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 ジェマは道具師ギルドオレゴス支部のドアを開いた。ジェマが顔を覗かせると、待っていたかのように受付のメノウが満面の笑みを浮かべてカウンターの中から飛び出してきた。



「ジェマさん! 本日はどういったご用件でしょうか?」


「ギルドマスターにお話があって」


「分かりました。すぐに取り次ぎますね」



 爽やかに笑って2階に向かうメノウ。その一挙手一投足はいつになく丁寧で、その姿に視線を奪われる道具師たちも多かった。



「あのメノウがあんな丁寧な動きをするなんて……」


「本当に、あの嬢ちゃんは何者なんだ?」


「俺、あの嬢ちゃんが〈タンジェリン〉から出てくるところを見たぞ?」


「は? ファーニスト家の関係者ってことか? それならあの対応も納得……できねぇな。なんでいつも騎士を引き連れてんだ?」



 ジェマは周囲でお酒を飲んだり情報交換をしていた道具師たちがひそひそと自分の話をしているのを小耳に挟みながらも無視していた。騎士たちはカポックからの報告を受けていたため、念のため噂話をしている面々の顔を記憶していく。



「ジェマ、スレートの娘なんてバレたら大変なことになるかもな」


「大変なこと?」


「碌な目には合わなさそうだ」



 ジャスパーの言葉にジェマは少し考え込む。そして少し寂し気に微笑んだ。



「嫌になったら出ていくよ。そもそもそんなに長居するつもりでもなかったしさ」


「ああ、そうだな。この話が終わったらどうするんだ?」


「ジェマさん! こちらへどうぞ」



 ジャスパーが問い掛けたとき、メノウが階段を下りてきた。そしてギルドマスター室に案内し始める。ジェマはジャスパーに目配せをしてそのままメノウの後を付いて行くことにした。


 ギルドマスター室に入ると、ラヴァが大量の資料に囲まれて忙しそうに目を通していた。けれどジェマが入室するとパッと手を止めて顔を上げた。クマが目立つ顔。ラヴァはニコリと微笑んだ。



「久しぶりだな、ジェマさん」


「お久しぶりです。あの、ジェマで良いですよ?」


「そうはいかんよ。あのファーニスト家のお孫さんなんだろう? 登録情報を見ればすぐに分かる。この街でファーニスト家を敵に回したら道具師ギルドであっても追い出されてしまうさ」



 道具師は道具師ギルドとの協力体制で成り立っている。昇格や販売の斡旋、素材情報の提供なんかを請け負ってくれるギルドは有難い存在だ。それを無下にするようなことをすれば街の繁栄をふいにするようなものだ。


 ターコイズとアイオライトがそんなことをするはずがない、ジェマもそう思ったけれどそれを口にすることは止めた。去る者が引っ掻き回すことでもないだろう。それに、ジェマはまだファーニスト家がこの街でどれほどの権力者なのか、その全貌を知るわけではなかった。



「それで、今日の話は何かな?」


「新商品登録と転送のお願いをしに来ました」


「え、もうできたのかい?」



 ラヴァは目を丸くした。ジェマはその反応に戸惑ってしまったが、普通2日で商品化を済ませる道具師はいない。最低でも1週間は掛かるのが平均だ。部屋の入口で待機していたメノウも冷や汗を掻いていた。


 ジェマが戸惑っていると、ラヴァは咳払いをして気を取り直した。そして机の上に手を組むと平静を装う。



「早速新商品を見せてくれるかな?」


「はい、分かりました」



 ラヴァが震える声で聞くと、ジェマは【次元袋】を漁って【シワ伸ばし機】を取り出した。ラヴァとメノウは見たことない性能を持つ【次元袋】に視線を奪われたけれど、すぐに見た目にも目新しさがある【シワ伸ばし機】に惹かれた。



「スタイリッシュで無駄のないフォルムだね」


「華美なものが好きなこの街の人々には刺さらなそうですけど」



 ラヴァとメノウの言葉にジェマは苦笑いを浮かべた。



「今回は作り方に対して登録を行いたいので。見た目に関しては自由に作り変えてもらって構いませんよ」



 ジェマの言葉にラヴァは確かにと頷いた。そして【シワ伸ばし機】を手に取るとマジマジと観察し始めた。



「材料は?」


「鉄板、ホールアラクネの糸、魔石4つです」


「ふむ……思ったよりもシンプルだね。原価は抑えられそうだ」


「はい、銀貨1枚程度で作れるかと思います」



 ジェマはラルドから教えてもらった適正価格での取引を心掛けて値段を提示する。ジェマは魔石を自分で狩った魔獣から得ているが、他の道具師は購入する必要がある。それを加味した値段で取引する重要性についてもラルドから学んでいた。



「なるほど。それなら卸した後は銀貨2枚で提供したい、ということかな?」


「はい、よろしくお願いします」


「ふむ……」



 ラヴァは目を閉じると再び考え込む。そして目を開くと【シワ伸ばし機】を再びまじまじと見つめる。そして小さくため息を漏らした。



「ジェマ、これはもう少し値上げして欲しい」


「どうしてですか?」



 ジェマが眉を顰めると、ラヴァは敵意がないことを示すかのように両手を上げてひらひらと振った。



「こんな画期的な商品はすぐに売れるだろう。特に今回は既に商品の噂が〈クリノクロア〉を訪れた人々によって広まっているからね。そうなったときにまだ制作ができるのはジェマさんだけだ。生産速度を考えてのことだよ」



 ジェマはラヴァの言葉になるほどと頷く2人は協議の結果、販売開始時は3倍の値段になる金貨1枚での提供に決定した。値切り交渉に励んだジェマの額にはほんのりと汗が滲んでいた。



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