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5柱の精霊は動物の形を模していた。大地の黒豚、風の黄鶺鴒、水の赤魚、光の青猫、闇の白梟。この5柱は実在することを確認されることはなかった。けれど口承と文献で語り継がれてきた。
そう、大地の黒豚。ジャスパーはその条件に当てはまった。
「ジャスパーって、太古の精霊、なの?」
「ああ。それどころか5柱の大精霊と言われている」
ジェマは目を見開いて、ぽかんと口も開いた。ジャスパーはそれを見て力なく笑う。精霊は母体となる宿主が破壊されるとその補強のために魔力が奪われる。つまり、ジャスパーが魔力欠乏状態になったとき、大地が破壊されている。
「ジェマと、出会ったときは、大地震で、ここから、はるか遠くの、大地が揺らいだ」
「今は?」
「近い。すぐ近く。戦地で、何かが、起きている……」
ジャスパーは途切れ途切れに訴える。ジェマはその姿にグッと唇を噛む。魔力量が底をついたことがないジェマには自分の限界が分からない。いつまで魔力を注ぎ続けることができるか分からない。そして戦争がいつ終わるか分からない。ジャスパーの命を救う術が、分からない。
ジャスパーは大精霊と言われるだけあって、体内に流れる魔力量が太古の精霊の中でも多い。選ばれるだけの理由があるのだ。その分、ジャスパーが倒れそうになったとき、支えられる者は少ない。
そしてジェマは道具師だ。ラヴァに言われた通り、道具師は武器を使うことができても戦場では足手まといになる。ジェマは採取のための戦闘はしたことがあるが、戦争の経験はない。
それでも、ジャスパーを守るために。ジェマは根源となる戦争を止めるしかないと分かっていた。
「ジェマ、大丈夫、だ」
ジャスパーがそう言って力なく笑った瞬間、ジャスパーの周りを緑色の光が取り囲んだ。大量の魔力。土属性の魔力が、そして精霊がジャスパーを守るように取り囲む。その姿は息を飲むほど幻想的だった。
「これは……」
「お前たち……」
ジェマは驚くが、ジャスパーは精霊たちを抱き締めるように受け入れる。精霊たちはジャスパーに魔力を流し込むと限界を迎える前に飛び去っていく。飛び去る精霊と入れ替わるように、次々に精霊たちがジャスパーの元を訪れる。
「ジェマ、我は、大丈夫、だから」
ジャスパーの言葉にジェマは頷いた。そして立ち上がるとジャスパーの目を見つめる。
「ジャスパー、待っててね。絶対、助けるから」
「ジェマ? まさか……」
「行ってくるよ、私。ジャスパーのためでもあるけど、私の魔力量の限界も分からないから」
ジャスパーは不安げに眉を顰める。その瞬間、再び大量の魔力が削られて顔を歪めた。
「ぐっ……」
「ジャスパー!」
「ジェマ、我なら、大丈夫、だから。だから、行くな……」
ジャスパーの力ない声にジェマは笑顔を見せた。
「私はジャスパーの契約者だから。ジャスパーのこと、守るから」
ジェマはそう言い残すと【スプーフィングサファイア】を付け直して部屋を飛び出した。
「ジェマ!」
ジャスパーのお腹の底から絞り出した声を無視して、ジェマは駆け出す。食堂で待機していた騎士を呼び、アイオライトとジェットを探した。
「ジェマ、どうしたの?」
「アイオライトさん、ジャスパーをお願いします。私は、出かけます」
ジェマは説明しながら【マジックペンダント】、【マジックリング】、【マジックステッキ】を装備した。先に説明を受けた騎士たちも戦の準備を始めている。その姿にアイオライトはハッとした。
「ジェマ! 危険すぎるわ!」
「大丈夫です。無茶はしません」
「そうじゃなくて!」
「行かないと! ジャスパーのために!」
ジェマは人生で1番大きな声で叫んだ。アイオライトはその必死の形相に言葉を失った。ジェマは困ったように笑うと、ジェットの頬をつついた。
「ジェットはジャスパーを守って」
「ピピッ!」
ジェマにジェットのついて行きたい気持ちが伝わってくる。けれどジェマは優しく首を横に振った。
「私はジャスパーとジェットの契約者だから。2人を守るのは、私の役目だから」
「ピピッ!」
その言葉に、ジェットは強く鳴いた。契約者であるジェマを守るのは、契約魔獣の役目だと。ジェマはその気持ちにハッとした。そして胸に飛び込んできたジェットを強く抱き締めた。
「ごめん。ジェット、悔しい思いさせて、ごめんね」
「ピィ……」
ジェットはジェマに擦り寄る。ジェマはその温かさに覚悟を決めた。ジェットはその気持ちを感じ取るとジェマの肩の上に飛び乗った。
「よし。行こう」
「待ってよ、ジェマ!」
「アイオライト、行かせてやりなさい」
尚も食い下がるアイオライトを止めたのは、部屋に入ってきたターコイズだった。ターコイズは真剣な瞳でジェマを射貫くように見つめた。ジェマは真っ直ぐにターコイズを見つめ返す。その真剣さに、ターコイズは頷いた。
「ジェマ、これだけは守ってくれ。必ず生きて帰ると」
「はい!」
ジェマは力強く返事をした。そして手に転移魔法の錬金魔石を握り締める。
「行ってきます」
ジェマはそう言い残して、大量の魔力を錬金魔石に流し込む。魔力欠乏の症状は現れない。ジェマはジェットと2人の騎士と共に、自信と覚悟をもって戦場へ転移した。