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ジェマは注文を受けて二日後、約束の通り商品を手に出かけた。マインの希望で、商品の受け渡しはメイソン家で行われることになった。
メイソン家の人々とジャスパーとジェット、護衛としてついてきたシヴァリーとハナナに囲まれて、ジェマはゼオライトに完成した【マジックペンダント】を差し出した。
「へえ? 本当に作ったんだな」
ゼオライトはニヤニヤしながら【マジックペンダント】を取り上げた。すると即座に錬金魔石に魔力を注いだ。錬金魔石が緑色に光って、ゼオライトの金づちと砂粒の山の紋章が浮かび上がった。
「よし。これで良い」
隷属魔法の発動条件を満たした【マジックペンダント】にマインは苦々しい表情を浮かべた。けれどジェマは自信たっぷりに微笑んだ。
「そちらの錬金魔石についても鑑定させていただきました。使い方にはご注意ください」
「はっ、知っていて作ったのか?」
「はい。もちろん安全性には配慮しています」
ゼオライトはニヤニヤと笑う。そしてゆったりと緩慢な動きで【マジックペンダント】をジェマの首に掛けた。その行動には誰もが驚いた。ジェマは全く動かない。けれどこの状況になってもジャスパーとジェットは全く動じなかった。
「ジェマ!」
シヴァリーとハナナが咄嗟にゼオライトを捕らえようとしたけれど、ゼオライトの様子がおかしいことに気が付いて近づくことをやめた。
作戦が成功したとニヤニヤしていたゼオライトだったが、次第にその顔に焦りが浮かぶ。シヴァリーとハナナは警戒しつつも状況が分からずジェマを見つめた。ジェマは隷属魔法が効いて動けないと思われた。けれど、ゆっくりと顔を上げるとにっこりと笑った。
「どうですか、ゼオライトさん」
ジェマが聞くと、ゼオライトは苦し気な顔をしながら頷いてお辞儀した。
「と、とても素晴らしいです。ありがとうございます」
苦し気な声だが、ゼオライトは確かにそう言った。全員が不可解なものを見る目でゼオライトを見ると、ゼオライトは苦しげな顔を歪な笑顔に変えた。
「笑顔があまりお得意ではないのでしようかね」
ジェマが黒いものを背負った笑みを浮かべると、周囲の人間は皆背筋がゾッとした。ジャスパーがジェマの右肩に飛び乗る。
「成功か?」
「うん。バッチリ!」
ジェマはジャスパーににっこりと笑いかけた。ジャスパーは蹄を掲げるとふんっと鼻を鳴らした。ジェットもジェマの左肩で2本の脚を上げて祝福する。
それを見ていた面々が何が起きたのか分からないままジェマを見つめる。シヴァリーは恐る恐る手を挙げた。
「ジェ、ジェマ、これは一体、どういうことだ?」
「現在、私がゼオライトさんを隷属させていただいている状態です」
「……は?」
シヴァリーは意味が分からないと言いたげに眉を顰める。メイソン家の面々も一様に首を傾げた。ジェマはジャスパーと視線を交わすと、微笑んで商品説明を始めた。
「魔石付与魔道具には、ただ魔石を付与するのではなく、設計の段階で魔石を組み込むための回路を生成します」
回路は素材の使用ではなく魔力の使用によって描くもの。ジェマにとってはかなり得意な分野だった。しかしこれが、魔石付与魔道具の作成の難しさだ。元から保有魔力量が少ない道具師は魔石付与魔道具の作成が困難とされている。
「魔力には流れるべき方向があります。それを誤ると、最悪道具を爆発物に変えてしまうんです。ですが回路を真逆にすることができれば、真逆の効果を得ることができるんです」
ジェマの説明に全員がシンとなる。考えている人も、思考を放棄した人もいる。そんな中、シヴァリーがポンッと手を打った。
「つまりあれか! 裏口入学か!」
違う。
ハナナが静かにシヴァリーの肩に手を置いて黙らせた。
「まあ、回路の組み方によって発揮される力が違うと思っていただければと」
ジェマは曖昧に笑いながらそう言った。メイソン家の人々はなるほどという顔をして、シヴァリーの言葉をなかったことにした。ガネッシュとヒマールはよく分かっていない顔でニコニコ笑う。
ジェマの説明を一番に、最も正確に理解していたのはもちろん同業者であるゼオライト。隷属魔法の影響で勝手に身動きを取ることも、口を効くこともできないまま悔しそうに顔を歪めていた。
ジェマは冷静な顔でゼオライトに向き直る。緊張感が走る空気の中、ゼオライトは奥歯を噛み締めた。
「ゼオライトさん。私に隷属魔法を掛けて何をしようとしていたのか、ご説明をお願いします」
ジェマが聞くと、ゼオライトは反抗しようと口を閉ざす。けれど隷属魔法の強制力が働き、ギギギッと油の切れたブリキのように口が開いた。
「俺の願いは、俺の店の再興、それだけだ」
言葉が出てしまうと、ゼオライトはギリギリと口の中を噛む。
「自傷行為を禁じます」
ジェマの再びの命令で、ゼオライトはどうすることもできずにただ泣き崩れた。