10
ゼオライトは膝をつくと、ボロボロと涙を零す。
「俺様の家は、〈シンナバー〉という店なんだ。両親から継いですぐはまだ良かった。在庫で生き永らえていたんだ。でも、そんなのずっとは続かなかった。俺様の腕じゃ技術が足りなくて、客はどんどん減っていった。今はもう、赤字続きなんだ」
ゼオライトは唇を噛んだ。ジェマは自分が〈チェリッシュ〉を継いだときを思い出した。ジェマもなかなか利益が出ず、スレートの貯金を切り崩して生活していた。ジェマの場合は腕というより伝手や経験が問題だったけれど。
「もうどうしようもなくて、成功している人が羨ましくて。それに自分がダメな人間だなんてプライドが許せなくて誰かに頼るとかもできなくて」
苦し気に語るゼオライトの言葉が途切れる。ジェマはその肩を抱き締めた。ジェマの行動にみんなが驚いたけれど、ジャスパーはやれやれと肩を竦めた。
「大丈夫ですよ。私は力になります」
ジェマはすっかりゼオライトに同情していた。実力に失望する気持ちも、親への申し訳なさも、自分の不甲斐無さを攻めてしまう気持ちも。ジェマにはどれもよく分かったから。
ジェマが背中を撫でていると、ゼオライトがジェマにゆっくりと腕を回した。縋るように涙を流すゼオライト。マイニングは兄の弱りきった姿に絶句していた。マインもジッと黙り込んで2人を見つめる。
その時、ガチャリと窓が開いて、メイソン家の応接間にツカツカと1人の男が入ってきた。
「話は聞かせてもらったよ」
そう言いながらしゃがみ込んだ作業着の男はターコイズ。何をしていたのか泥だらけで髪には葉っぱがくっついている。
「おい、ターコイズ。まさかとは思うが、植木に紛れて聞いていたな?」
「はっはっはっ。まさかなぁ」
マインがジトッと睨むと、ターコイズはスーッと視線を逸らした。マインがやれやれと肩を竦めたけれど、それ以上は何も言わなかった。
「それで、ゼオライトのことだね。君さえ良ければ、しばらく家の店で修行するか?」
ターコイズの言葉にゼオライトは目を見開いた。メイソン家の面々もぽかんとしていたけれど、ジェマはなるほどと手を打った。
「確かに、ターコイズさんの元でなら……」
「ああ。ジェマの弟弟子ってとこだな。もちろん禁酒禁煙、早寝早起きは守ってもらう。その代わり、道具師として独り立ちできるように技術面は助けてやる」
道具師として自分なりの商品を作るためには、まずは基本的なものが作れなくてはならない。王都に近ければ王立学園で専門講座を履修することもできるけれど、田舎の方だとそれも難しい。結局世襲制になって師である親から学ぶケースが多い。けれど親が早くに亡くなると、路頭に迷う道具師はそれなりに多くいた。
「良いん、ですか?」
ゼオライトが迷子の子どものような目でターコイズを見つめる。ターコイズがその肩にポンッと手を置くと、ゼオライトはホッと肩の力が抜けた。それを見て、ジェマは【マジックペンダント】を外した。隷属魔法が解けたゼオライトは、身体がぐらついた。
「おっと」
ターコイズはその肩を支えると、ジェマから【マジックペンダント】を受け取った。
「使うことはないと思うけど、ひとまず修業期間中はこれは俺が預かっておくから。もしものときには使わせてもらうからね?」
ターコイズの優しくも力強い言葉にゼオライトはコクコクと頷いた。これでひと安心とジェマが肩の力を抜く。ゼオライトはジェマをおずおずと見上げた。
「その、陥れようとして、わ、わ、わ、悪かったっ」
ものすごく閊えながらも謝ったゼオライトに、ジェマはニコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。魔力回路の作成の練習にもなりましたし、アイデアの幅が広がりました」
根っからの職人らしいジェマの微笑み。ゼオライトはそれを少し羨ましそうに見つめた。
「俺様も、いつかジェマのような道具師になりたい」
ぼそりと呟かれた言葉はターコイズの耳だけに届いた。ターコイズはゼオライトの頭をくしゃくしゃと撫でると、その肩をぽんぽんと叩いた。
「ひとまず一件落着ってことで。マイン、こいつは預かるからな」
「ああ。ゼオライトが1人でもやっていけるように支えてやってくれ」
マインは柔らかく、ホッとしたように微笑んだ。ゼオライトは決まり悪そうにしていたけれど、その背中をターコイズがバシッと叩いた。
「言葉にできねぇなら、態度で示せ。とりあえず、3か月で基礎をみっちり叩き込むからついてこい!」
「は、はい!」
ゼオライトはすっかり素直にターコイズに返事をした。マイニングはそんな兄の姿にホッと息を吐く。その肩をオパールが微笑みながら抱き締めた。
「それじゃあ、早速工房に行きましょう!」
ジェマがニコニコと笑うと、ターコイズがジェマの前にピシッと手を出して止めた。
「俺がここに来た本題だ。ジェマはこれから道具師ギルドに行ってこい。ファスフォリア支部から伝達が来ているらしい」
「わ、分かりました」
ジェマは頷いたけれど、不安げにジャスパーと顔を見合わせた。