二人で』なんて一言も言っていないけれど?」
ミランダは、氷よりも冷たい視線になった。
(な、なんでこのタイミングで言うんだよ。いや、今出したということは謝れば許してもらえるのかも! きっとそうだ)
「ご、ごめん! 本当に魔がさしただけなんだ。愛しているのはミランダだけ。そう、遊びだったんだよ! 本当に、だからさ」
「黙れ。これ以上、その穢らわしい口を開くな」
ミランダの声が、冷たく部屋に響いた。
♦︎
婚約式自体はつつがなく進んで行った。
指輪の交換、誓いの言葉、そして、二人の挨拶。
(俺のこと脅して、なんなん? 侯爵家の嫡子である俺が、結婚してやるっていうのに。だいたい浮気なんて誰でもやってることだろ? 確かに婚約前に遊んだのは婚約する気がないって意味にもなるけど、伯爵家ごときがいちいち言ってくるなよ。本当にうっせえな)
レオンが、来客者たちに挨拶をしながら、そんなことを考えていた時だった。
「さて、ここでミランダ様からサプライズ発表があるとのことです!」
そんな声が響いた。
(は!?)
「皆様、今からミランダ様が手作りした書類を配りますので、中身をご覧ください。また、それに付随してオリジナルの魔法水晶の映像も上映するとのことです」
(な、何を書いた書類なんだ? そして、何を映し出すつもりなんだ? まさか、不貞の証拠か? ま、まずい。この場には王太子殿下もいるんだぞ。そんなことをすれば醜聞になるのは確定だ)
「ちゅ、中止だ!! 書類の配布は中止しろ! それから上映もだ!」
大声で会場の手伝いをする者たちを怒鳴りつけるレオン。
参加者はみんな困惑していた。
「やだなあ、何が書いてあるんだよ」
そう言って、参加者の一人が書類を受け取り、めくろうとした時だった。
レオンは走り、その参加者の書類を奪い取った。
「見るんじゃない!」
「ど、どうしたんだよ」
「どうもこうもない、この催しは中止だ!」
ミランダの方を見ると、ミランダは心配そうな顔を浮かべていた。
ゆっくりと、ミランダはレオンの方に歩み寄った。
「どうしたの? みんなで見ようよ、私たちの本当の姿」
そう言ってにっこりと微笑むと、ミランダは新しく書類を配ろうとした。
その笑顔を見た瞬間、レオンは頭が真っ白になった。
気がつくと、ミランダは倒れていた。
その光景を見た観客が、あちこちから、悲鳴を上げる。
「婚約式は中止です、誰かミランダ様を運んでください! すぐに医者に見せなければ」
お付きのものたちの声が響く。
「ち、違う。俺は書類を奪おうとしただけで」
そんなレオンの呟きは喧騒で誰にも聞こえることはなかった。
「だ、大丈夫です」
そう言って、ミランダはその場にいた執事に寄りかかりながら、立ち上がった。
ミランダの目は冷たく据わっていた。
(ま、まずい!)
慌ててミランダに抱きつき、拘束しようとするレオン。
しかし、ミランダのお付きのものからレオンは拘束された。
そして、そんなレオンを一瞥すると、ミランダは復讐を始めることにした。
「皆さん! これを見てください!」
そうミランダは叫び、魔道水晶の映像を流し始めた。
暗い宿屋が映し出された。
観客は皆黙り、映像を見た。なんだこれは?
