ギルドマスターラヴァ
ジェマはジャスパーとジェットは、1度騎士団宿舎に寄ってから道具師ギルドに向かった。ハナナは書類仕事があるということで、ハナナに代わりカポックが合流した。
「ギルドから呼び出しとは、よくあることなのか?」
「いえ、普段は年に1度の定期更新か、新商品登録の申請に来るくらいです」
ジェマも不安げに道具師ギルドを見上げる。ジャスパーとジェットがその両肩に乗ると、ジェマは深呼吸をしてギルドのドアを開いた。
ギルドの受付には前回ジェマの応対を担当したお兄さんがいた。不愛想に対応をしていたけれど、ジェマを見るとパッと笑顔を浮かべた。そしてジェマの後ろにいるシヴァリーとカポックを見ると表情を引き攣らせた。
「えっと、ジェマさん、補導中ですか?」
「護衛してもらっているだけです!」
とんでもない誤解をしてくれた受付のお兄さんにジェマが否定すると、シヴァリーとカポックはにこやかに挨拶をした。プライドばかりの騎士団らしくないとギルド内がざわついた。
「あ、僕の自己紹介がまだでしたね。道具師ギルドオレゴス支部受付のメノウ・アゲートです。よろしくお願いします!」
ニカッと爽やかな笑顔を浮かべたメノウに、周囲で書類を書いていたり酒を飲んだりしていた道具師たちが再びざわめいた。
「おい、あのメノウが笑ったぞ」
「それもあんなに爽やかに……」
「騎士団まで引き連れて……」
「あの嬢ちゃん、相当凄いんじゃ……」
周囲の声にカポックがふむ、と考え込む。全く気にしていないジェマとシヴァリーはメノウを見ているが、カポックは念のため周囲の人物の顔を記憶した。
「ジェマさん、ギルドマスターが呼んでいるので、ギルドマスター室へご案内しますね」
爽やかににこやかにジェマを導くメノウ。ジェマは緊張しながらもメノウについていく。ギルドの2階に案内されると、メノウが大扉を開く。その向こうには青みがかった黒髪の小柄なおじさんがいた。
「いらっしゃい、道具師で〈チェリッシュ〉の店主のジェマ・ファーニストさんだね」
「はい。はじめまして」
「うん、よろしくね。俺は道具師ギルドオレゴス支部ギルドマスター、ラヴァ・エルフィアだよ」
ニコニコと笑ったラヴァが握手を求めると、ジェマはすごすごと握手を交わした。ラヴァの視線がジェマの肩に乗るジェットに向けられた。
「なるほど、契約魔獣か」
「はい、ダークアラクネのジェットです。あと契約精霊のジャスパーもいます。それからこちらが護衛をしてくれている騎士団の……」
「騎士団第8小隊長シヴァリーと隊員のシェフエラです」
シヴァリーの挨拶にラヴァはにこやかに頷くと、早速一通の手紙を差し出した。
「これがファスフォリア支部から届いてね。差出人は〈エメラルド商会〉になっているけど、確かファスフォリアを代表する大商会だよね? 知り合いかい?」
「はい、商品を納品して販売していただいています」
「なるほどね」
ジェマは封筒を受け取ると、それをレターナイフを借りて丁寧に開いた。中には数枚の紙。全て売り上げ明細だった。
「これは……」
それを見たラヴァは目を見開いた。ジェマはザッと目を通して深くため息を零した。
「置いてきた在庫が全部終わりました……」
「どうするんだ?」
「移動中に作ったアクセサリー類があるのでそれだけ郵送します。またすぐに不足すると思うので、滞在中も旅の間も少しずつ作って送ることにします」
ジェマの言葉にシヴァリーは眉を顰めた。郵送にかかる時間と金額。それはお財布を圧迫するものだ。いくら売り上げになれど、そこでお金が飛んでいけば売り上げになるのは微々たるものだ。
「ジェマさん、その明細、見せてくれるかな?」
「はい、どうぞ」
ジェマから明細を受け取って内容を確認したラヴァはふむ、と息を漏らす。そして青みのある透き通った黒い瞳でジッとジェマを見つめた。
「ジェマさん、転送にはギルドが協力をしよう」
「え、良いんですか?」
「ああ」
ラヴァはジェマに明細を返すと手を組んでそこに顎を乗せた。したり顔を浮かべるラヴァにカポックは眉間に皺を寄せた。けれど、シヴァリーは朗らかに微笑んでいた。
「当然タダとは言わない。噂を聞いたんだ。宿屋〈クリノクロア〉で服の皺を伸ばす道具が流行っていると。開発したのは、君だね?」
ラヴァに聞かれてジェマはセラフィナにプレゼントした【シワ伸ばし機】の試作品を思い出した。これから商品化に向けて始動しようと考えているアレだ。
「はい、私です」
「うん。それの商品化をした暁には、このオレゴス支部で新商品登録をして欲しい」
新商品登録は道具師にとって自分の開発力を示すことになる。それと同時に、ギルド側も新商品が登録された支部には本部から道具師育成の功績と判断されて給付金が支払われる。ギルドとしてはそのお金と功績が欲しい。
道具師たちもそれを知っているから、登録は懇意にしている支部で行うことが多い。ジェマとしてもファスフォリアでの新商品登録が多い。けれど今回は転送に協力を得られるという破格の条件。ジェマはジャスパーと顔を見合わせて頷くとラヴァに一礼した。
「よろしくお願いします」
「よし、交渉成立だ」
ラヴァが早速契約書を書き始めると、ジェマはようやく少しだけ肩の力が抜けた。