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ジェマは大きな紙を机の上に広げる。そこに思いついたばかりのアイデアを織り込んで【シワ伸ばし機】の設計図を広々と描く。
前回同様、今回も火属性魔法と水属性魔法の魔石を使用する。大きく違うのは他の材料だ。前回は水属性魔法で創出させた水を溜め置きするためのボトル、それを鉄板の方へ運ぶための導線となるホールアラクネの糸を使用した。
けれど今回はボトルとホールアラクネの糸を使わずに作成する。そのために水属性魔法の魔石は出力が最も少なく、普通なら捨てられてしまうものを使用する。
ここで1つ小話。魔石が持つ魔力量は魔獣の強さに比例すると言われる。実在するものの中ではドラゴン、実在するか怪しいところまで含むならば神獣が大きく魔力量の多い魔石を落とす。ドラゴンの魔石は滅多に流通しないから、大貴族のお抱え道具師のところに流れていくことが多い。
逆に魔力量が小さいものは鉄級冒険者でも頑張れば倒せるような、生まれたばかりのゴブリンが持っていることが多い。コボルトの子どもでも持っているものがいるけれど、コボルトの子どもはラプスの子どもと違いを見分けられる鉄級冒険者がほとんどいないから討伐されることもない。
「あとは……」
ジェマは1度ペンを置くとぐいっと背中を伸ばした。魔石の配置は決まった。まずは温度調整をするための3つの火属性魔法の魔石を温度が低い者から順に外側から配置する。そのすぐ下に熱伝導率の良い銅板を差し込む。銅板には風属性魔法で穴を開け、中央に向けて緩やかに傾斜をつける。
こうすることで傾斜に沿って水属性魔法の魔石から出力された水分が流れる。この途中、銅板に伝わった熱で水が蒸発する。その水蒸気は銅板の穴から鉄版の方へ流れ込む。これで軽量化を成功させつつシワ伸ばしに有効な蒸気を噴射する機能を搭載することができる。
魔力の導線は持ち手から魔力を流し込み、火属性魔法の魔石へ干渉させ、水属性魔法の魔石へと線を繋げる。
「あ、でもこれだと火属性魔法の魔石全てに魔力が通っちゃう。火力上がり過ぎちゃうな……」
ジェマは火属性魔法の魔石に触れない位置に導線を張る。このシステムならば使用するときにボタンを押すように魔石を押し込むことでその導線に必要な火力の魔石だけを干渉させることができる。
「ボタン用の部品だから……バネ、バネ……」
ジェマは【次元袋】をガサゴソと漁る。元々片付けも整理整頓も苦手なジェマ。それは【次元袋】になったとて変わらない。ジェマは【次元袋】の中身をぽいぽいと取り出しながらバネを探した。
作業台に全ての材料が山積みにされたころ、作業部屋のドアがガチャリと開いた。顔を覗かせたターコイズは表情を引き攣らせた。
「ジェマ、これは一体……」
「あっ、ターコイズさん! あの、バネいただけませんか?」
「バネ? おー、バネを探していたらこうなったのか……」
ターコイズは苦笑いを浮かべる。そして近くにあった引き出しを開ける。
「ここに大小色々あるから好きに……いや、欲しいサイズを言ってくれ。取るから」
ターコイズは危機を察知した。目の前の山を見るだけで分かる。綺麗に片付けた場所も、ジェマの手に掛かれば一瞬にして荒山と化すことを。
「ジャスパー、毎日大変だろうな……」
当のジャスパーは山の陰ですやすやと眠っている。
「この魔石にちょうど良いサイズのものを1つずつください」
「はいよ」
ターコイズはジェマが見せた3つの魔石にちょうど合うサイズのバネを手渡した。ジェマはそれを受け取ると魔石との相性を確認した。同じ素材、同じ属性の魔石でも相性の良し悪しはある。バネの素材は天然のもの、魔石は生命の神秘によるものだからだ。
「大丈夫そうです」
「良かった。設計図、見ても良いか?」
「はい、どうぞ」
普通ならば同業者の開発中の道具の設計図を見せることはしない。けれど同じ作業場で作業をする者であれば見せ合ってアイデアを交換することがある。当然その中で盗作が起きることもあるため、力のある者ほど隠す傾向にはあるが。
「ふむ……良いアイデアだな」
ターコイズはどうにか言葉を絞り出した。スレートの設計図を見てきたターコイズは天才の設計図に慣れていた。自分にはない発想をし、それを実現させる力がスレートにはあった。
だからターコイズは高を括っていた。ジェマの年齢を考えると、この設計図のアイデアは夢物語を語る子どもらしいもの。けれどそれを実現に導く正確無比な設計はベテランでも難しい技量に到達していた。スレートを超える才能。それを前にしてターコイズは言葉を失った。
「ありがとうございます」
当然自分の能力について正しく認識していないジェマは素直に褒められたことを喜んでいたけれど。ターコイズは内心悔しさをもやもやと抱えていた。
「そういえば、ゼオライトさんはどうしていますか?」
「……ん? ああ、あいつなら今、裏で窯焼きをやってるよ。アイオライトが付いているから大丈夫だ」
ターコイズは一瞬反応が遅れたが、ゆっくりと頷いた。ゼオライトはあれから、毎日ここで修行をしていた。
「ゼオライトさんのためになると良いな……」
ジェマが呟くと、ターコイズは表情を緩めた。どこまでも素直で心優しい。自分の息子の実の子ではないかもしれない。それでもスレートが大切に育て上げた子なのだとターコイズは胸にグッとくるものを感じた。