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 ジェマはアドヴェルに手を差し出した。



「その刀、よく見せてもらえませんか?」


「あ、ああ。構わないが」



 アドヴェルが眉を顰めながらも自身の相棒をジェマに預ける。ジェマはそれを受け取ると慎重に鞘から刀身を抜いて、至近距離で状態を確認し始めた。



「えっと、何をしているんだい?」



 アドヴェルが問いかけてもジェマは答えない。ジャスパーはすっかり集中しているジェマに呆れて首を振ると、アドヴェルの鼻先まで飛んで行った。



「おそらくだが、ジェマはこの刀を鍛え直そうとしているんだと思うぞ」


「鍛え直す? いや、それは無理があるだろう。街の武器専門の道具屋がこれ以上の錬成は無理だと言い切ったんだ。悪くはなれど良くなりようはないさ」


「さあ、どうだかね」



 肩を竦めたアドヴェルに、ジャスパーは嘲笑うようにそう言ってまたジェマの肩の上に舞い戻った。アドヴェルはジャスパーの様子に眉を顰めると、小さくため息を吐いた。



「ジェマ。気持ちは有難いが、新米の君にできることなんて限られているだろう? 無理をさせて大事な相棒をへし折られても困るんだ。パーティーの仲間の装備を整えるためにも私のために新しい装備を買う余裕はないしな」



 アドヴェルは小さい子どもを宥めるような口調で言うけれど、ジェマは一切反応しない。というより話を聞いてすらいない。



「ジェマ、どうだ?」


「材料を継ぎ足せばできなくない」


「いや、だから」



 アドヴェルはジャスパーとジェマの会話に割り入るけれど、またジェマはその声を聞いていない。刀身を指でスッと撫でて、今度は柄の方を観察し始めた。



「あ、これは」


「もう良いだろう!」



 ジェマが柄の模様に触れた瞬間、アドヴェルは力づくでジェマから刀を奪い返した。鼻息が荒くなったアドヴェルに、ジャスパーは顔を顰めた。



「これはもう良いから。防具だけもらったら私は街に帰る」


「いえ、あの」


「良いって言ってるだろ」



 なおも食い下がろうとするジェマに、アドヴェルはピシャリと言い放つ。ジェマはようやくアドヴェルの顔を見上げて、その怒気を含んだ表情にヒュッと息を飲んだ。



「わ、分かりました。差し出がましい真似をしてすみませんでした。すぐに支度をしますね」



 ジェマは震える声で引き下がると、集めた【スリープコット】が入った籠を背負い始めた。ジェマの肩から飛び上ったジャスパーはその様子を横目にアドヴェルに近づくと、ふんっと鼻を鳴らした。



「ジェマを助けてくれたことには感謝するが、人としてはどうだかな。牧師の家に生まれても牧師になれない理由は分かったな」


「何が言いたい」


「前言撤回は認めない。それだけは覚えておけ」



 ジャスパーはそう言ってもう1度鼻をふんっと鳴らす。そのままジェマの肩に戻って行ったジャスパーに、アドヴェルは舌打ちを漏らした。



「えっと、お店はこちらです」



 ジェマがおずおずと言うと、アドヴェルはその様子に眉をピクリと動かした。しかし刀を腰に差し直すと人の良い笑みをジェマに向けた。



「そこまでの護衛は任せろ」


「結構だ。どうせ依頼料とか言い出すんだろ? 我が護衛をするからお前は大人しく付いてこい」



 間髪入れずにジャスパーが言い返すと。アドヴェルは仕事用の笑みを引っ込めてジャスパーを見下すように鼻で笑った。



「さっきは気が付くこともなかったくせにか?」


「さっきと今では状況が違う。それすら冷静に見極められないのか?」



 ジャスパーの煽りにアドヴェルのこめかみに筋が入る。ジェマはそのピリッとした空気に身を震わせながら店までの道を辿り始めた。


 誰も話さないまま〈チェリッシュ〉に到着すると、ジェマは店の玄関の鍵を開けてアドヴェルを店内に案内した。そして防具のコーナーを紹介した。



「これは。良い品ばかりだな」


「ありがとうございます」


「お前の見る目は当てにならん」


「なんだと?」



 ジャスパーが皮肉を言えば、アドヴェルは鼻をひくりと跳ねさせた。些細なことでも喧嘩が起きる状況に、ジェマはあわあわとしながらアドヴェルに似合う防具を見繕った。



「こちらなどどうでしょうか。身軽さを保証しながらも防御力を高めるために弾性を強めたローブです。下にどんな防具を着ても似合いますし、2枚重ねの生地の間を真空状態にすることによって高い保温と保冷の機能を備えています。活火山や豪雪地帯にも対応できます」


「そんな高性能なものをもらっても良いのか?」


「はい。アドヴェルさんはこれからもご活躍されるのでしょうし、この装備が妥当だと思いますから」



 ジェマはニコリと笑うが、その頬は少し引き攣って見える。その笑顔の裏にはアドヴェルの機嫌をこれ以上損ねないようにしなければならないという商売人としてのサービス精神がある。もちろん職人としてのプライドに背かないようアドヴェルに見合ったものを提供しているが。



「ジェマが良いと言うなら頂こう。感謝する」


「いえ。もしもメンテナンスが必要になればまたいらしてください」


「ああ、そうしよう」



 アドヴェルはすっかり機嫌を直して、そのまま〈チェリッシュ〉を後にした。ドアが閉まるとジャスパーはアッカンベーをして、ジェマはカウンターに雪崩るように倒れ込んだ。



2024.06.13の更新はお休みします。

少々アイデア出しに難航しておりますが、土曜日からは週6日更新へ戻していけるよう努力いたします。

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