しばらくすると、ドアが開いた。
一人の令嬢が出てきた。
そして、レオンも。
「嘘だっ! これは何かの間違いだ!」
レオンは映像を止めようとした。
抵抗するレオンを横目に映像は流れ続けた。
「レオン様、とってもよかったわ」
「ああ、君の体も最高だった」
「愛している」
「ええ、レオン様ったら。婚約者はいいの?」
「あんなブス、家のためさ。愛するのはお前だけだよ」
「もう、本当にレオン様ったら口が上手いんだから」
「消せーー!!」
遮ろうとするレオンの絶叫が、静かな会場に響き渡る。
それを無視するように、映像はその後も続いた。
繰り返し、繰り返し、レオンが裏切る様が、映像には映っていた。
♦︎
その後、レオンは父であるグレイス侯爵から謹慎を命じられ、屋敷の離れで過ごしていた。
その出来事に関しては、王太子殿下の取り計らいもあり緘口令を敷いた。
(出席者も少なかったからなんとかなったものの、あの女絶対に許さない。何かしら、あいつに罪をなすりつけて罪人にしてやる。今俺は官吏として働いているから、罪を偽造するのも容易だ。絶対にあいつに痛い目見せてやる)
レオンは、メイドたちに当たり散らし、昼間からやけ酒を飲む毎日を過ごしていた。
そんないつもと変わらない一日のことだった。
「侯爵様がお呼びです」
執事が離れまで呼びに来た。
「今、いく」
(少し早いが許してもらえるのだろうか。父上もあれでいて、息子に甘いところがあるからな)
そうして執事に連れられて、父の執務室に行くと、今までに見たことのないような冷たい目でレオンは見られた。
(まずい、何かやってしまっただろうか)
「父上、久しぶりに会えて光栄です」
「黙れ。これを見ろ」
そう言って、新聞がレオンの方に放り投げられた。
手に取ってみると、そこには大きくレオンの婚約式のことが報じられていた。
侯爵家と伯爵家の婚約式であること、式の途中で叫び出したこと、そしてレオンがミランダを殴ったこと。
「なっ! なぜ情報が漏れたのですか! 緘口令を敷いたはずですが」
「それだけではない、続きを読め」
続きを読むと、名前が書かれていた。
レオンと関係を持った令嬢たちの家名と名前が。
レオンと二人でいるところの魔道写真も添えられて。
貴族令息として、性欲を制御できない笑い物として、レオンは書かれていた。
「わかったか。我が家は社交界の笑い物だ」
「こ、これは何かの間違いです! こんなことありえない!」
「黙れ! 口を閉じろ! 勝手をするだけでなく、家名にまでお前は傷をつけた。お前は継承権を剥奪の上、修道院送りとする」
「父上、何卒お許しを!」
「こいつを連れて行け。精神に異常をきたした。今日からこいつは修道士だ」
グレイス侯爵は執事に合図をすると、執事が数人現れ、レオンの体を拘束した。
そして、そのまま引きずられながら、レオンは連れて行かれた。
レオンはずっと叫んでいた。
そんな必死の叫びも意味を成さず、執務室の扉はバタンと閉じた。
♦︎
その頃、貴族学院。
ミランダはゆっくりと、学院の庭園で午後の日差しを浴びながら、友人と紅茶を飲んでいた。
「大変でしたわね」
一連の騒動を知っている友人からの心配の言葉がかけられる。
「いえ、むしろ結婚前にクズだと気がつけてよかったですわ」
ミランダとレオンの婚約は、結ばれたその日に正式に破棄となった。
もちろん、レオンの実家のグレイス侯爵家側が責任を負い、莫大な補償金をミランダ側に支払った上でだ。
「失礼、ミランダ嬢」
ゆっくりと振り返ると、そこにはクラスメートのエドワード第二王子がいた。
「兄からも顛末を聞いたよ。なかなか言えなかったのだけれども、今回の件、お悔やみ申し上げる」
「いえ、大丈夫です。運が悪かっただけですわ」
ミランダがにこやかに返事をすると、そのままエドワードはモジモジしながら立っていた。
「あの、なんでしょう?」
そうミランダが聞くと、エドワードは胃を決したように深呼吸をして、言った。
「僕と、今度一緒に出掛けてくれないだろうか? 男性を不審に思う気持ちもわかるが、実は君を十一歳の時に初めて夜会で見た時から忘れられなかったんだ」
ミランダは思わずぽかんとしてしまった。
「どうだろうか……?」
懇願するような目で、エドワードがミランダを見る。
ミランダはふっと笑った。
「私、とても嫉妬深いのですが」
「大丈夫だ。私もだ」
「浮気をしたら、制裁してしまうかもしれませんわ」
「君こそ、僕相手に浮気をしたら王都を出歩けなくなるよ」
「それに重たいですわよ?」
「十一歳から同じ相手を思っている僕もだ」
エドワードとミランダの目があった。
エドワードの瞳に秘められている熱は、本物だった。
「では、まずは殿下と仲良くなりたいですわ。色々と教えてください」
「……! ああ、では、今度茶会でも開こう。来てくれると嬉しい」
「ええ、ぜひ行かせてください」
木漏れ日が、暖かく二人を照らし出していた。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後まで読んでいただけたこと、とても嬉しいです。
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