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 ラヴァから契約書を受け取ったジェマは早速〈タンジェリン〉の工房に戻った。前回作ったアイロンの設計図を紙に書き起こす。それを見ながらより効率よく熱を伝えつつ適温にするための仕組みを考えるためにうんうんと頭を悩ませた。


 そして何も思い浮かばないまま、〈タンジェリン〉で夕食を取った。それから〈クリノクロア〉に戻ると宿の部屋に置かれたベッドに横になった。



「どうしよ」



 ジェマがジッと考え込みながら眠っていると、ジャスパーとジェットは静かにテーブルの上で身体を休めながら見守った。



「風、熱、水……」



 【シワ伸ばし機】に必要な要素と欲しい機能。ジェマはジッと頭を悩ませた。けれどそのまま、ふかふかの布団に身を預けて眠ってしまった。



「まったく」


「ピピィ」



 掛け布団も掛けずに寝てしまったジェマにジャスパーとジェットが掛け布団を掛けてあげる。ジェマの寝顔に苦悶の表情が浮かんでいるのを見ると、ジャスパーはジェマの頭を優しく撫でる。



「成人したとはいえ、まだほんの子どもだというのにな」



 ジャスパーの悲し気な表情にジェットは首を傾げた。ジャスパーは年齢について話をしたことはない。けれどジェマよりも長く生きていることだけは分かる。つい先日生まれたばかりのジェットはジッとジャスパーを見つめると、ころんとジェマの隣に寝転んだ。



「何をしているんだ?」


「ピピッ」



 ジェットの満足気な鳴き声。ジャスパーはジェットの契約主であるジェマと違ってジェットの言葉が分からない。けれどジェマに甘えながら眠ろうとしていることだけは理解した。



「ピピッ」



 ジェットは続けて脚でジャスパーを隣に招いた。ジャスパーは躊躇いながらジェットの隣に寝転がる。ジェマ、ジャスパー、ジェット。並んで寝転ぶとジェマの表情が少し緩んだ。



「まあ、ジェマの気持ちが楽になれば良いか」



 ジャスパーはジェマの頭を蹄で撫でる。ジェマは安堵したようにさらに深い眠りに落ちていく。ジャスパーもシュルシュルと糸を吐くとアイマスクを作り出す。ダークアラクネの糸から作られる一般的な商品は糸のこぎりとアイマスク。闇属性魔法の特性を活かした商品で、希少価値も高く人気の道具だ。



「ジェットもジェマが心配だよな」



 ジャスパーが呟くと、ジェットは静かに脚を上げて肯定した。



「だよな……」



 今は新しい道具のことで頭がいっぱいのジェマ。いつもとは違ってジャスパーとジェット以外にもターコイズやアイオライト、セラフィナ、騎士団の面々を頼りにすることができる。ジャスパーはどこか寂しさを感じて頭を振った。



「失礼する」



 静かな声がして、ユウが部屋に入ってきた。少しの間セラフィナに呼ばれてジェマの傍を離れていたユウ。その手には手紙が握られていた。


 ユウにはジャスパーが見えない。ジェットと共に布団に潜ってアイマスクを付けているジェマを見て静かに自分のベッドに腰かけた。



「はぁ……」



 小さくため息を吐いたユウは手紙を開ける。



「見合い、か……」



 ジャスパーはいつもの跳ねるような元気のないユウを不安げに見つめる。


 ユウは下位貴族であるとはいえ、准男爵家の長女だ。15歳にもなれば見合いの話の1つや2つ、あっても何もおかしくない。


 下位貴族に見合いを申し込んでくる相手は商家が多い。上位貴族から見合いの申し込みがある場合は、よほど美や知で名声を得ている者が寵愛を受けたときくらいだ。それ以外は、貴族に名を連ねたいという思惑のある商家との見合いをして金を得ることがほとんどだ。


 騎士団の第8小隊といえば、変わり者揃いと有名だ。ユウもその1人。武には長けるが知力が欠けていると評価される。日々鍛錬に明け暮れるユウは、舞踏会やお茶会への出席も少ない。ひたすら剣を振ることに心血を注いでいた。



「やっぱり、上位貴族からの申し込みなんて、あるわけない、よね……」



 ユウは悔しそうに声を漏らす。ジャスパーは申し訳なく思いながらもユウの手紙を覗き込んだ。見合い相手の商才の他に、ユウ宛てにメッセージが綴られていた。



『家を守らぬ騎士を娶りたい者など稀だ。上位貴族との婚姻を目指して出会いを得ようとしてくれるのはありがたいが、それは夢のようなものだ。だったら現実を見て、花嫁修業をしなさい』



 ユウの父親からと分かる文面。ジャスパーは悔しそうに鼻を鳴らした。ユウは悲し気に視線を落としている。



「やっぱり、だめ、かな……」



 ユウの弱々しい声にジャスパーは前足を組む。ジャスパーはユウを心配しながら、ジェマのことを考えていた。ジェマも店に籠ってばかりで婚姻とは縁遠い。関わりがあるのはラルドかシヴァリーたち騎士か。ジャスパーは渋い顔で頭を振った。



「騎士、やめたく、ないな……」



 ユウが自身の剣をそっと撫でる。ジャスパーはその仕草を見ると、ユウには分からないとは思いながらも蹄でユウの頭を撫でた。慈しむようなその手つきはユウには気が付かれなかったけれど、ジャスパーは1つ、決心した。



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