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 シヴァリーは手をきつく握り締める。ジャスパーはそれを見て表情を暗くした。



「ユウは、というか平民ではない騎士たちは皆、多かれ少なかれ貴族のしがらみに囚われています。それをどうにかってのは無理な話なんですよ」


「そうか……」



 ジャスパーが悔し気に声を漏らすと、シヴァリーはジャスパーを見つめた。



「……俺だって知っています。ユウがどうして騎士になったのかも、騎士を続けたいと思っていることも。ですが、俺にはどうしてやることもできません」


「すまないな。難しいことを聞いてしまって」


「いえ。大丈夫です」



 なんとなく暗い空気が流れる。そのとき、ドアがノックされた。



「ハナナです」


「どうぞ」



 ハナナは入室すると、分厚い本を1冊シヴァリーに手渡した。その本にはタイトルがない。シヴァリーが不思議そうに本をパラパラと捲ると、誰かの日記であることが分かった。



「これは?」


「かつて王家に仕えていたこの街出身の使用人の日記のようです。定年でこの街に帰ってきたようで、その死後にこちらが図書館に寄贈されたとのことです」



 ハナナが説明すると、シヴァリーはパタリと本を閉じた。後ろから覗き込んでいたジャスパーは風圧で後ろにコテッと押しやられた。



「どうしてそれを、俺に?」


「シヴァリーは最近王家について調べていたでしょう?」


「気が付いていたのか」


「知られたくないならもう少し隠した方が良いですよ」



 ハナナはそう言って微笑む。シヴァリーは苦笑いを浮かべて恥ずかしそうに頬を掻いた。



「流石の洞察力だな。頼りになる」


「いえいえ。シヴァリーの力になれるなら嬉しい限りですよ」



 ハナナは心底嬉しそうにはにかむと部屋を出て行った。ジャスパーは珍しいものを見るような顔をしたけれど、シヴァリーはまるで兄のように笑って見送った。



「ハナナとは、あのような顔も見せるのだな」


「この部隊はみんな何かしら抱えていますから。ギャップがある人の方が多いです」


「なるほどな」



 ジャスパーはどこかぼんやりとしていた。シヴァリーはその姿に首を傾げたけれど、ハナナが持ってきてくれた日記を早速パラパラと開いた。



「すげぇ、この人は王宮で前王妃付きの執事だったのか……」



 前王妃は現国王クラトス・マジフォリアの母に当たる。夫である前国王は武に生きた人だった。しかしそれを支える参謀のような立ち位置に前王妃がいたことによって国の政は成り立っていたと言って過言ではない。


 日記は前王妃の奮闘や健康管理について、それから祝い事についてまで事細かに記録されていた。国庫に保管されていてもおかしくないほど王家の内情が読み取れるものだった。



「えっと、日付的に……」



 シヴァリーは日付を頼りにジェマが生まれたころの記述を辿っていく。そしてジェマの誕生日の数日前のページではたと手を止めた。



「これは……」


「何と書いてあるんだ?」



 窓の外、訓練場の様子を見ていたジャスパーがふよふよと飛んでシヴァリーの傍に寄っていく。シヴァリーは日記をテーブルの上に広げて気になったところを指さした。



「王妃様は激怒なさった。王太子妃様の横暴には予てから苦言を呈していたが、これほどまでに憤っていらっしゃる王妃様は初めて見た。王太子妃様は慣例に倣ったと言い張るが、私は見ていた。だからそのままを王妃様にお伝えした。この話は王妃様とあの場にいた者全員が、墓場へ持って行くようにと王妃様は命じられた。だからここにも、詳細は記さないこととする。この命令は死ぬまで守り切る……だそうだ」



 シヴァリーが眉を顰めながら読み上げると、ジャスパーはふんっと鼻を鳴らした。



「なんだか胸糞悪いな」


「そうですね。この日、一体何があったのか……」



 シヴァリーはうーんと考え込む。王家の慣習。それは数多く残されているものだ。実際に意味があるものからただ継承しているものまで。慣例に納得がいかないときに王家による会議でその慣例が破られた場合には号外がばら撒かれるほどの大騒動になる。


 けれどこの日付。そのような大騒動にはならなかった。日記を見ても、その慣習を破ったことを誰も口外しないように命令があったことが分かる。慣習に倣ったが慣習を破った。つまり慣習の一部を都合よく改変した可能性もある。そうなれば王家の威信を守るために閉口しても不思議ではない。



「この日のことを調べることは可能か?」


「はい……でもこの日付、確か何か大きなイベントがあった日だった気がするんですよね」



 シヴァリーはうーんと頭を悩ませる。その時ドアがノックされることもなくガタッと大きな音を立てて開かれた。



「うおっ! なんだ!」



 シヴァリーが咄嗟に剣を構えると、入口にはナンが立っていた。



「隊長! 隣国との国境付近で戦です!」



 ナンの言葉にシヴァリーの眉間に皺が寄る。ジャスパーの身体にも力が入った。



「場所は!」


「オレゴスの西端、マグネサイト領です。現在マグネサイト領の駐在騎士が対応に当たっているようですが、人手が足りないとのこと。先行している騎士団オレゴス支部より正式に救援要請が来ました」


「分かった。出動する」



 シヴァリーは即座に用意を固めて立ち上がる。そしてナンが伝達に走り出すとジャスパーに視線を向けた。



「ジェマの元にも人員を割くから安心してください」


「ああ、助かる。なあ、騎士の中にマグネサイト領へ行ったことがある者はいるか?」


「俺は1度行ったことがありますが、それがどうしたんですか?」



 シヴァリーの答えに、ジャスパーはふんっと鼻を鳴らした。



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