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一話 君を拾った日

最初は白くて大きくて綺麗な犬だと思った。


いつも通う飲み屋の帰り道にそれは見つけた。店の近くの路地で倒れこんでるのは誰がどう見ても酔っ払いで。いつもならスルーして帰るはずなのに、見た目が珍しい白髪に俯いてるのに前髪の隙間から覗く顔が綺麗だったからだろうか、何か惹かれるものがあって思わず話しかけてしまった。

「お~い、お兄さん起きてるか?」

そう話しかければ男はくらくらと頭を揺らしながら顔を上げる。その顔は真っ赤で頬に殴られたような痣があった。

「ん~、あはっ、だれ~、おれをなぐさめてくれるの?」

あ、ダメだこれ。完全に潰れている。

心配の声を上げる前に先に口を開いたのは男の方だった。へらへらと満面の笑みを浮かべて俺の目をジッと見つめてくる。その顔は何か期待しているような、けれども何か諦めたような顔だった。それを見て、少し心がツキンと痛む。真顔で黙ってしまったからか、男はにこりと先ほどの笑みとは違う笑みを浮かべた。

「おにーさん、やさしーね」

そう言った声は心の底から嬉しそうだった。

話しかけた手前、このまま放置をするのも忍びないので、家まで連れて帰ることにした。立ち上がれるか、と尋ねればゆっくりと男は立ち上がる。よくよく見たら彼は190を超えそうなデカ男であった。自分の身長は180cmである。悔しい、顔が綺麗な男は身長もデカいのかと少し悲しくなった。

   

飲み屋から十分、広めのワンルームが俺の住処である。半ば、男を引きずるようにして家へと辿り着いた。

「お兄さん、なんであんなとこで寝てたの」

部屋の隅にある布団の上に連れてきて、水を渡しながらそう尋ねれば、男はへらへらと笑いながら口を開く。

「ゆうきとけんかしたんだ、なぐさめてよ」

舌っ足らずな口調で差し出した水には目もくれず、何故か俺に抱きついてくる。ゆうき、とは誰かわからないがどうやら喧嘩してヤケクソになって飲んだらみたいだ。慰めての意味がわからなかったので、とりあええず頭に手を置いて、頭を撫でれば心底不思議そうな顔をされる。

「なにしてんの」

「撫でられるの、好きかなって」

「はぁ〜?」

不満げな声を出してる割には大人しくされるがままである。

「俺は、好きだったよ」

「なんでかこけいなの」

「そりゃあ、もうそんなことしてくれる人いないから」

そう言えば、男はまた不思議そうな顔をしてから離れたかと思えば、その長くて大きな手のひらを俺の頭に乗せた。

そして、ゆっくり撫でられる。

思ったよりも高い体温にいつかの日を思い出し、安心して笑ってしまった。

「布団使いなよ、お兄さんには狭いだろうけど」

「おまえはどこでねるんだよ」

「床で寝る」

「それならいっしょにねようぜ」

そう言って強く腕を引かれて二人で狭い布団に雪崩込む。男は俺のことを力強く抱きしめてそのまま寝てしまった。がんばって抜けようとしても抜けられそうになかったので俺もそのまま寝ることにした。

何もしないでお互いの体温を感じるように眠る。温かいぬくもりがある夜は久々で、不思議とぐっすりと眠れた。


朝、目が覚めて重たい体を起こしながら横を見れば、縮こまって正座をしている白い人。ああ、そういえば昨日拾ったんだっけとあくびをした。

「あの……」

「おはよう」

「あ、普通に挨拶するの……。ねえ、昨日の僕さ、お前になんかした?」

どうやら記憶を失くすタイプらしい。明らかに反省と後悔が混じった顔である。昨日のへらへらと笑っていた姿とは裏腹に声は少し震えていてほんとに昨日自分に抱き着いてきた男と同一人物なのかと思わず笑いが零れる。

「頭を、撫でてくれたな」

「へ……?」

昨日と同じ心底不思議そうな顔は何も変わってない。むしろ昨日より幼く見える。

「久々にぐっすり眠れた。暖かった。それだけ、かな」

「そ、そっか」

男は困惑した表情を見せたが、何もなかったことに安堵して息を吐いた。

しばらくの沈黙の後に最初に口を開いたのは男の方だった。

「あのさ、しばらくの間泊めてくれね?」

「は……?」

「実はさ、恋人と喧嘩して家に帰るの気まずいんだよね」

両手を弄びながら、伏し目がちにそう言われる。その顔も作り物のように綺麗だなぁと思いつつ、どうしようかと頭を悩ませた。

「あのさ、僕料理出来るし、掃除と洗濯も出来るからお得物件だと思うんだよ」

「自分で言うのか……」

「布団ないなら床で寝るし、仕事のことにも干渉しない。だから、このとーりです」

そう言って土下座の態勢になる男を見て、溜息を吐いた。

「そこまで言われてもなぁ……」

「あ、恋人いるとか?それは申し訳ないけど……い、一週間だけ!それだけでいいから!」

「恋人は今はいないが……」

人を家に泊めるのには抵抗がない。だが、一週間は長すぎる。流石の俺でも他人と一週間はいろいろと困る。断りの言葉を告げようとして、思い出したのは昨日の手のぬくもりと相手の体温、そして昔の事。

そうか、俺はまだ人のぬくもりを拒絶していないのか。

そこまで考えて、心の中にストンと感情が落ちた。

「わかった、一週間だけだぞ」

長い長考の後、了承の言葉を聞いて男は勢いよく顔を上げ、犬のように無邪気に笑った。


「僕、彰人!よろしくな」

「和臣だ、よろしく」

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